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出会い 宇佐美ひかり

さて、物語はもう一人の女の子のお話に入ってゆきます。

宇佐美ひかり、慎のクラスメイトの宇佐美こだまの姉です。

ひかりがどうやって、二人に関わって来るのか?

そして、その先に待っている事は?

さらにたくさんの人を巻き込んで、続いてゆきます。

  出会い 宇佐美ひかり



 宇佐美ひかりは、そもそも綺麗だねとか美人だねとかそういうほめ言葉には何も感じなかった。


 まあ、人より綺麗なのかもしれないけれど、それは主観の違いだと思うし人それぞれ好みは違うわけだ。


 なぜひかりがファッションに気をつけたり髪型に気を配ったりするかというと、本当の理由は一つなのだった。


 父、(ひかりはこの年になってもパパと呼んでいたのだが)、に『亡くなったママに似てきたね』と言って欲しいからなのだ。


彼女の手元には数枚しかないが、亡くなったママの写真はとても綺麗な人に思えた。

女性らしいというか柔らかい優しいオーラが身体中からにじみ出てるようだ。


小さいときから、「まあ亡くなったお母さんに似てきて美人さんねぇ~」

とか「ママにそっくりね」などと言われるのがすごく嬉しかった。


 彼女の中では、亡くなったママは病室の中で微笑んでいる姿しかなく、思い出すと今でも涙がこぼれてしまう。


 誰からもうらやまれるくらいの美人のママに、父はメロメロだったのだと思う。


 そんな自慢のママがひかりと父を残してこの世からいなくなってしまうのだから、父のショックたるや半端なかったにちがいない。


そう、今でもひかりは覚えている。

泣いて嘆いて世の中の事すべて放り出して父は自分のからに閉じこもった。


 子どもにとっては大切な父で大好きな訳なのだから、幼い子どもにしてみたら両親が二人ともいなくなってしまったように、一人ぼっちで取り残されたようにも感じる。


 幼心にどうしていいのか途方にくれて、不安で仕方なかった。

 嵐の中、手を伸ばしても誰にも届かず、何も見えない世界に一人で立ちすくんでいるようだ。


のちに知った事だが、当時父はいくつかの会社を親から任されていたそうだ。

祖父という人はどことかの役員だという話なので金持ちだったのだろう。


 しかし、息子がそんな風になってしまって心労がたたったのか、父が元気になる前に亡くなった。

父はまかされた会社を幾つも人手に渡し、周りの人たちまで巻き込んで大変だったと聞く。

唯一、自分から顔を出せたのは親友が手伝っているボクシングジムで、そこの経営も父の会社のものだった。


 トレーナーの紀之という学生からの父の友だちは、ボクシングジムを手伝っておりひかりの事もとても可愛がってくれた。


「もうすぐ、パパも元気になるよ。信じて待ってようね、おじさんと」

 ひかりはそのおじさん(今でもジムでトレーナーとして働いている長谷さん)の事を、救世主のように感じて大泣きして抱きついた記憶がある。

思い返しても、ちょっと恥ずかしい。

その時の事は今でも笑い話の種にされるから。


 それから先がまた波乱万丈だった。


 いつまでたっても先妻が忘れられない父を、遠くで見守っている女性がいたのだ。


それが今のはるかだ。

ひかりは彼女の事をお母さんと呼んだ。

お母さんは長谷さんと一緒で学生の頃からの父の仲間だった。


 はるかは心配して何度も何度も、ジムに来るようになった。

 そうこうするうちに父も少しずつ元気になっていって、みんなの祝福を受けてめでたくママが亡くなって三年後にゴールイン。


 さっぱりしていて陽気ではきはきしている、それでいて細かな心配りができるかっこいい女性。

それが今のひかりの母はるかだ。


本当に理想の女性像だと思っている。

ひかりのことも可愛がり愛されていると感じたし、なんの心配もない素敵な家族ができあがったと思っていた。


はるかも偶然に旦那さんを病気で亡くしていて娘がいた。

だからひかりには、すぐに三つ年下の妹ができたのだ。

年が離れているから物凄く可愛かった。


 とっても幸せな四人家族。

 しかしそう、今その幸せ家族の存続の危機なのだ。



 ある日お母さんがひかりに耳打ちした。

(少し姿を消すからね、心配しないでね)


 驚くひかりに笑ってウィンクしてみせた彼女は、心配には及ばない気がして頷いた。


 その日の午後、はるかは父に書置きを残して家からいなくなった。


それはそれは大騒ぎだ。

父はどうしていいのかオタオタし、家の中はとっちらかって収拾がつかない。


 妹のこだまにも何も言わずに出ていったらしく、暗い表情になっている。

 大した事ではないと感じていたのは、ひかりだけだった、その時は。


「そうじゃないよ。お母さんには何か考えがあるんだから」

 ひかりは説明したがやはり不安がぬぐいきれないのは、あたりまえだ。


 まったく大胆な事してくれちゃうんだからね。


 ひかりが思うに、父は何でもソツなくこなすはるかにかなり頼っていたところがあり、会社の経営の一部は彼女が担っているようだった。

ママが亡くなってからもう十年以上経っていて祖父から引き継いだ会社の残りもスポーツジムもはるかが経営を手伝っている。


しかし、いつまでもそんな風ではいけないと思ったのではないだろうか。

特に長谷さんが手伝っているボクシングジムは経営も危ぶまれてるようだ。

それ故にスポーツジムに変えたそうだがやはり最後に頼るのは、はるかのようだった。


 お母さんがいなくちゃ何にもできないなんて、ちょっとどうかしてるよね、大の大人が。


 ひかりもその事に関してはすべて一つ一つ相談している父に、(一人で何とかしろ!)と心の中で何度も思っていた。


母の思っている事はわかった気がする。

しかし残されたひかりたち姉妹にしてみればかなりきつい事だ。


 特にこだまにしてみればいくら家族だといっても、正直血の繋がりない中に置いてきぼりになったのだ。


 背の小さい妹は今でも幼い頃のままに可愛くて大好きな存在なのに、心の隙間に悲しみがつまっているようで痛々しくて見ていられない。


 どうしたらいいのだろう。


 

 こだまに言ってみる。

「お母さんはきっとスポーツジムの経営がちゃんと親父一人でもできるってわかったら帰ってくるつもりなんだよ」

 こくんとうなずいた愛しい妹。


とりあえず、今ひかりに言える事は、それくらいしか思いつかない。


 お腹の中に溜め込まない性格のお母さん、たぶん私が思ってる以上に単純なはず。


ずっと本当の母親だと思って暮らしてきたお母さんだ。

考えていることは読み取れるはずだ。


 そう、ひかりは信じている。


 そこで、ひかりはスポーツジムの勧誘をすることにした。


 大学の中には、もう少し身体を動かした方がいいかなという、やからがたくさんいる。


まあひかりは、自分が目立つらしい事も知っている。

なので、筋肉がほしそうな男子に声をかけたりしてみる事にした。


すると、意外にも大反響。

ひかりが声かけるまでもなく、弱弱しい男子が何人もスポーツジムを見に来たのだ。


 ひかりはといえば

「特典として私とデートする権利なんかつけちゃおうかな?」

なんて先行きを安堵して冗談で言ってみたのだが、尾ひれをつけて噂が噂を呼んで一人歩きしてしまう。


 それはエスカレートして、今スポーツジムに入会するとひかりがキスしてあげる、などという噂に変わってきた。


 これには、ひかりも困ってしまった。


 そんな気もないし、第一ひかりは男子に興味などまったくなかったからだ。


男の子を好きになった事もなかったから。

キスなんてとんでもない。

デートだったら集団で何とかだが、キスなどとはまったく困る。


 大学にいくと、噂を聞いた男子たちがひかりを追い掛け回す、そんな日課ができあがってしまって、ひかりはただひたすら男子たちから逃げ回らなくてはならなくなる。



 その日も二三人の男子が『スポーツジムに入るとひかりちゃんと付き合う権利がついて来るって本当?』なんて言いながらひかりに手を振ったので、にこやかに微笑むときびすを返して校舎のほうに走った。


冗談じゃないわよ。

ジムに入った人と付き合う権利って、私はいったい何人とつきあわなくちゃならないっていうのよ。

まいったなぁ、いらん事言っちゃった私が悪いんだろうけど。

もう、こんな状態じゃ勧誘どころじゃないわよね。

困ったなぁ、妹のこだまにはジムの会員増やすから私に任せて、なんて言っちゃったし。


 頭の中を様々な事が巡って、走りながらどうしたものか考えていた。


「ひかり~なんかゼミの男子がさがしているよ~。あんた、マッチョな人が好きだったって?」

 同じゼミの女子が声をかけてきた。


「ち、ちがう。マッチョな人が好きなんじゃなくてマッチョになりたい人を募集していただけで、ああ、でもそういう人が好きな訳じゃなくって、あ、え~っとどう説明したらいいかなぁ」


 うろたえながら、説明しようとしたところにゼミの男子が何人か走ってきた。


「や、ば」

 どうしていいかわからないひかりは、走り出す。


「ひかりちゃ~ん」

 背後から足音と声が追いかけてくる。


 どうしよう、とにかくここは捕まらないように逃げよう。


 ひかりは植え込みの脇から校舎ぞいに身をかがめながらもぐり込むと、声が通り過ぎてゆくのを待った。


緑の濃い青いにおいがする。

草や木が空に向かって手を伸ばして生きる証のような匂いに窒息しそうになる。


 足音とがやがやが、日のあたる道を通り過ぎていくのがわかった。

 ひかりは植え込みに囲まれてぽっかり明いた空間に腰をおろして校舎の壁にもたれかかっていた。


 とりあえず、深呼吸。

 そしてさっきまで頭の中で渦巻いていた考えに意識のピントを合わせると、ため息が出る。


「あ~あ、どうしようかなぁ。だけどさ、デートの特典なんかつけてよ、って言われたから『そうね、つけちゃおうかな』なんて冗談交じりに言っただけなのに。なんでこんな事になっちゃったりするのかしら。もう、とにかくこの変な噂をまず取り消すのには、どうしたらいいのかしらね。困ったな」


 そんな独り言を言いながら、お日様を仰ぎ見る。


 なんだか眠くなっちゃうなぁ、とほっこりして先の事を改めて考えようかと思ったところに、植え込みの外から声が聞こえた。


「あ、ひかりちゃん見つけた!」


 え?

 あわてて立ち上がったひかり目の前に、ゼミの男子だけじゃなく、レスリングとかしていそうな男子も一緒にぞろぞろと植え込みの空間に入って来る姿が見えた。


 気がつくとひかりは、校舎の壁を背に男子たちに取り囲まれている。


「あ、だ、だから、えっと、その特典とかそういうのは、えっと」

 困り果てて次の言葉を探していたそのときだった。



「あのさぁ~僕の彼女をいじめないでよ~。いろんな噂があるけどさぁ~そんなのみんなうそうそ。スポーツジムの特典はさ、入会金とか一ヶ月の会費なしとかそういうのだったと思うよ~。なんか勘違いしているみたいだけどさ~、そんなのなしなし!へんな特典なんて付ける訳ないでしょ?彼氏いるのにさ~。ねっ!」


 ひかりのすぐ横の校舎の窓から顔を出して、やわらかい笑顔がこちらを見た。


「そ、そうよ。勘違いだと思う、思うわ。そうそう、第一彼氏がいるのにねぇ~。ないない!」

 手をふるひかりをいっせいに男子たちが見た。


 「なんだぁ~」とか「うそ」とかいう声が聞こえて、ゆっくりとひかりは解放されたのだ。

あせった心からも開放された。


 一時はどうなる事かと思ったが、なんとか事は解決したように思えて胸につかえていた息を吐き出す。


(ああ、良かった。って、まてまて、なんか違う事態になってないかな?)


 一人になって座り込んで植え込みの中で、ゆっくりと真上を見る。

 校舎の窓から出ている顔には、見覚えがあったけれど。


 だれだっけ?話した事あったっけ?


 目が合うと窓から顔を出していた男子は、にっこりしてひょいと校舎の中に顔を引っ込めた。


 慌てて、立ち上がると植え込みのふちの石に上がって校舎の中をのぞいた。


この校舎って何に使っているんだったかな。

あまり足を踏み入れた事がない場所だった。


そこは応接室。

その男子は大きなテーブルにたくさんの花を広げてパチンパチンと枝やら葉っぱやらを切っている。


「あ、あの、ありがとう。えっと、こんな事態を招いたのは自分のせいかもしれないけどこんな風になるなんて思ってもいなくって、あの。なんだか変な事になっちゃって、そのなんて言えばいいか。」

考えるより先に言葉が出てくるタイプのひかり。


何を言えばいいか考えていると、パチンと枝を切りながら

「とりあえず、この部屋今日は誰も使わないから回って来たら?そこで見ていられると気が散るしね」

 涼しい顔でそう言うとハサミを置いてうやうやしく、どうぞという風に入り口のドアに手を差し出した。


「そ、そうね。わかったわ、すぐに行くわね」

 ひかりはこのまま授業に出る気も失せていたので、言われるままに玄関を回って応接セットの置いてある応接室に入っていった。


来客などが使う部屋だし入った事もなかったので少し緊張した。

けれど中から優しい笑顔が迎えてくれていたので、そっと足を踏み入れる。


 黒い革張りの応接セットは、ひかりの家のジムにおいてあるものなんかよりずっと高級なものだった。

 窓際に大きなテーブルを出してその上でたくさんの花を扱う彼は、たしか有名な華道の先生の孫だったか、そんな噂を聞いた事がある。


 そう、確か家も私の家からそんなに遠くなかったっけ。


「どうぞ座れば?お茶とか冷蔵庫に入っているよ。勝手に飲んでも大丈夫だよ。僕が用意したものだからね。」


言われるままに、ひかりは冷蔵庫から冷えたお茶をグラスについでソファーに座った。

さっきまでの生暖かい空気を吸って苦しかった胸の中を涼しい風が通り抜けてゆく。


家のとはまるで違う座り心地に、さっきまでの緊張が解けてきて気が緩む。

肩の力もぬけてほっとした。


彼はパチンパチンと花を生けていった。

邪魔にならないように、静かにぼっと、見ている。


 おしゃべりなひかりが黙ってみているなんて、我ながら不思議だなと思った。


 なんだか、別世界にいるような気持ちになるのはなんでだろう。


 曲がりくねったあまり綺麗とはいえない枝の小枝を切っていくと、すっきりした曲線を描いて別物になっていく。

枝を手にとっては、小首をかしげていろいろな角度にさしてゆく。


 どれくらいしてからだろう、彼が「完成!」と言ったのでぼうっとしていた意識がパチンとはじけた。


 両手を広げるくらいの、花でできた芸術作品が飾られていた。


 すっと細い緑色の葉が立ち並ぶ中、小ぶりのひまわりの花が顔をのぞかせ後ろから曲がりくねった枝が絡みつくように右端に伸びている。

ちいさな赤い実をつけたような小花が小鳥のようにそこここに遊んでいるよう。

花の名前も葉の名前もわからないけど、そこに流れるような空間を作り出している。


「すごい、なんだかわからないけど、すごいと思うからきっとすごいんだと思う。って何言ってるんだろう私。お花とか華道なんて見た事ないから、ぜんっぜんわからないんだけどさ。きっとすごいんだと思う。うん」

 思わずひかりの口から言葉がこぼれた。


「来客があると、必ず頼まれるんだよね。祖母と学校の先生たちは知り合いだからしかたないんだけどね」

 そう言うと、自分も冷たいお茶をグラスについで一気に流し込んだ。


「ま、この部屋今日一日自由に使えるのはちょっとした利点なんだけどさ」

 これだけの大作となれば、自由に使わせてもらわないといけないのだろう。


 感心していたひかりの頭に、何か問題があったような記憶がよぎる。


「ええっと、さっきはありがとう。その、助けてくれて」


「とりあえず、君が悩んでた事態はなんとかなった、と思うんだけどさ。ごめんね、しばらく違う心配ができちゃったよね~。君の独り言が聞こえちゃったもんだからさ」


 ちょっと肩を落として情けなく柔らかくなった彼は、さっきまで花と向き合っていた顔とはちょっと違う。


ちがう噂が流れちゃうのは、まあ、仕方ないかな。

取りあえず、追い掛け回されるよりいいよね。


「うん、それはまあ、大丈夫。私は宇佐美ひかり。私もあなたのうそに乗っかったみたいになっちゃったから、あなたのせいじゃないわ。取りあえず、彼女って事で、あなたは大丈夫なの?なんだかへんな事になっちゃったけどね」


 彼の顔色がぱっと明るくなる。

「河西和樹です。君は有名だから知ってるよ。学校のアイドルみたいなもんだからさ。いいの?僕が彼氏って事で」


 彼氏がいるのなら、特典とかつけなくてもジムの勧誘もできそうだし、まあ、いいかな。

 気楽に考えてみると、それもありかなと思えて、ひかりはにっこりほほ笑んだ。


 そこからひかりはこの優雅なひと時を、自分の勧誘にいたるまでの話に費やす事になるのだった。

それは意外にも緩やかな時の流れる、楽しい時間に感じられた。

彼は目じりを下げながらひかりの話を聞いてくれた。

やわらかい眼差しは心地良い。



そんな事があって、ひかりは生まれてはじめての彼氏ができたという訳になる。

彼氏といっても形だけだとは思ったが。







次は 12日、23時 アップします。

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