01 ゲーム以外ゲームじゃないの
問おう。
人間の脳味噌が最も回転する時間帯はいつか。
人間の意識は寝起きから約3時間で完全に覚醒する。そして食べ物の消化が行われていない時間帯、つまり昼飯の「直前」が最も脳に血液が集まる時間になる。
これら論理的事実から推測するに、普段8時手前頃に布団を抜け出す俺にとって脳がマックス回転する時間とはズバリ、『午前11時』。
そして現時刻がまさにその11時ちょうど。
1日に1度しかないこのチャンスを逃すわけにはいかない……!
「じゃあこの問題を……鳥島」
イヤフォンの外側から微かに名前を呼ばれたような気がしたがどうでも良い。
意識をすぐに画面に戻し、光速を超えるかというほどの運指でひたすらボタンを操り続ける。
「鳥島。おい、鳥島」
すでに敵の体力ゲージは赤色ゾーンに突入している。あと2、3発攻撃を入れるだけで終わりなのに、ここへ来てその僅かなスキが全く生まれない。さすがあらゆるゲーマーの心を折ってきた最凶ボスと言われるだけはあるが、俺も伊達にこのシリーズをやり続けてきたわけではない。
敵の連続キックの隙間ーー攻撃判定されれば即死亡、まるで針の穴を通すようなタイミングを見切って俺はラストアタックを繰り出した。
こちらと相手、どちらのヒットが先かーー
ボタンを押す指先にありったけの力をこめる。そして……
「殺ったあああああ!!!」
「とっりしまああああああ!!!」
歓喜の咆哮をあげると同時に怒りの咆哮が飛んできた。
反射的に顔を上げると、中年教師が般若みたいな顔をしながら息を荒げている。
俺はわけが分からず目を瞬かせた。
「なんすか?」
「なっ……」
あ、なんか顔が真っ赤になってめちゃ息吸い込んでる。昨日やったRPGのメテオドラゴンみたいだな。
「なんすか?……じゃねええええ!! お前自分が何してんのか分かってんのか!?」
「ゲームっすけど…… 」
「そうだなあゲームだなあ、それで今はゲームの時間か? ああ!?」
「俺的には、ええ」
「ふざけんな馬鹿野郎、今は授業中だ!!」
叫び、教室を大げさに指し示す教師。クラスの連中が迷惑そうな瞳を俺に向けているのが見える。
「あー……」
しまった。あまりに夢中になってやらかしてしまった。
「すんません。うるさかったですよね。ごめんなさい」
頭を全員に向けて下げる。こういう時は素直に謝るのが最善だ。
「謝るくらいから最初からやるな……ってなんでまたゲームしてんだよお前ぇぇ!?」
「ええ? だから、大声出しちゃったのは悪かったって……」
「それもだけどゲーム! お前が持ってるソレ! それが問題なんだよ!!」
「これの何が問題なんですか?」
ゲーム機を掲げて見せる。
教師が息を吸い込み、また怒鳴り声をあげるのかと思いきやそのままの状態でゆっくり俺に近づいてきた。そして俺の倍以上はあるかという掌がゲーム機をがっしと奪い取る。
「何が問題かは……自分の胸に聞けええええ!!」
反射的に目を閉じて、ビリビリと教室中が震える。イヤフォンしててよかったあ、この距離で直接聞いたら鼓膜が破れるところだったーーと、両耳からスポッと抜き取られるような感覚。
「あ、何するんですか」
「これも没収だ!!」
「これもって、え、せめてゲームは返してくださいよ、まだ討伐報酬のプラチナムガントレもらってないーー」
「いいから黙って廊下に立ってろ! 授業の邪魔だ!」
むんずと襟首を掴まれ、可燃ゴミのように廊下へとポイされる。
「……仕方ない、こっちやるか」
ポケットから取り出したのはスマホ。この時間帯は格ゲーをやるのが最適なんだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。デイリーミッションをこなしておくか、と最近ダウンロードしたガチャゲーを開く。廊下を通りかかった若い女教師が怪訝な目をこちらに向けていたが無視した。
「お、ガチャ引けんじゃん」
ログインボーナスで入手した石でちょうどガチャ一回分引けるようになり、早速ガチャページへ。このゲームじゃまだ星5キャラを持っていない。
「さあ、こい、こい……」
画面が虹色の光に包まれたらオオアタリ確定だ。下唇を舐め、心の準備をして画面をタップ。来やがれ、最高レアのディアボロス・マグナ……!
「虹色きたあああ!!…………て、あん?」
ピカーっと画面に光が溢れるも、その色はよく見ると、虹色ではない。
「ピンク?」
なんだそりゃ、そんな演出あるのかこのゲーム。どんなゲームでも大体は金色か銀色、あとはたまに黒とかが高レア演出のセオリーなんだが。
まあ虹色じゃない以上星5の可能性は消えたか。
「無念だ」
落胆しながら画面をタップした、その時だった。
ーーーギャリイイイイイイン!!!
「うおっ!?」
スマホから突如として流れる大音声。
ビックリしてスマホを床に落っことすも、さらに仰天する出来事が。
スマホの画面からピンクの光が、画面内ではなく、画面外にーーつまり現実に俺が立っている廊下全体にーー目が潰れるのではないかというほどに眩しく、溢れ出したのである!!
「ちょちょちょ、どんだけヤベー演出だよ!?」
発光しつづけるスマホに駆け寄り、とりあえず止めなきゃと電源ボタンに触れた瞬間、
「ぐぇ!?」
アゴに強烈な衝撃が走り、俺は仰向けに転倒して後頭部をしたたかと床に打ち付けた。
「あ、スマン。大丈夫カ?」
「いってぇ……一体何がっ、って……!?!?!?」
俺はこの瞬間をきっと、生涯忘れないだろうな。
それほどまでに衝撃的な画がそこにはあった。
「イヤー、勢い余ってオマエの顎をブチ抜いちまうとはナ。まあ許セ」
「…………」
「何ダ? 幽霊でも見たような顔しテ」
なんでもないかのように言葉を発し続けるそいつは、人間ではなかった。
全身は俺の手のひら程の大きさ。
奇妙な造形をした身体ーーハートマークを逆にしたような形ーーから、ゴム人間が生やしてるような短い手足が突き出ている。首はなく、顔に当たるパーツはその身体部分にあった。そして全身、ピンク色。
「…………」
背中には漫画やアニメの天使が生やしているような羽が一対。それをパタパタとはためかせ、空中に浮遊している。
つまりは、身体がケツの形になったカー○ィに羽が生えているというのが、こいつの見たまんまの造形だった。
正直言っていいかな。
「……キモい……」
「なんか言ったカ?」
「いや、何も」
ピンクのケツは俺の方に飛んでくると、固まったままの俺の顔を無遠慮に覗き込み、
「いかにも恋愛下手そうな顔だもんナ……そりゃオレ様が呼ばれるカ」
よく分からないことを呟いたケツは、しかしその直後、さらに意味不明な一言を俺によこした。
そう。これが正真正銘、俺の『地獄の一ヶ月』の始まりだったのだ……
「おいオマエ。今から一ヶ月以内に女子にコクハクしろ。失敗したら死ぬからナ?」
「……へ?」
-続-