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トンネルをぬけて 2 河西慎

トンネルの向こうは?

こだまが心を開いて、話始める。

慎はこだまに、寄り添って・・・

トンネルをぬけて 2 河西慎



駅から五分も歩かない場所に、その家はあった。

下り坂に沿って汗を拭きながらこだまの手を取って歩く。

大きな木々が無くなって、眼下に広い畑や草原がみえる。

駅は高台にあるのだろう。

ふと慎は握っている手の温もりを感じて思う。


小さくてか弱い。

この手のどこにあんな強烈なパンチを繰り出す力があるのだろう。


その広く大きな庭には麦わら帽子をかぶった老人がいた。

炎天下、庭に植えてあるトウモロコシをもいでいた。


こちらを振り向いて笑った顔は日に焼けて、どこかこだまにも似て見える。


「やぁ、来るかと思っていたよ。今お母さんはお墓参りだ。ずっとこの家には顔を出してなかったが年に何回か来てくれていたみたいだからねぇ。冷たい麦茶を入れよう。友だちも一緒とはうれしいねぇ」


人懐っこい笑顔が緊張を和らげてくれる。

こだまの表情に、懐かしさが溢れだす。


「この庭、記憶にある。よく遊んでもらったの、おじいちゃんとおばあちゃんと」

 瞳に遠い記憶を思い起こす光が映っていた。


 父が亡くなって再婚するまでは、何度も来たことがあったと言う。


「おばあちゃんがいなくなって、一人ぼっちでこんな広い家に住むのって寂しいよね」


 懐かしさからか子どもの頃にもどったのか、いつもより言葉がたくさんこぼれ落ちる。


 慎は自分の家より広い平屋を見つめて思う。ここに一人で住んでいるのは、やはりさびしいんじゃないだろうか、想像もできなかった。


 冷たい麦茶は、汗をかいて坂道を歩いてきたご褒美みたいにキンと冷えてのどを潤してくれる。


「はるかさんは、自分の夫が亡くなった時支えてくれた人にお礼を言ってなかったといってやってきたよ。でも、本当は自分がいなくなった時、自分の家族を支えてくれる人がいるのかを知りたかったのだと思うよ」


 ゆでたてのそら豆を竹のザルにのせて縁側に置いて人なつっこい笑顔で二人を見つめた。


縁側に腰掛けた慎は、熱いそら豆を口の中に放り込んだ。

こだまは隣に座って、「あつっ」と言いながら皮をむいた。


「皮むくんだ?」

 慎は面倒臭いからそのまま口の中に放り込む。


「皮むくよぉ、むかないの?あつう」

笑った。

こだまが笑った。


 そら豆は甘くて青いとれたての香りがして、とびきりおいしく感じられた。


こんなのどかな田舎の風景の中、小さなひまわりが咲いたみたいに笑ったこだま。

もしかしたらここは、別の世界なのかもしれない。


 ここは小さなことなど気にしなくてもいい、特別な場所なのかもしれない。


麦茶のおかわりをもらってそら豆を食べると、煩わしいすべての事がどうでもよく思えてくる。


麦茶は冷たくて、そら豆は熱くておいしい。

そうだ、それだけでいい。


なんて今、幸せなのだろう。

ときたま、山から涼しい風が下りてくる。

様々な匂いを乗せて。


「なんだか、ほっとする。お母さんはあたしに気を使ったのかな。苦しかったのかな。あたしわかってあげられなかった」


 こだまのふせたまつげが、愛おしい。

「でもきっと、ここに来ればエネルギーがもらえると思ったんだよ。そうやって、お母さんはいろんな事乗り越えてきたのかもしれないよね」


 こだまが慎の言葉にうなずいて

「ここは特別な場所みたいだしね」

遠くの方を見てもう一度、慎の顔を見上げる。

やわらかくなった瞳に嬉しさがあふれている。


「あたしお父さんの顔覚えてなくて、今のパパができたから写真もあまり見たことなくて。あたしパパができた時、すごくすごく嬉しかったのを覚えてるの。大好きで大好きで。だけどあたしはパパと血が繋がってない、それが悲しくて怖くて。いつか、何かが起きたとき、パパはあたしのパパじゃなくなっちゃうんじゃないかって」


 ふと、その気持ちはこだまのお母さんも一緒だったのじゃないかなと思う。


 麦茶が三杯目だ。


こだまは自分の気持ちが、言葉にできるのが嬉しいように思えた。


胸につかえている何かがとれるといいな、そう慎は思った。


「家族ってもんはな、一緒に暮らしてなるものだ。血の繋がりなんかじゃないさ。こだまをここに連れて来なくなったのは、はるかさんが家族を大切に思っていたからだよ。こだまが大きくなったらきっと連れてくるから、それまで長生きしてねって言っとったわ」

 おじいさんの言葉は胸に響いてくる。


三杯目もキンと冷えている。

身体の中が透き通るような冷たさ。

そら豆の入っていたザルはもう空になっている。


「そろそろ、天国とも話はついただろうさ、すぐそこだから墓参りに行っておいで!こだまちゃん覚えているかな」

 おじいさんは、庭に咲いていた花をいくつか切り取って渡してくれた。


「うん、覚えてる。町が見下ろせるところだよね」


 おじいさんは、自分がかぶっていた麦わら帽子をこだまに、家の中からもう一つ持ってきて慎にかぶせてくれた。


日差しは強くまだ暮れるには少し時間がある。


少しだけ焦りが生まれてくる。


ここは遠い場所だという気持ち、こだまを帰さなくちゃいけないという責任感。

ひかりにした約束。






次話、16日23時、アップします

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