4話 もう泣かなくていい。
4話 もう泣かなくていい。
数日後。
「おはよ、久寿男」
席につくと、いつものように、作楽が、屈託のない笑顔で朝の挨拶をしてきた。
例の『精神的負担を抱えながらも、それを見せないようにと必死に歯を食いしばっている無理しかない笑顔』――ではない。
大好きな人を前にした、不器用だが、輝くような笑顔。
(これでいい。面倒事は俺が背負ってやる。だから、お前は、そうやって、楽しそうに笑っていてくれ。今まで、散々苦しんだんだ。おまえはすでに、一生分は泣いている。もう、二度と、お前に、悲しい涙は流させない)
作楽トコの人生は不幸と絶望に染められている。
五歳の夏、トコの両親は殺された。
犯人は、隣の家に住んでいた、頭のおかしい三十代の女――以降、異常者A。
同性愛者で幼女趣味だったAは、とてつもなく愛らしいトコに狂い、
トコを自分のものにするため、歪んだ欲求・願望を実行に移した。
トコの家に押し入り、トコの目の前で、
切れ味鋭い出刃包丁を、執拗に、何度も、何度も、彼女の両親の体に突き刺した。
『今日から、私が、トコちゃんのお世話をするからねぇ。たくさん、頼ってねぇ』
震えるトコを捕まえたAは、逃げられないよう、トコの足の腱を切り、叫べないよう、喉を潰し、自分に頼らざるをえないよう、トコの眼球を親指で潰した。
もちろん、Aはすぐに捕まったが、トコの人生は完全に壊れた。
光を失い、歩く事もままならず、まともに喋る事もできない。
そんな彼女に、天使になれる適正があったのは、不幸中の幸いだった。
剣翼の再生装置は、死以外の、ほとんどすべての症状を改善してくれる。
彼女の体は完全に回復した。
しかし、剣翼は、彼女の心までは治してくれなかった。
極度の人間不信に陥った彼女を誰が責められよう。
光を取り戻した彼女の視界には世界が映ったが、その光景は、決して美しくはなかった。
飛び込んでくる全ての他者が、自分を壊そうとする敵に見えた。
事実、光を取り戻して、半年もたたないうちに、
彼女は自分を殺そうとする天使と熾烈に殺しあうことになる。
彼女の心は壊れていく一方。
頼れる者など存在しない。
上司も同期も、みな、『自分が生き残る事』しか考えていない。
というより、状況が状況なだけに、皆、自分の事で手一杯。
そうでなくとも、『他人を見たら殺人鬼だと思うような女』と、まともに関わり合いになろうとする者など、いるはずがない。
過酷な状況下で、パラノイアを助けてくれる変り者など、そうそういるわけがない。
誰に対しても警戒心むき出しの『クソ面倒くさい壊れた女』に『無償の愛』を捧げる者など存在するはずがない。
そう思っていた。
しかし、いた。
たった一人だけ。
「――昨日の放課後、どこ行ってたん?」
「工房だ。専用機の調整が、まだ完全には終わっていないからな」
「つまり、あのクソガキと一緒やったって事?」
チクっとトゲのある言葉を受けて、
天童は、動揺で歪みそうになる表情筋を必死に抑えながら、
彼女の前では常に演じている『全てに対してクールな男』というキャラを徹底させつつ、
「出来れば他の技師に頼みたいが、そういうわけにもいかん。他者に『自分の隊に技師がいるのに、なぜ、わざわざ他の者に頼むんだ』という疑念を抱かれてしまえば、最終的には確定で『部下と上手くいっていない』という結論に行きついてしまう。『隊長として不適格』の烙印を押されるのは避けたい。ほとほと面倒な話だ」
淡々と言い訳をする天童。
『タンパク過ぎた』がゆえに、むしろ、『言い訳臭さ』に滲み漂ってしまった――
どうやら『それ』がド直球で気に食わなかったらしく、
作楽は、不愉快そうな顔で、
「なんか、最近の久寿男……あのクソガキと一緒におること、多ない?」
「トランクの――専用機の調整が終わるまでは、多少、行動を共にする時間が長くなるも仕方ない。ほとほと迷惑な話だ」
「ふぅん」




