独白プロローグ「正真正銘のクズ男」
独白プロローグ「正真正銘のクズ男」
俺(小学六年)の母親は、異常なほど過保護で過干渉なモンスターペアレントだ。
去年の夏休み明け、俺は、学校にいくのが嫌になった。
誰にでも起こる九月一日病。
つまりは、ただ純粋にタルかっただけなのだが、ありのままを理由にしては、流石に休めないと思ったので、
「イジメらしき何かしらに遭っているし、担任からも嫌われているっぽい雰囲気を感じるから、学校に行きたくない」
と、事実無根の大ウソを振りかざして、学校を休んだ。
その結果、俺の母親大暴走。
学校へ嵐のような猛抗議。
そんな事実は確認されていないという正当な反論は火に油。
怠慢! 隠蔽! エトセトラ!
ヒートアップしていく現状に、最初は戸惑ったが、
しかし、そこは流石の俺様。
すぐさま、
(ま、いっか。考えるのタルいし。担任が困ろうが、母さんが恥を晒そうが知っちゃこっちゃないよ。なぜなら、俺は困らないから♪)
思考を放棄して、流れに身を任せた。
元々過保護気味だった母は、この件があってから、より過保護に拍車がかかるようになり、結果、『今の俺』というモンスターが誕生した。
「――久寿男。ずっと家にいないで、ちょっと散歩くらい、してみない? いつも言っているでしょ。あなたには、ずっと健康でいてほしい、長生きしてほしいの。だから――」
「いやだ! 外、怖い! 誰かに会うかもしれないじゃん!!(今日は新しいイベントが三つもくるから、そんなヒマありませーん。スマホゲーを七つも同時進行中の俺は大変忙しいのだ)」
「――久寿男。一緒に、おいしいものでも食べにいかない? そうすれば、少しは心が満たされて、精神が安らぐかもしれないわよ?」
「だから、外に出たくないんだよ! どうして、そんなに俺を追い詰めるんだよ! そんなに俺の事が嫌いなのかよ!!(母親と一緒に外でメシなんて食えるかよ、恥ずかしい)」
「ごめんね、久寿男。そんなつもり――」
「ああ、痛い! 頭が痛いよ! ストレスで体が熱い! 死にそうだ(オナニーしたいから、一旦、家から出ていってもらおーっと。つぅか、空気読んで、自分から出ていってほしいわぁ。ほんと、このオバハン、間が悪い)!」
「だ、大丈夫?! 久寿男?!」
「アイス買ってきて! 冷たいもの食べたい! 甘いもの食べて落ち着きたい!」
「わ、分かったわ。すぐに買ってくるから。ねぇ、本当に大丈夫?」
「いいから、はやく! うざい! きもい!」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
母が家から出ていったのを確認して、俺は、
「あのババァ、ちょろいなぁ。というか、根本的に頭が悪いんだろうな。まったく、バカってイヤだねぇ。ああはなりたくないもんだ、っと。――さあ、今日は全裸で抜いちゃうぞぉ。久寿男くん、大フィーバー。あははん♪」
密かにアマゾンで購入していたAVで一発抜いた。
賢者モードになると、なぜ、こうも眠くなる?
俺は、AVをベッドの下に隠して、まどろみに身を任せた。
――独白終了。懺悔開始――
「――久寿男、起きろ。おい!」
父親にたたき起されて、どうしようもないクズガキ――『天童 久寿男』は目を覚ました。
目をこすりながら時刻を確認すると、十五時過ぎだった。
久寿男は眉間にしわをよせる。
(なんで、こんな時間に父さんが?)
「すぐに出かける準備をしろ。病院に行く」
「病院? なんで?」
「母さんが事故った」
それを聞いて、久寿男は、
(……めんどくせぇなぁ、まったく。今日の六時から、新しいイベントがくるってのに。ほんと、めんどうくせぇわ、あのオバハン。もう、いっそ死ねよ)
心の中で溜息をつきながら、
「どの程度のケガ? 骨が折れちゃったみたいな?」
「……」
「父さん?」
「死んだ」
「……ん?」
「即死だ。ダンプにはねられたからな」
「……」
「わかっていると思うが、父さん、仕事の方が、かなり忙しくてな。来週からは、また長期で海外に行かなければいけないし……だから、母さんの葬式の準備、お前にも手伝ってもらうことになる。いいな?」
「……………………うん」
「父さん、これまでと同じように、家には滅多にいられないから、今年中は、とりあえず、家政婦を雇う。仲良く、礼儀良く接するんだ。いいな?」
「……はい」
「でも、流石に、そんな状況をずっとは無理だから、来年の中学からは、全寮制の中高一貫の私立に入ってもらう。大丈夫だな?」
「はい」
久寿男の父親は、家庭に興味がない人間だった。
だから、『そんなの、今、話すことではない』とも思ったが、
久寿男は、自分の父が『そういう人間だ』と知っているので押し黙った。
「頼むぞ、久寿男」
それからの日々は、非常にあわただしく過ぎていった。
病院で白くなっている母親に別れを告げ、
死亡診断書を受け取り、葬場に連絡して、遺体を運んでもらった。
葬式の打ち合わせは少し難航した。
決めることが多すぎる。
葬式をする場所の規模、花、提灯、引きでモノ、精進落とし。
一番困ったのは遺影だった。
家中探したが、一枚もなかった。
(写真嫌いだったからなぁ……母さん)
その後も、
やれ親戚に連絡だぁ、
やれ役所に火葬許可書を発行してもらってこいだぁ、
やれ湯濯の儀に立ち会いだぁ――
(やる事、多すぎるな。まあ、今はありがたいけど)
葬儀に没頭していると、いろいろな事を忘れる事ができた。
思い出したくない事があまりにも多すぎる。
葬式が終わってからも、面倒事はたくさんあったので、久寿男的には助かった。
私物の処理や、御墓の手配。
だが、諸々全てが終った、ある日の夕方。
散歩の途中で、
夕焼けを眺めていた時、
「ぉお……ぅぉ……ぉお……ううぁ……ぉあ……」
全身がブルブルと震えて、涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……うぁ……ぁあ……」
本当に動けなくなり、引き裂かれたように、心が痛んだ。
バカみたいに、散々泣いて、心が枯れたのを確認してから、
「確か……健康で、長生きしてほしい……んだったよね? 母さん」
もう、この世には存在しない人に向かって、久寿男は宣言する。
「約束するよ。人一倍健康に気を使って、誰よりも長生きする」
母が唯一、自分に望んだ事。
健康と長生き。
久寿男は思案する。
どうすれば、より健康で、長生きできるか。
(まずは、食べモノだ。野菜と果物と海藻……それで、Bカロテン・ビタミンCEB、マグネシウム、カリウム、鉄分は十分。野菜は苦手だけど、俺の嗜好なんて関係ない。あとは……ビタミンDを、きのこ類で取る。シメジもシイタケも大嫌いだけど、健康のためだから、仕方ない――)
これからの生き方、スケジュール、プランを、全力で組み立てていく。
どうすれば、健康で、長生きできるか。
それだけが、今の久寿男にとっての全て。
この日、この時、久寿男は、生命に貪欲な獣になる事を誓った。
――しかし、皮肉な事に、
あるいは幸運なことに、
そんな決意をした日に、『それ』は届いた。
家のポストに入っていた、一枚の真っ赤な紙きれ。
「なんだ、これ?」
それは、赤紙。
『天使候補軍』が、『天使候補生』を召集するために発布した令状。
『 召集令状
左記日時、学校法人仙草学園に参着し、
この令状を以て当該招集事務所に届け出よ』
「ぇ……何、これ? 天使……はぁ?」
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