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父の決断

驚きの発言連発の父。

ゆったりした空気の中で、何が大切なのか

胸の奥を確認するひかり。

 父の決断


「ゆっくりもしてられないぞ。まだ仕事も残ってるし、宿題の提出もまだだからな。まあ、終わったも同然だけどね」


 意味不明な発言をする父に怪訝そうな顔のひかり。


「なに?宿題って?夏休みの宿題とかあるの?あ、こだまの宿題手伝ってあげるとか?」

 コーヒーを飲みながら、今日中にしなくちゃならない事なんかあったかなと考えてみる。


「宿題、母さんから出されてた宿題だ。ジムの経営なんかの事さ、ひかりがいろいろとがんばってくれてたんだって?でも大丈夫だ、大口の契約取ってきたからね」

 あ、そんな事あったっけ。忘れてた。


 すっかり問題が解決した気でいるひかりに父が言う。

「いくつかの会社の健康保険組合に当たってみたんだ。最近のメタボリックサラリーマン防止の方向でね。で、三社ゲット!だから、これからすこ~しメタボのおじさんがジムに来ると思うけど、愛想悪くするなよ!二人とも」


(なんだか、遠い過去の事のようだわ。懐かしささえこみあげちゃう。だって夕べから楽しかったし幸せだったんだものね)

 余裕でコーヒーに二口目をつけようとしたところで、ひかりの手が止まった。

 問題発言がこの後、ひかりの耳に届いたからだ。


「それから、我が家の大決定を発表するから、よ~く聞いておきなさい!」

 こほん、と咳払いをして大きな声で話し始めた。

「我が家は、ここに住みます!」


「は?」

「え?」

うなずいている母はるか。

先に聞かされていたのだろうか。

「どういう事?ここっておじいちゃんの家って事?」

「どうして?」

 さっきからこだまと、はもりっぱなしだ。


「まあ、ききなさい。おじいちゃんはこだまのおじいちゃんだ。いいか?だからオレのおじいちゃんでもある。ひかりのおじいちゃんでもある。だから一緒に住むことにする。ここに住めるようにさっき西側を改装することで話はついた。だから、ここに住む」


ひかりには何を言ってるのか意味がわからなかった。

隣でうなずいてるはるかは理解しているのだろうか。


「ちょっと待って。引っ越してくるって事?」

「あたし転校したくない」

 こだまが見つめる。


 顔を横に振って母が話始める。

「すぐにって事じゃないのよ。あなたたちが学校に通っている間は、週末とかに私たちだけこちらに来たっていいんだし、一緒に来るのもオーケーよ。でも、将来的に私たちはこの場所に住もうって決めたの。おじいちゃんは他に親戚もいないし身内っていないのよ。わたしは本当にとっても気になってる部分だったの。パパには言わなかったけど、感じてくれていたのね。パパはこの土地がとっても気に入っていると言ってね。ありがたかったわ、おじいちゃんはわたしにとってはとっても大切な人だから」


 どこか遠くを見つめるように、はるかがほほ笑む。


「お前たちは好きなように、好きなところに住めばいいさ。だいたい娘は嫁に行っちまうらしいからな、紀之のとこのお姉ちゃんは北海道に嫁に行っちまったしな。嫁にやるのを渋ってるようじゃ娘は幸せにはなれないって散々言われたからな。少しは覚悟もできたしね」


「転校するのは嫌だけど、パパと離れるのはもっといや!」

 こだまが下唇をかみしめた。


「いいんだ、こだまが転校しなくたって。ここにいつでも住めるようにしておくって事なんだから。パパはいつだって一緒にいるんだからな」

父は目をうるませている。

本当にこだまはパパって呼んで、本当のお父さんみたいに思っているんだとひかりは思った。

 いやいや、ここまでくればどう見たって親子だよ、あんたたちはね。


「今、嫁にやるのを渋らないって言ってなかったっけ?」

 ちょっと意地悪の虫。


「え、そんな事言ったか?言うわけないだろう。ずぅ~っと嫁に行かないでパパのそばにいていいんだからな」

なんなんだ、この人は。

ま、いいわ、とりあえずすぐに引っ越ししなくても良さそうだしね。

ここからじゃ大学遠くって大変だもの。

それに、河西くんの家とも遠くなっちゃうし。

  どうやらジムの勧誘もしなくて良くなったようだと思うとひかりは肩の荷が下りた気がした。


(めでたしめでたしって訳ね。そうね、ここに住むのもいいかもしれないわね)


「そうだ、ここにもスポーツジムを作ろうか?」

 父雅治のの思考回路、暴走中だ、ひかりは肩をすくめた。


「誰がくるの?若者がいないだろうが!若者が」

「いや、お年寄りだって最近は身体を作って健康維持に一生懸命なんだぞ。いいなぁ、考えてみるか、お、そういえば駅前に空いてるビルがあったなぁ、大きさも広さもちょうど良さそうじゃないか?」

 暴走をとめられるのはただ一人。


「それもいいけどね、他にもお仕事あるんですからね」

「何なに?その辺は完璧にマスターしていますよ、今までちょっと頼りすぎたからね。はるかも少し時間作って好きな事したいだろ?」


(おお、今までにない父上のお言葉に感動しきりです。なんだ、もっと早くお母さん家出しとけば良かったね)

 ひかりはおかしくなった。


朝のさわやかな風が開け放った窓から通り抜けてゆく。

緑の濃い匂いと土の香り。

  ここに来て良かったな。

父がここに住みたいと思うのも、わかる気がしてきた。

  父は小さいころから、親戚はみんな都心に住んでいて田舎というものがなかったとよく嘆いていた。

(私もおんなじなんだけどね)


ひかりはおもいだした。

ビルに囲まれて殺伐とした中、夏休みになると田舎に帰って真っ黒になった友だちの、虫取りや釣りの話などを聞くのが大好きだった。

小さい頃、田舎が欲しいと言って旅行に出かけた事もある。

でもそれは、旅行であって帰省ではないのだ。


 ひかりにもそして雅治にも、田舎はなかった。

 ひかりは考えた。

 たとえば、私の子どもができた時、ここに帰って来るのはきっと物凄く楽しい事になるのかもしれないな。


 遠くの方にうっすらと山の影が見えて、あの山はなんていう山なのか知っていないと子どもに説明できないなと頭に浮かんで、笑う。


(親父様の影響かしら。なんだか、納得してるのね私。まあ、それもいいかもしれない)


 遠くの方で、エンジンをかける音が聞こえてきた。


 そうだ、まだ仕事があるって言っていた。

 短い家族総出の帰省だったけれど、とっても大切なものを拾った気がする。

 どこにでも落ちているのだろうが、誰も忙しくて気がつかない本当は大切で美しいもの。

 きっとこれからも、バタバタするのだろう。

 でも拾った大切なものをちゃんと持っていれば怖くないな。

 大好きな人と大好きな場所で、笑っていられたらそれだけで何にも要らないのかもしれないから。


 ひかりは大きく伸びをした。

 さあ、世話のかかる親父様とパパ大好きな可愛い妹と大切な大好きなお母さんと、取りあえず帰ろうかな。


新しくできた田舎とおじいちゃんに手を振って、また来ることを約束してね。






次話、22日 23時 アップします

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