2話 戦死者0の軌跡。
2話 戦死者0の軌跡。
「――新兵戦で死者ゼロか。またもや異例の記録を打ち立てたな、中佐」
「お褒めにあずかり光栄です、閣下」
候補軍のトップ、元帥の地位につく安西総一郎(仙草学園大学院二年)からの言葉に、天童久寿男は素直に喜びを露にした。
普通、新兵戦では、10~20人ほど死ぬ。
右も左もわかっていないカスを戦場に放り込み、むりやり洗礼を受けさせるのだから、突発的・事故的に撃墜されてしまうのも無理からぬ話。
『不作の年では30人以上死ぬケースもある』のが、
『新兵戦』という、候補生が最初に直面する地獄。
その『荒れた地獄』で、天童は、大記録を成し遂げた。
クソの役にも立たない初出撃の新兵を完璧に統率し、
誰ひとり死なせる事なく、戦場を完全に支配してみせた。
「……流石だな。ああ、本当に流石というしかない。私も、高校三年の時に、新兵戦の指揮を『押し付けられた事』があるが、あの時は五人ほど死なせてしまった」
冗談みたいな七三分け、
レンズすら入っていない伊達の丸メガネ、
愚直・清廉を絵に描いたような男、
――天使『候補』軍元帥『安西』が、その真円のメガネの位置を直しながら、
己の戦績を語ったのに対し、
天童は、極めて品よく畏まって、
「閣下ほどの御方が指揮されたにも関わらず、それだけ多くが死んでしまうとは……よほどのカスばかりが集まっていたのですね。ご心中、御察し申し上げます」
「そうでもない。むしろ、マシな連中がそろっていた。ただただ、貴官の記録が異常なのだ」
そこで、安西は、濁りのないブラックコーヒーを一啜りして、
「……今回の功績で、貴官は、大佐に昇進する。いよいよ、貴官『専用』の剣翼が配布されるのだ。どのようにチューンアップするか、十全なプランを用意しておけ」
「はっ」
「以上だ。下がってよろしい」
「失礼いたします」
クツをそろえて返事をすると、
天童は、丁寧に、フカブカと頭を下げて、司令室を後にした。
――パタリと静かにドアが閉められ、
胸糞悪い『天童久寿男の姿』が完全に消えた所で、安西は、
「ちぃいっ!! くそがぁ!!」
と、机を殴りながら、司令室中に響くほどの大きな舌打ちをした。
顔がピクピクと痙攣している。
(あの野郎。何もかも、すべて、俺の上を行きやがる……くそったれが)
安西は、最高位の元帥まで昇格しただけあって、
中学の頃から、常に、候補軍の中心人物であり続けた。
高校三年の時点で少佐に昇進した時は、
史上最速で佐官に辿り着いた天才として大いに持て囃された。
しかし、天童が現れて、安西の価値は暴落した。
なんと、あのクソ忌々しい天童久寿男は、
信じられない事に、中学三年で佐官にまで昇りくさりやがった。
通常、大学二~三年の時期までに上がれれば『相当優秀』と言われる佐官の地位。
なのに、中学の時点で、あっさりと昇進?!
ふざけるな!
(あいつが頭角を現してからというもの、俺は完全に過去の人、ただの上位天使候補でしかない!)
安西に下っている暫定評価は、『智天使候補』。
九段階ある天使の階級において、
上から二番目の『智天使(レベル8)』になれるほどの逸材という、
とてつもなく高い評価。
※ 天使の階級。小天使がレベル1で、大天使がレベル2。熾天使が最高の9。
下位天使『 「小天使」「大天使」「権天使」 』
中位天使『 「能天使」「力天使」「主天使」 』
上位天使『 「座天使」「智天使」「熾天使」 』
これほどの逸材は、そうそう現れない。
間違いなく天才。
間違いなく稀有。
ただ、
(あんな頭のおかしいモンスターが、『熾天使(レベル9)』候補だと? なんで、『上』は、あいつを、そこまで過剰に評価する?! なんで、あいつばかり?!)
天使の階級で『最上位』の熾天使。
最も『偉大なる主』に近い、最高位の存在。
確かに、天童の功績は素晴らしい。
しかし、あらゆる点において、いくらなんでも、優遇されすぎていると言えなくもない。
たとえば、やつが駆っている高機動型汎用五改Ⅱ。
あれは、調律が最も難しい剣翼なので、
普通なら、その性能を十全には発揮しえない。
(だが、あいつの隊には『歴代最高峰の天才技術士官』が配属されているから問題は皆無。しかも、あの女、扱うのが難しいクソ面倒なマッド型の奇行天才のくせに、天童を気に入っているのか何なのか知らんが、天童の剣翼の調整だけは常に全力で取り組み、いつも完璧以上に仕上げやがる)
『佐々波 恋』(さざなみ れん)
高校一年でありながら『大尉』の地位についているC‐七番隊の副官。
天童ほどではないが、彼女も格別に高い評価を受けている天才型の候補生。
気まぐれで、偏屈で、性根が腐っているものの、
腕だけは間違いなく歴代ナンバーワンの『技術士』兼『優秀な戦闘員』である。
(それだけじゃない。あいつの隊には、なぜか『いい女』が集まる。佐々波も相当の上玉だが、それ以上の美少女である『作楽トコ』。あの女が天童に抱いている気持ちに至っては、鑑みるまでもない。あの女は態度が露骨すぎる)
ツートップと呼ばれて久しい、仙草学園二大美少女。
佐々波と作楽。
どちらも、仙草学園中(中学から大学院まですべて)の男が認知しているほどの美しさを誇っていながら、高校生の段階で尉官にまで駆け上がったという、とびっきりの才女。
その『どちらも』が『天童久寿男の下で闘いたい』と熱烈に志願して、『C‐七番隊』に入隊している。