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バクバク、と腹の底に響くような音が聴こえる。
こんな時に一体なんだよ、と思うが、すぐにその正体は明らかになる。
その音は、俺の左胸から響いていた。
……こんなにも激しく自分の心臓が脈打つのを、俺は未だかつて聴いたことがない。
子供の頃近所のノラ犬にいたずらして追いかけ回された時も、
中学の時林間学校で俺だけペア無しの肝試しをやらされた時も、
大好きなゲームをやっている時でさえ、
このままだと破裂するんじゃないかというほどに鼓動が早まる瞬間を、俺は知らない。
「…………」
今、俺の隣には一人の生徒がいる。
女の子。
それもうちのクラスで、いや、学校全体で見ても、トップクラスと言っていいほどの超美少女。
本来なら俺なんかが近づけるはずもない存在。
そんな彼女を俺は、放課後のとある教室に呼び出した。勿論この場には他に誰もいない。
二人きり、だ。
多分生まれて初めて、俺は女子と二人きりになった。
だがこんなことはほんの序の口に過ぎない。これから俺はもう一つ、人生で初めての「ある事」を成さねばならないのだから。
この状況を踏まえれば、もうお分かりかもしれない。
俺が今からこの子にしなければならないこと。
それは、
『告白』。
「あ…………くっ!?」
「?」
勇気を振り絞ろうとしたその瞬間、喉まで出かかった言葉はしかし、腹の底へと消えていく。少女が瞬きを一つして、僕の顔をちらりと覗く。
……こんなにも。
こんなにも大変なことだなんて、思いもしなかった。
気楽に考えていた昨日までの自分を殺してやりたい。
もしかしたら一つ誤解を生んでいるかもしれない為、予め言っておこう。
俺は決して、少女に告白するということそのものに対して、ここまで心身を疲弊させているわけではない。この胸の高鳴りも、彼女に自分の思いを伝えるに当たって緊張としているとか、舞い上がっているとか、そういうわけでも断じてない。
なぜならこれはゲームに例えるならラブイベントではなく、バトルイベントだからだ。
それも、命懸けの。
この『告白』に失敗すれば、俺は死ぬ。
社会的に、とか、精神的に、といった枕言葉はつかない。
文字通り、言葉通り、意味通り、この告白の失敗は、俺の人間としての生命活動そのものを揺るがすことに繋がる。
「ドウシタ? とっとと告っちまえヨ」
少女が座っているのとは逆の方向から声が飛んできて、俺は少女に聞こえないように舌を打つ。
こいつの声は、俺以外には聞こえない。
俺をこんな状況に追い込んだ諸悪の根源。
自称、コクハクの妖精。
ーーうるせえ! 誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!?
……と叫びたい衝動を必死に抑え、俺は代わりに長ーく息を吐く。
なんでこんなことになった。
俺は思い出したくもない最初の一日を思い出す。
悪魔の始まりは、あの日、このクソッタレな妖精と出会ってからだったーー。