7話前編 異世界の斥侯。
7話前編 異世界の斥侯。
天童は、溜息を挟み、
「まあ、瞬間火力を補えるから、バロールはまだいいんだが……魔心臓はないだろう。なんでつけたんだ。回復のフェイクなんて、すげぇレベルの高い戦闘でしか使えねぇじゃねぇか」
『高性能の闇属性アビリティ』のデメリットは『回復速度低下』である事が多い。
肉体再生が遅れているように見せられる魔心臓は、
『高性能アビリティを展開していると見せかけながら、
実は、通常よりも早く回復している』
という、高性能で汎用性の高いブラフが使えるが、
「最高でも『力天使(レベル5)』しか出てこない演習では、高度過ぎるという意味で不要だ。魔心臓をはずして、『エンジェルリング(全性能五%アップ)』をつけてくれ」
「ダメっすよ。アレつけたら、頭上にワッカが浮かんじゃうじゃないっすか」
「だからなんだよ」
「頭に輪っかを乗っけているような、そんな、しょーもない姿、戦場狂いにふさわしくないっす」
「天使全員を敵に回す発言を、そこまで堂々と……おそれいる」
天使に昇格すると、デフォルトでエンジェルリングが浮かぶようになる。
正式な天使のリングは、固有アビリティ扱いとなり、剣翼のメモリを一切食わず、しかも、全性能が十五%上昇するという、ぶっ壊れ仕様。
「あと……現環境で、遠隔操作系のアビリティがないのって、正直、かなりキツいぞ。まさか『エンジェルコントロール』も、名前に天使がついているからって理由で省いたんじゃないだろうな。言っておくが、あれも、実は闇属性だからな」
「もちろん、知っているっす。ていうか、だからっすよ。あれつけたら、再生速度がアホみたいに遅くなるんで、好みじゃないかなって思っただけっす」
「佐々波の分際で、なに、普通に気を使ってんだよ」
「気を使うのも当然っすよ。センセーは、ボクにとって、鼻で笑いながら見ているユーチューバーくらいの価値があるんで、死なれると困るんすよね。『ヒマでヒマで死にそうな時に観察する対象』がなくなるのは勘弁っす」
「……ほんと、お前、見事なまでに、アクロバティックな性格をしているな。もし、これで性能が低かったら、俺、今日までに、お前を、おそらく八十回は殺しているぞ」
「ちなみに、剣翼のカラーリングはどうすか? 個人的には、会心の出来栄えなんすけど」
「それに関しては、ガチでやり直しを命じたいんだが」
「えぇ?! 何がダメなんすか! 漆黒と金で、超カッコイイじゃないすか! それで戦場を駆っていたら、近い将来、二つ名が、『常闇の戦場狂い』もしくは『明けの明星』にランクアップする事、請け合いっすよ」
「だから、根本、マイナス扱いはイヤだっつってんだろ。なんで、お前の『痛い趣味』に付き合ったあげく、魔王呼ばわりされにゃならんのだ。俺は主に逆らう気など、毛頭ない。むしろ、積極的にクツをなめていきたい」
「えぇ?! センセー、堕天しないんすか?! 主にケンカ売る気満々だからこそ、ああも異様に目を血走らせて、天使を狩りまくっているんじゃないんすか?!」
「とりあえず、お前に言いたい。――『卒業する所から頑張ってみようか』と。あえて『何から』とは言わんが」
――と、その時だった。
前触れもなく、
猶予もなく、
ギンッ、と硬質な音がして、
気づくと、
「……あれ? センセー?」
佐々波の前から、天童が姿を消していた。
そして、
(なに……これ……体が重い……)
全身に、いつもより強い重力がかかっているような感覚に陥り、
視界がどんどんボヤけてきている。
そんな不可解な五秒間が過ぎたところで、
「――『異世界』を侵略するにあたり――」
背後から声が聞こえて、
佐々波は反射的にバっとふりかえる。
すると、そこには、
『紫がかった銀』という、なかなか見ない色の肌をした男が立っていた。
「どこから手をつけるべきか、いつも悩むのだが……今回は悩まなかった。理由は一つ。貴様だ、佐々波恋」
(……明らかにこの世界の人間じゃない……まさか、天使軍が倒すべき敵――『この世界を侵略しにきた異世界人』ってやつ? ……はじめて見た……てか、ほんとにいたんだ……てっきり、ただのプロパガンダだとばかり――)
「貴様は有能すぎる。貴様の手にかかった兵器は、我が世界にとって脅威。だが、裏を返せば……すなわち『貴様を殺せれば、この世界は最大の切り札を失う』ということ」
(周囲から天使候補生の気配を感じない……亜空間に閉じ込められた……まっず……いま、戦闘用の剣翼は持ってない……)