1話 仙草学園高等部二号生、天使候補軍中佐、天童久寿男。
1話 仙草学園高等部二号生、天使候補軍中佐、天童久寿男。
『天童久寿男』の元に赤紙が届いてから、五年弱が経過した。
高校二年になった天童の体は、著しく成長しており、身長は百八十センチを超えていた。
何より成長しているのは顔つき。
ほとんど、別人だった。
というか、まったくの別人。
甘え腐ったガキから、精悍な戦士になっていた。
本当に、ヘドが出るほど甘ったれていた小学生のころと比べると、
似ている個所を探すのが大変なくらい、凛々しい顔つきになっていた。
「傾聴!!」
壇上に立った天童(高二)は、
眼下に並ぶ百人の新兵(中学一年生)を見渡しながら、
「今回の新兵戦の指揮を任される事になった、仙草学園高等部二号生、天使候補軍中佐、天童久寿男だ。普段は、十字章持ちの士官だけで組まれた最精鋭である部隊序列二位の『C‐七番隊』の部隊長を務めている。貴様らのようなカスを指揮しなければならないと思うと泣きたくなるが、これも軍務だ。任されたからには死力を尽くす。貴様らも死ぬ気でついてこい」
そこで、スゥと息を吸い、
「赤紙が届いてから今日までの半年間、貴様らは、シミュレータで『剣翼』の扱いを覚え、隊としての動き方を学んだと思うが、訓練はあくまでも訓練だ。実践において、貴様らは、訓練とのあまりの違いに愕然とするだろう。敵は、貴様らを本気で殺しにくる。『演習』などという名目ではあるが、実際はただの戦争だ。事実、私の同期は、すでに七十人以上殺されており、その内の十五%は、新兵戦で死んでいる」
天童の言葉に、新兵達の顔がこわばった。
入学前の半年で、自分たちが『何をしなければならないのか』についてだけは叩き込まれている。
――『天使』になるために、『剣翼』を駆って、『演習』で生き残る――
期間は、仙草学園中等部入学から仙草学園大学院を卒業するまでの十二年間。
『候補生としての適性』は『質の高い優秀な人間』である事。
きわめて優秀であり、『入学前の八百時間にも及ぶ密度の高い座学で、知識だけはアホほど叩き込まれている』ので、新兵とはいえ、認識・理解だけならば既に十分。
しかし、実際に、天使と殺しあうのは、第一回目の新兵戦である今日が初めて。
緊張と恐怖でガチガチになるのも無理はない。
――今でこそ『戦場狂い』と恐れられている候補軍のエースオブエース『天童中佐』だが、彼とて、初日の朝は、緊張のあまり嘔吐した。
「天使に殺されれば、貴様らのデータはこの世から消える。物的証拠はもちろん、両親の頭の中からさえも、完璧に消去され、最初から存在しなかった事になる。同じ立場ゆえ、その恐怖に震える気持ちはわからないでもない。だが、生き残れば、貴様らも天使になれる。大学院卒業までの、たった十二年間を駆け抜けるだけで、『永遠の命』を得られる。これは歓喜すべきことである。貴様らには適正があった。ゆえに、権利を得たのだ。嬉しいだろう。……どうした、嗤え」
命じられて、新兵たちは、どうにか笑顔を作ろうとする。
必死。当然。相手は中佐。
それも、史上最速で『佐官』に駆け上がった生きる伝説。
スーパーエリート。
雲の上を駆ける上司。
「天使は強い。なんせ、彼らは『地獄の12年間』を生き抜いた者達、つまりは、偉大な先輩達だからな」
仙草学園を卒業した者。
十二年という長く深い地獄をくぐり抜けたツワモノ達。
「だが、だからこそ、意味がある。だからこそ、価値がある。貴様らに、『地獄を前にしても臆さず嗤える気概』が、『圧倒的な困難にも真っ向から抗う強い意志』があるかどうかがハッキリする」
『永遠の命』を有するに相応しい存在か否か。その試金石。
ただの石ころはいらない。
輝く魂をもった者だけが天使となりて永遠を生きる。
「さて、そろそろ開戦だな。総員、『剣翼』を起動させろ」
全員、一斉に、バババっと、『正式なポーズ』で、
『左手首に、銀の鎖で捲かれたロザリオ』を右手で、ギュっと握りしめ、
「「「機動一、起動!!!」」」
「「「強襲一、起動!!!」」」
「「「汎用一、起動!!!」」」
叫ぶと同時に、ロザリオが輝き、
新兵達の背中に、六本の煌く剣の翼が顕現する。
「カスみたいな『一型』の『低コスト機』も、これだけ集まれば、流石に壮観だな」
呟きながら、天童も、左手首に巻いているロザリオを握りしめ、
「高機動型汎用五改Ⅱ、起動」
佐官以上に昇進する事で使用許可が出る、高性能の機動型汎用機。
その五改Ⅱ型。
天童の背で後光のように輝く六本の剣は、新兵達の『くすんだ翼』とは比べ物にならないくらい美しく煌いている。
「さあ、諸君。新兵演習という名の戦争に興じよう。死にたくなければ、死ぬ気で駆けろ」