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出会い2 河西慎

兄の携帯からかかってきた女性の声に驚いて、迎えに行く慎。

何があったのか?

色っぽい声の主は誰なのか?

そして、そこで出会ったのは?

出会い 2 河西慎



 それからしばらくして夏休みの体育館改修工事が始まるまで、付近は立入禁止になった。当然大好きな部活は休まざるをえない状況だ。


 事の発端の自分はおとなしくしているしかなかったので、つまらないとかいう文句もいえない状況にもどかしさが残った

グランドは半分が使用できなくて、泥まみれになってサッカーの練習をしているはずが走り込みばかりの練習。

当然、休む部員もどんどん増えて心が痛む。

しかし、自主練習だから仕方がない。


部員数の多いサッカー部がそんな事になっているのを、他の部が面白そうに見ている気もしたが、慎は自分の被害妄想だと思うことにした。



 体育館の改修工事が始まるのは夏休みからだが、休み中サッカー部の練習ができないのはきついので、代わりのグランド探しを始める事にした。

市営のグランドなら借りられそうだった。


 吹いてくる風がこれから来る真夏の暑さを予感させる。

たまに草生した匂いもまじっている。

中学二年生の夏は一度しかない。

 思い切り汗をかいて走れなくなるまで走って、身体中の力がどこかに飛んで行ってしまうまで熱中したかった。

 そして汗を流して生まれ変わるみたいな、生き返ったようなあの感覚を経験したかった。

大好きなサッカーで。


 グランドの申し込みを済ませて家に着いた時だった。

 携帯に着信音がなったのが、二時過ぎ。


 その時、携帯を手にしていたのは予感があったからなのかもしれない。

 サッカー部の連中とハンバーガーショップによってカラオケに行こうという誘いを断って家に帰ってきたのだ。


 サッカーの練習ができないのは自分のせいだと思っていたが誰もそれをとがめる部員はいない。

仲間っていいものだな、慎はつくづく思っていた。


そんな仲間たちとつるんで毎日一緒にいたけれど、その日は兄のことが気になっていたので手を合わせて断ったところだった。


 兄から連絡がいつ入るのかわからなかったから。



 今朝の事だ。

兄、和樹が今日一緒に行って欲しいところがあるんだけど、と口ごもりながら言うので詳しく聞かないまま「了解了解!」とオーケーサインを作って笑ったのだった。


 めちゃくちゃ嬉しそうな顔してたっけ。


 言いにくそうにしている時は、オレの助けが本当に必要な時の兄貴だからな。

 思い出して慎は口元がゆるんだ。


 詳しくは聞かなかったし、聞いてもきっとうまく説明できなくて時間かかるだけだとふんだからだ。


 小さい頃から、慎は兄の気持ちは大抵わかっているつもりだった。

そして、おおむね慎の考えた通りの行動を兄の和樹はするのだった。



 約束どおり着信は兄の和樹からだったし、なんのためらいもなく握りしめた携帯電話に話かけた。


「なに?今どこ?」

 だるい調子で出た。


 しかし思わぬ展開が起こったのだ。


 相手の声は高いソプラノで妙に色っぽくしゃべり始める。


 だれ?兄貴じゃない、女の人?きれいな声。


 面食らった慎は、何も言えなくなっている。


「あら、弟くん。お兄さんだけどねぇ。ちょっと意識飛んじゃってうちで寝ているの」


 相手の言っていることが理解できない、何と答えたらよいか、頭の中は真っ白で間違い電話なのかな、取りあえず誰にかけているのか聞かないといけないな、という言葉かぐるぐるまわって言葉が出てこない。


「迎えに来てちょうだいね。あ、わたし?わたしは宇佐美ひかり。覚えておいて。じゃ、その時にね」

 色っぽい声の主は宇佐美ひかりと名乗ると、こちらの答えも聞かないで住所を言うとさっさと携帯を切った。


 慎は和樹の携帯ナンバーを探し出し、呼び出し音がなる。


「だからぁ、早く来てってば」

 さっきの声が出てそれだけ言うと切れた。


 間違いじゃなかった。

なんだ?意識飛んじゃった、だって?

なにやってるんだよ兄貴は。



 河西 慎、中学二年生。

 兄は、河西 和樹、 大学二年生。


 なよっとしてしっかりしてないけど、自分の事頼りにしてばっかりだけど大切な兄だ。


 その兄の和樹が、一緒に行って欲しいと不安そうな顔で哀願されたら、しかたなく友達の誘いも断って帰ってくる。

それが、こんな不思議な呼び出しとは。



 なかばなんとなく、胸騒ぎが確信に変わった気がして慎は急いで家を飛び出した。


 その住所は一つとなりの駅、すぐ近くの住宅街だった。

 どんな状況か見当もつかないままに、自転車を飛ばす。


 風は気持ちよく、温まってゆく身体を撫でてゆく。

さわやかな感覚の中で、胸の中の不安定な何かがゆらゆらと落ち着きなく揺れていた。

 もうすぐ真夏がやってくる。

光を注いで生命の息吹をまざまざと目の前に映し出すのだ。


 程なく、住所近くに着く。

 この辺は小学校のころ良く友達と自転車でその先にある運動公園まで、走った。


 その頃そこここにあった林や竹やぶやうっそうとした空き地は理路整然とおなじ色のおなじ様な住宅になっていて、なんだか違う街のような気さえする。


 小さい頃目印にしていたパン屋も駄菓子屋もひとつも残っていない。

 どこにでもある、似たような住宅ばかりがそしらぬ顔をして建っている。


 一つだけ懐かしいものが風に揺れているのが見えた。

『めざせ!世界』


笑っちゃうよな、その場違いな言葉に思わず笑いがこみあげてくる。

小さい頃にも同じように感じた心の中の言葉があまりにも一緒だったので、急に幼い時代に戻った感覚がする。


 ボクシングジムの建物だった。


 小さい頃は薄汚れて汚かった建物は、妙にきれいに建て替わっていてスポーツジムになっている。

でも子供の時見た旗だけが色あせたけれど、昔のまま風に揺れて取り残されているようだ。


 中ではトレーニングでもしているのだろう、ラジオの音が小さく聞こえていた。



 ええっと、このへんだと思うけど。


 慎は、自転車を降りて周りを見回してみた。

 住宅が所狭しと埋め尽くし、隙間なく建物が並んでいる。


 ふと目を留めた表札、建物の横にジムとは別の入り口にかかっている。

『宇佐美』


 ここか?

じゃこのスポーツジムの家の人からの電話だったってことかな。

耳に残る甘い女性の声。

和樹はここにいるということだろうか。


 慎は呼び鈴を、おそるおそる鳴らした。

 ビィ~と思ったより大きな音があたりに鳴り響いて、肩をすくめる。


「あぁ~、こっちこっち!慎くん、あがってきてちょうだい!」

 先ほどの声の主と思われる声、宇佐美ひかりなのだろう。

ジムのほうから聞こえてきた。


 上を見るとジムの二階の窓から長い髪をサラサラと風になびかせながら、にっこり微笑んで手を振っている人がいる。

キラキラが窓からここまでこぼれ落ちそうだ。


 とても和樹と知り合いとは思えない、街中でも振り返られそうな女性。


(スポーツジムって運動音痴の兄貴がなんでこんなところに用があったのかな)

 小さい頃から和樹は慎と正反対で運動は大の苦手。

見た目は背も高くてきゃしゃだが、そこまで運動ができない感じはないのに、事がスポーツとなると走るのはビリだし、ボールはまともにけられた試しがない。

今ではスポーツの世界とは、縁を切っていますという感じでインテリを地で行ってるような兄だ。


 そう思ってジムの入り口に立つとドアがバンッと開いた。

危うく吹き飛ばされるところ、反射神経が良かったので大丈夫だったが。


 そこには窓から手を振っていたきれいなお姉さんではなくて、思いがけない顔があって慎は面食らった。


 見覚えのある顔、大きな黒い瞳、小首をかしげてこちらを下から見上げると、すっとした目じりが流し目になる。

そして慎の顔を見つけると、怒っているような困っているような表情になる。

むっとしたのか、ふくれっつら。


 慎は大きく目を見開いたまま、間の抜けた声をあげていた。

「おまえ、なんで、ここに」


 目の前に立っていたのは小学生かと思うほど小さな女の子、ではなくて女子。

慎のクラスメート、つまり中学生、慎と同じ中学二年生。


 そして、たしか目の前の流し目しかめっ面も、宇佐美という名前だったのを思い出した。

 ここが目の前の女子の家だと、ようやく飲み込む事ができた。



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