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展開 河西慎

慎は思った。何でこんな行動をとってしまったんだろう。

自分でも不思議な行動に嫌悪感さえ抱きながら、宇佐美こだまと関わってゆく慎。

そうして、周りもどこかがつながっていく。

 展開   河西慎




 夕刻迫る中庭で何事も無かったかのような空気の中に、見上げた艶やかな瞳にどこか寂しさと切なさを混ぜ合わせた宇佐美こだま。


 あの日の姿が目に焼き付いて、慎はクラスの中で彼女の姿をいつでも視界の片隅で追いかけていた。


スポーツジムでみた宇佐美こだまは、羽が生えているように軽やかだった。

ゴムボールみたいに小さな体が躍動して弾んで見え、表情さえ輝いて見えた。


 けれど学校でみる彼女は、どこかおどおどしてまわりの動きに一挙一動という風に映る。


 そして新たな発見、今まで気づかなかったことが驚きなのだが。


 他のクラスだというのに昼休みに度々、長谷ジュンヤの姿を目にする。

こだまと話しているのだ。


 よく考えてみるとこの光景は良く目にした事があった気がする。


 サッカー部のキャプテンが来る事も練習の予定等を部員に伝えたりすることが、無いわけではないが、彼が現れるのは頻繁だった。

それまでは、サッカー部だしキャプテンだし、慎ともおしゃべりしたり冗談をいいあったりして帰ってゆくのだからなんの違和感も無かった訳だ。


 しかしあれから意識しているからか、良くジュンヤの顔を目にする事が引っかかっていた。


(あいつ、こだまにふられたんじゃなかったのかな?)


 まるで夕暮れのあのシーンは夢の中の出来事だったように不確かで、ジュンヤに確かめることはできずにいた。


 慎が見つめているのにジュンヤが気づいて、手を上げた。

優しいまなざしと明るい表情。


「かわにし~喜べ!来週から練習再開だぞ!」


 ジュンヤの前の自分の席に座っているこだまと、目が合う。

にこりともしない、でも目をそらそうとはしない。

まっすぐにこちら見つめる瞳にどこかがぎゅっと捕まれたみたいに感じて内心あせる。


 この感情はなんだろう、チクチクして嫌な気持ちになっている。


 そして、自分でも信じがたい行動をとった。

後で思い返してもこの時の感情は複雑で、胸がきゅうっと押し付けられる。


 慎はこだまの前にゆっくり歩きながら言った。


「お前たちって、どういう関係?」

 こだまが顔を上げて、きっと目を吊り上げた。

ジュンヤが赤くなって頭をかく。


 こだまが口を開いた。

ジュンヤも同時に答えた。

「幼馴染!」

「迫っても冷たく突き放されちゃう関係」


 ジュンヤの言葉にこだまが赤くなり、ジュンヤはこだまを見つめている。

その眼差しの中に何かを感じる。

慎の胸がかぁっと熱くなって心臓の鼓動が早くなる。


 慎の口から更に自分でも驚くような言葉が滑り出した。

「好きなやつ殴んないんじゃないの?」


 これはいけなかった。

どう考えても浅はかな言葉、行動だった。

後悔しても足りないくらいだ。


 この時、この会話が聞こえるくらいの近さには誰もいなくて、他のクラスメートには何が起こったのか皆目見当がつかなかったに違いない。

それだけが救いだったと、慎は後から思って、自己嫌悪に落ちいった。



 慎の身体は宙に浮いていた。

目の前に星が瞬いていて、頭の中をのんきな考えがくるくると巡っていた。


 あれ?いつの間に夜になったのかな。

ジュンヤが部活再開って言っていたのは夢じゃなかったよな。

こだまはジュンヤの事、どう思ってるのだろう。

ジュンヤはあの時、ふられたって言っていたのに諦めてなんかいないんだ。

どうして二人の事がこんなに気になるのだろう。

二人の話している姿がオレのどこかを揺さぶるのはなぜなのかな。


 のんきすぎて、自分がどうなったのかさえわからなかった。


 気がついたら、ベッドに寝ていた。

見覚えのない部屋。

 どこだっけ、何していたっけ。

 白いカーテンの向こうに保健室の先生の声がする。


「いえいえ、大丈夫ですよ。まあ、念のためにとおっしゃるのなら病院行ってもらってもいいですけどね」


 かなりの大ごとになっていたのがわかったのは、保健室の先生の話している相手が慎の母の声だったからだ。


 よくよく考えて記憶をたどると、慎はきっと宇佐美こだまにアッパーをくらったのだろうと思った。

こだまに近づいていって彼女の逆鱗に触れたのかもしれない。

 そして、宙に飛んでしまったという訳だろう。


 しかし慎のあごにも痛みは残っていなかったし、起き上がってベッドの脇の鏡を見てもあざもついてはいなかった。


 そうかチビのこだまは座っていたからコブシを振り上げても、たいした事にはならなかったのかな。

それに、こだまの手は小さくて可愛らしかったからな。

良かった、あざなんか残らなくって。

ちょっと女の子にパンチくらってあざなんかできてる男子ってカッコ悪いからな。


 どこにも痛みは感じなかったものの、しいて言えば悪いことを言ってしまったという胸の痛みのほうが強かった。


 気を失っちゃうなんて情けない。

 親まで呼ばれちゃうほどの事でもないのに。


 サッカーでは、まれにあたりが強くて脳震とうなんて事はあるが、親が呼び出されるなんて事は一切ない。


 ふとこだまが親に叱られているシーンを想像して、ひどく落ち込んだ気持ちになる。

とても後悔したし、その原因さえ当たり前のことだと思うから。


「なんでもないから!」

 母は慎の顔を見ると安心したようだった。

 病院に行こうと言った母を無視して、慎は先に保健室を出た。


 校庭では野球部が練習している。

その脇に立入禁止の体育館がみえる。


 本当ならサッカーの練習再開って嬉しいニュースで浮き浮きしているはずが、身体なのか心なのか重苦しい。


 ただ、もしかりにこれが兄貴だったら、これ位の騒ぎではすまなかったのだろうなと慎は思ったりした。


 そこまで、頭の中で考えてふと考えが湧きあがった。

 そうか、兄貴がオレに一緒に行ってほしいっていったのは、こんなことがあると大騒ぎになるに決まっているから、なのかな?


 つまり宇佐美の家に行くと何かの拍子にこだまにアッパーをもらう事があるかもって事なのかな。

それを危惧してオレに一緒に行ってほしいって言ったのか?

 

 あの日は帰ってからの和樹は上機嫌で何を聞いても上の空という感じで、なぜ倒れて彼女が電話をかけてきたのか、何もわからずじまいだったのだ。


 何を聞いても、代わりに口から出る言葉は、「ひかりちゃんってすばらしい!」とか「ひかりちゃんってすてき!」

と言うだけで、いい加減うんざりしていた慎は真相を知る事はなかった。



 丸いオレンジ色の太陽はぐんぐん低くなってゆき、世界中を夜の中に連れて行こうとしている。


 慎は母と一緒に夕日に染まった空を見つめながら家に向かってとぼとぼ歩いた。


 教室での映像が頭をよぎると、いたたまれなくなってどこかに消えてしまいたくなる。


 さっきまで保健室で先生にどうしましょうと言って、オロオロしていた母の心配した表情はすっかり消えて

「そうだわ、お花を頼まないといけないわね。新人さんの発注じゃ心配だものねぇ」

「夏の花はしっかり下準備しないともたないからねぇ」

 などと、さっきまでの事はとうに忘れてぶつぶつつぶやいていた。


 慎の母はお花の先生で、もともと母屋に住む祖母が華道の先生をしておりそれを手伝いながらフラワーアレンジメント等にも手を出して今では自分流の教室をやっている。

 総称してフラワーデザイナーとかいうらしく、自慢そうに胸をはる。


 慎はまったく興味が持てない。

それに比べて、兄の和樹はきれいなものが大好きらしく、一緒になって教室を手伝っているので母にしてみれば和樹のことがかわいくてしょうがないのだと思う。


 慎はいつも泥だらけになりじっとしてないどころか、言うことも聞かない息子で心配の種だといつもまわりにこぼしている。


 ただ父は普通のサラリーマンだが、やんちゃな息子の事を笑って認めてくれているので自分の味方なのかなぁと思う。


『男は思う存分好きな事をやりなさい』

 そう言ってにっこり笑う父は、ちょっとだけ尊敬している。

それ以外では婿養子という手前、いつでも母に頭が上がらないといった風だ。


 河西家のトップで一番決定権のあるのは、どうみても母だと慎は思っていた。

そして慎はそれをなんとなくうっとうしくて嫌だと思っている自分も感じていた。



「まあ、もうこんなに暗くなっちゃって男の子だからそんなに心配してないけど、最近この辺で通り魔が出るって言うわよ。お花の生徒さんとか心配だわねぇ~」

 母はきっとさほど心配してないのだろうなと思った。


「気をつけてね」

 と言いながらにっこりして横を歩いている母の事を、小さい頃友だちに綺麗なお母さんと言われ自慢だった事を思い出す。

今は友だちに会わせたいと思わない。


 慎はふと、それが何故かなと横を見る。

ぶつぶつ言いながら一生懸命自分の教室の事を考えているようだった


 寂しくて誰かが恋しくなるように夕闇は迫り、目の前に慎の家の生垣が見えてくる。

 そして幼い頃から、自分と仲間の隔たりのように思っていた大きな木でできた門が見える。まるで時代劇の中に入り込んでしまったような、屋根のある立派な門だ。

 古いので雨風にさらされて門柱は黒く、まるで中に入る人を拒んでいるようにさえ見える。いつでも門は開け放されていたが、慎には世界を分けてある境界のように感じていた。



 家に帰ると、玄関に赤いハイヒールがそろえてあった。

お花の生徒さんなどがよく来るので、女性の靴があるのは珍しい事ではなかった。


「あら、お客さんかしら?誰かしらね」

 自分の客だと決め付けてリビングに入っていった母。

慎はそのあとを、自分の部屋に行こうとリビング横の廊下を進んでいった。


 リビングにいたのは、後姿だが若い女性だ。

今どき街でよく見かける柔らかウェーブの茶髪の女性で兄和樹が嬉しそうに話し相手をしている。

 思い当たらない様子で母が首をかしげて兄に

「どちらさま?」

 と優しいお花の先生の声で聞く。


 すると女性はすっと立ち上がってこちらを向くと、お辞儀をした。


「この度は、うちの妹が大変申し訳ないことをいたしました。すみませんでした!」

 それは、宇佐美ひかりだった。



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