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景色に抱かれて

慎とこだまは、夕暮れの景色の中でその人の姿をみつけた。

大切な人は糸を手繰り寄せて、集まってゆく。

   景色に抱かれて


 慎とこだまは二人で、立ち止まっていた。

 その人は大きな木の下にある小さな東屋に座っていた。


そこからは眼下に田んぼや畑や小さな家々が全部見渡せる。

東屋から見える箱庭の中には、緑の深い山に囲まれた中央に川が蛇行し隅々までくっきり見えていた。

自然が作った景色の不思議さに完敗という感じだ。


慎がこだまのお母さんだとすぐにわかったのは、横顔が似ていたからだ。


 涼しい横顔、大きな瞳に映るやさしいまなざし。

 何を見て何を考えているのだろう、慎には想像もできないけれど、どこか物哀しい横顔。



 こだまが大きな声をかける。


「ママ、お母さん!」


 その人は、びっくりした表情で立ち上がった。


 こっちを見たと思うと、口元をぎゅっとむすんだ。そしてゆっくりと口を開いた。


「こだま、ごめんね」

 そう苦しそうにうつむく。


「ううん、あたしだってごめん」


 こだまは小さな身体をもっと小さくして、その人を見つめる。


 ああ、親子だな、慎はそう思った。


(あまりにも似ているよ。なんだか不器用なところ、嘘つけない性格。だからお互い気を使って言えない事があるのかな)



夕日の赤が少しずつ濃くなってゆく。


このままでは、ずっと二人とも固まったままのような気がした。


「あの、ひかりさんも心配してました。電話あったし」


 さっきまでの事を話そうとした時、後ろの方から高い声が聞こえた。



「なに~ここ。めちゃくちゃ景色いい!」


ふんわりカールした髪、スラリとしたパンツ姿。

宇佐美ひかりが立っている。


隣になぜだか、兄の和樹が申し訳なさそうに肩越しに顔をのぞかせている。



「お母さん!親子で内緒なんてなしだよ!なんで、なんにも言ってくれないの?お母さんが変だって事くらいわたしだってわかるっつうの!」


 なんて明るい慰め方、いや責めている?


「お母さんが悩んでいたら、すぐにわたしに言ってちょうだいよ!わたしってそんなにたよりないのかしら?こんなわたしでも少しは、気持ちを楽にさせてあげられるかもしれないじゃないの!もう子どもじゃないのよ、結構な大人になっているんだから」


笑っちゃうくらい真剣な眼差しだが、軽い言葉。

いいお姉さんだな。

そしていい娘なのだということがよくわかる。


慎は、すっと和樹のそばへ寄って行った。


「三人にしてあげる?」


そもそも、兄はどうしてここまで来ているのか不明だ。

恋人だから?


何度もうなずいて和樹は慎と、今歩いてきた道を戻っていった。




ほんの少し前、駅を降りて歩いてきたひかりと和樹の眺めるさきには、人影が見えた。


「あ、こだまちゃんだよ!慎ちゃんもいる」


和樹が指差したところには、こだまの母がいた。


長谷さんが言っていた、もうそろそろ整理がついただろうと。

ひかりはその言葉を思い出した。


お母さん、大丈夫?

私もう少しあなたの力になれる娘になりたいよ。


「おかあさん!私を一人にしないでよ!」

 ひかりの気持ちと裏腹に反対の言葉が滑り出る。


 ちがうよ、お母さんを支えることができるようになりたいの。


「一人で悩まないで!私にも一緒に考えさせて!お母さんは一人しかいないんだから!」


 ひかりのほほに涙が流れて止まらない。


 良かった、お母さんの顔色は悪くない。


 ひかりの脳裏に浮かんだのは、痩せて弱弱しくほほ笑む病院のベッドの中の亡くなったママだ。


(だめ!絶対に神様、お母さんを私から奪わないで!本当に必要なんです、この人が)


(なんでもします、どんな事だって我慢します。だから、だからお母さんを助けて)

 闇雲に心の中で祈っていた。



「お姉ちゃん、お母さん、身体は大丈夫だって。いろんな事考えちゃったって。嘘つけないから顔に出ちゃうから、みんなの前からちょっと姿隠してただけだって。考えたいことが一杯あったんだって。あたしとかが、たくさん迷惑かけちゃったからかな」


「違うよこだま!私お母さんの事何にも知らなかった。お母さんが何を悩んでいてどんな事考えているのかなんて知ろうと思わなかったの、ごめんね、お母さん」


「お姉ちゃん!」


 母は優しい顔で笑った、そして泣いた。


「ごめんね、そんなにいろんな事考えさせちゃったのね。こんな可愛い娘二人置いたまま家出なんて冗談じゃないわね」


「家出って、母さん家出していたの?」


 ひかりのとぼけた質問に二人とも笑い出した。


「あら、こういうの家出っていうのかと思っていたけど、違ったのかしらね?」


「それじゃあ、お姉ちゃんの中では家出ってどんなのなの?」


「家出、っていうのはつまり、ええっと、家がいやになっちゃって出て行っちゃうとか?辛くて逃げ出したりとか?あれ、家を出る事をいうとしたら、こういうのも、家出、なのかなぁ」


 はるかは笑って、ひかりとこだまをぎゅっと抱きよせた。


「そうね、いやになんかなってないし、辛くて逃げたりとかしてないわね。むしろ大好きだし、帰りたくて帰りたくてその気持ち抑えるのが大変だったわ」


良かった。

ひかりも想いを込めて抱きしめた。


「もう、たくさんの事考えたわ。久しぶりにね、ここに来てわかったことがいろいろあるの。人って一人じゃ生きられないんだって事とか、生きてるって素晴らしい事なんだなとか、綺麗な景色を見る事だって貴重なことだし大切な時間なんだって。そして、わたしには大事な大切な家族がいてみんなの幸せが私の幸せなんだって事とかね。そして、大事な娘たちにはちゃ~んと支えてくれる人がいたんだなって事までわかっちゃったから、家出をした意味も少しはあったかなと今、思っているところね」


 はるかの声は涙が流れたせいで、震えている。


 振り返ってみるともうすぐ夕日が沈んでいく。


 河西兄弟はどこにもいなくて、夕日に照らされた山あいにぽっかりと三人が取り残されて宙に浮かんでいるようだ。


(シャボン玉みたいに浮かんでいるみたい。こんなに一日が終わるのがゆっくり感じたのって、不思議)


 ひかりの心の中にはいつの間にか仄明るい温かい炎が揺れているような気がする。


「家に帰るでしょ?」

 ひかりが念を押すように顔を見て聞いてみる。


「当たり前でしょ!」

 こだまが答えた。


「そうよ、当たり前の事聞かないの!でも、今日はおじいちゃんのお家に泊めてもらいましょうか?旅行行った気分になれるわよ」


(三人で夕日の中溶けてしまいそうだ。でもみんなが一緒だから大丈夫だ。もうどこにもいかないって思えるものね)

 ひかりはほほ笑んだ。


 こだまがいつになく自慢するように言う。

「おじいちゃんの家のお風呂広いんだよ」


 こだまもきっと安心したに違いない。


「えぇ~、じゃ三人で入っちゃう?ねぇ、入れるかな?」

ひかりは小さい子どもに戻ったみたいな気持ちになってくる。

うんとたくさん甘えたい。

亡くなったママに甘えられなかった分まで甘えたい。


「入れるわよ~三人で入って背中流しっこしましょうか?パパが焼きもち焼くくらいたくさん楽しんじゃおうか?」


 はるかが意地悪そうにほほ笑んで、ぺろっと舌をだした。


(この幸せが続きますように)

 ひかりは目を閉じた。


 そしてその時は、翌日の朝にとんでもない事が起こるとは想像もしてなかった。






次話、18日23時、アップします。

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