003 魔術師
この世界に来てもう三ヶ月が経とうとしている。
ラウニーは暇を見つけて会いに来てくれるが、オレにできるのは「転生者のための村」での雑用くらいで元の世界以上に退屈な日々を過ごしていた。
この世界に来た当初は無双でチートでハーレムな生活が待っているのだろうと期待していたが、そんなことはラノベの中だけだった。
世界を牛耳る悪の大魔王なんて存在しないし、魔法が存在するこの世界でわざわざ科学の有用性を説こうとする科学に精通した人もいない。
オレたちはただ、この世界のルールに合わせて「人間族」として共生するだけだ。
とはいえ、元の世界では大の苦手だった英語も言語チートのおかげですんなりと理解できた。
中国語もフランス語も、こちらの世界の言葉もすぐに覚えられるので村の中でも通訳のような役割を任せてもらっている。
それが今の生きがいだ。
「なあ、ラウ二ー」
オレたちは初めて出会った森の外れに寝転んでいた。
人通りが少ないから、ゆっくりと話ができるいい場所だ。
「オレみたいにチートを持ってる人間ってのもいっぱい来てるわけだろ?
その中に魔法が使える人間っていたのか?」
今、転生者の村には魔法を使える人はいない。
前の世界で医者をしていた人に言わせると、こちらの世界の生命体には人間にはない臓器があって、そこに魔力がたくわえられているのではないかということだった。
いつか魔法が使えるようになったりしないものか。
そんな淡い期待がこもった問い掛けだった。
「あー……、いたよ?」
思いのほかあっさりとラウ二ーが答える。
「マジか! 詳しく教えてくれ!!」
いきなり食いついたオレに驚いてラウ二ーは目をぱちくりさせる。
睫毛が長くて、ぱっちりとした大きな目。
隣の席だったミサの顔が頭をよぎった。
身長もちょうど同じくらいで、違うのは性別だけ……いや、性別は大きな違いだ。
頭をよぎった悪い考えを否定するように自分の腕を軽くつねった。
「んーと。あの人は不思議だったな。
『スカーフ』っていう布をクルクルって丸めて手の中に押し込んだと思ったら次の瞬間には消えてたり、何も入ってなかった帽子から白い鳥が五羽くらいポンポンポンと現れたりするんだ」
「ストップ」
確かに、マジシャンは魔術師だ。けどオレが求めてるのはそれじゃない。
オレの制止が納得できないようで、ラウ二ーはぷくりと頬を膨らませている。
「僕らの知ってる魔法は風や水を操るもので、鳥を生み出すなんて超一級の魔術師じゃないとできないことだよ? ユーキが求めてるのは違うの?」
本当に生み出しているならすごいことだが、あれにはタネがあるんだ。
どんなタネかわからないから説明はできないけど。
でも、「いた」と過去形で言われているのはどういうことだろう。
オレが問いかけると、ラウニーは少し困ったような表情になった。
「ある日、ウワサを聞き付けた隣の国の王様が魔術を見たいってあの人をお城に呼んだんだ。それはそれは喜んでてさ。出血大サービスだ! って。
鎖でグルグル巻きにして木箱に閉じ込めて、爆破魔法をかけてくれって頼まれた。で、それを実行したら……――」
ラウニーの悲し気な表情を見れば、事の結末はすぐにわかった。
それと共に、何年か前に脱出マジックが得意だったマジシャンがある日突然、謎の失踪を遂げたというニュースを聞いたことを思い出した。