1話 緊急演習。
1話 緊急演習。
数日後の事だった。
それぞれの教室で、呑気に授業を受けていた候補生たちの耳に、
――『爆音の警報』が届いた。
「? て、天童くん、作楽さん、どうしました?」
急に周囲をキョロキョロと警戒しだした二人に対し、
数学担当の教師が、ギョっとした顔でそう言った。
「すいません。果てしなく気分が悪いので早退します」
「同じく」
言うと、二人は、即座に机の上を片づけて、荷物を背負うと、
「え、ちょっと、ちょっと?! ――ぉ、お大事にぃ!」
戸惑う教師を無視して、そのままの勢いで教室を後にした。
屋上へと続く階段をのぼりながら、
「さっきのクソやかましい音、『緊急演習の開戦警報』やんなぁ?」
「じゃなかったら、あんな爆音に『俺ら以外、無反応』なんてありえねぇ」
「授業中に『開戦の合図』が来たん初めてやから、びっくりしたわぁ。いっつも、放課後か、昼休みやのに」
『緊急で発令される演習』は年に何回かあり、
その開戦の合図は、様々だが、
今回のような、授業中に『爆音だけでアナウンスもなし』というのは珍しい。
「上が変わった事をする時は、厄介な演習である場合が多い。気を引き締めておけ」
「候補生あるあるやな」
屋上に出ると、二人は、即座に周囲を確認する。
「あったで」
作楽の指さす方向に、空間の亀裂があった。
二人は、即座に、亀裂の中へと飛びこむ。
亀裂の中は、外とは『空気の質』が違う特殊な閉鎖空間。
空の色が青ではなく気分の悪い乳白色。
雲がかかっているのではなく、
純粋に、ただただ白いだけの空。
その歪な『白』の、なんと気持ち悪いことか。
見渡すと、さらに気分が悪くなる。
遠くの方に、天使の軍団が見えた。
「うぇ、なんか、多ない?」
「あの数……今回のスケールは、増強大隊戦か。面倒だな」
「げぇ」
「作楽、どうした?」
「あっこ、力天使(レベル5)がおんねんけど」
「……うぅわ、うっぜぇぇ……」
天童は、素で引いてしまった。
思わず『上官としての態度』が崩れてしまうほどに。
天童の視線の先にいるのは、演習に出てくる天使の中では最強の『力天使(レベル5)』。
天童久寿男は、『戦闘能力』という点において圧倒的な性能を誇るが、
使用している『剣翼』のコスト差がハンパないので、
流石に力天使が相手となると、勝てるかどうかは運次第。
※ 『天使』が駆る専用剣翼のスペックは、
『候補生』が駆る専用剣翼の、ざっと3倍~5倍。
天童は、一度、ギリっと奥歯をかみしめ、
「姉江大佐の隊が担当してくれれば楽なんだが……俺が大佐になったことで、ついに、ウチの隊が序列一位になっちまったからな。おそらくは……つぅか、確実に、こっちにハチが回ってくるだろう。……部隊序列が上がりすぎるのも考えものだな」
かつて序列一位だった『姉江』の部隊は、
基本『その戦場における最も厄介な敵』を対処していた。
戦闘能力では天童の方が強いということで、
部隊序列二位の時から『敵最大エース討伐』のハチが回ってくることは多々あったが、
一位になってしまったことで、それが『確定ミッション』になってしまった。
「……うぜぇなぁ……」
天童の視線は力天使に固定される。
あの『力天使部隊』の担当が『自分の隊に押し付けられる』となれば、
相手をするのは、間違いなく自分になる。
というか、自分以外、相手にならない。
「敵エースが権天使(レベル3)までなら、佐々波に押し付けて、後方指揮に徹するって手も考えるんだが……まあ、仕方ない。『武勲をあげられる機会』を得られたと思う事にしよう」
天童の瞳に覚悟の色が灯ったのを見て、
作楽は、グっと奥歯をかみしめ、
「……死なへんといてよ」
ポソっと、そうつぶやいた。
「できればな」
応えた言葉に、少しだけ力を込めた。
百%の確約はできない。
しかし『専用剣翼』を手に入れた今、
『勝てない相手ではなくなった』のも事実。
だから、天童は必死になって敵を観察する。
剣翼は万能だが完全ではない。
探せば、必ずどこかに弱点がある。
(あの形状と動き……『零色』の『レベルセブン』だな)
剣翼の形と起動状態から、スタイルを識別する。
慣れれば、特に難しい技能でもない。
生命維持に必須となる技能は、慣れるまでの速度も早いし、錬度も高い。
コスト毎に細かく分ければ『数千種類』にも及ぶ剣翼タイプも、今となっては、一目で識別できるどころか、傾向から対策まで、あらゆるすべてを含め、何もかもが一瞬で把握できる。
敵エースは、機動の超特化型。
どちらかといえば、得意な相手。
(うまく隙を演出して、視認中にゲロビを撃たせれば、確定で叩き潰せる。アビリティに、変化球でスパアマ系を積んでいようと、近接で攻め立てれば、押し切れる。増強大隊戦における敵エースの撃墜は査定的に莫大。次の選抜戦を前に、昇格できる確率が跳ね上がる。……必ず、潰してやる)