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トンネルをぬけて 河西慎

想いを乗せて糸が集まってゆく。

河西慎はこだまを見つけた。

こだまが行こうとしているのは?

沢山の気持ちがその場所に集まってゆくように。

こだまを想う人たちの糸が集まってゆく。

       トンネルをぬけて 河西慎


 こだまから電話があるなんて、そう思うと少しびびって慎は電話に出た。

「どうしよう」


 携帯の向こう側、電車の走る音や雑踏の騒がしさ、こだまが何かを伝えようとしていることが、はっきり感じられた。


「どこにいるの?すぐに行くよ」

 心配は頂点に達して慎は家から飛び出して、自転車にまたがってペダルに足をかけた。


(どこだ?どこにいるんだ)

 こだまがいたのはいつも利用する駅から三つめの駅で、乗り換えの人がたくさん行き来する場所だった。


 小さくて雑踏に紛れてしまいそうな彼女だけど、慎の目にこだまのすがたはまっすぐに飛び込んで来た。

彼女だけに色がついて見えている。


駅中カフェの前でいつもと違った、珍しくふんわりした水色のスカートに白いブラウスの彼女は、別人みたいだなとちょっと戸惑う。


鮮やかな水色に目が行く。

その水色のスカートの少女に向かって真っ直ぐに駆け出した。


「どうしよう」

こだまは慎を見つけると、電話と同じセリフをつぶやいた。

いつも束ねている髪を下ろしていて、顔を上げると黒髪がゆれる。


「どした?」

駅のホームのカフェは人でごった返していて、話ができる状態ではない。

慎は階段を上がった乗り換えに使わなくなった小さな改札口横に彼女を連れて行った。


少し広い空間で彼女の顔を見つめる。


「これから、お母さんを迎えに行きたいの」

 伏し目がちでそう小さな声。


「わかった、オレも付き合う!どこに行くの?」


ホームに電車が着いて、人ごみが流れてゆく。

なんのためらいもなく改札口を通過する人たちはまるで感情のない機械のように見える。


人の流れに乗って生きてゆくことは、難しそうに思えた、今の自分たちには。



行先はそう遠くなかった。

ただあまり使われない路線で小学校の頃に遠足で乗った事が一度か二度あったか。


本数の少ない電車は、駅から急カーブを描いて山に向かう。

乗客もまばらになって、慎はこだまと入り口ドアの横に座った。

ポツリポツリと話すこだまの声に耳を傾ける。


 窓の外には霞んだ山々が涼しい顔をして見えている。

 こだまは、母の姉に会いに行ったと話した。


こだまの伯母さんだ。

その伯母さん夫婦には子どもがいなくて小さい頃こだまの本当の父がなくなってからよく預けられたという。

こだまの幼い頃の話は断片的な記憶しかない様子だ。


 久々の姪っ子の訪問に

「おおきくなったねぇ~。最近顔見てないと思ったら、どんどん大人になっていくわね」

 そんな言葉が嬉しかったのだろう、話すこだまの瞳は輝いていた。


 そして今、母が家を出ていることを話すと、ため息まじりに

「やっぱり話してないのね。一人で考えていてもいけないってしかったのだけど」

 そう言って話してくれた内容は、こだまがまったく知らない事で、予想すらしない事だった。


こだまの母は健診で病気が発覚した。

幸い今なら命に別状はないらしい。

手術の日程も決まった。

ただ、もし何かあったら、今の周りの環境すべてを残していくことになる。


仮にもそうなった時、すべての愛する人たちがちゃんと生きて行ってくれるのか。


こだまが一人残されるという心配も計り知れないようだったそう。

今の父も姉も本当の家族だと思えるのか。

不安は日増しに膨らんでいって、抱えきれなくなる。


 伯母さんの家に相談に来たが、曇った表情は消えなかったという。

 伯母さんがおそらくと言って、教えてくれた母の居場所。


それは、こだまの本当の父の実家だった。

亡くなってから一度も足を運んでいないこだまのおじいちゃんの家。


 

 電車は山あいをぬけてトンネルをくぐってゆく。

 緑の濃い車窓は、鮮やかで目に優しくなってゆく。

 夏の午後は、終わりを告げる時間を心配させて、慎をはらはらさせた。


 

 どこか懐かしいその駅は、こぼれるような緑に囲まれて、暑い夏の日差しを遮り、どこからか水分を含んだ冷たい風が吹き、ほほを撫でていく。

のどかな風景だった。


 六つ目の駅は降りる客もなく改札を出る二人を待っていたように、こだまの携帯音が響いた。


 携帯を握りしめて、こだまが慎に救いを求めるように見あげる。

「何度もかかってきたの。おねえちゃんから」


ひかりさんか、きっと何か感じるものがあったのかもしれない。

自分でさえこんなに胸騒ぎがしたのだから。


慎はこだまに、今ここにいる事を言うかどうか尋ねた。

困った顔のままこだまは顔を横に振った。


頷いて慎が電話に出ると、向こう側で待っていた様子で声が聞こえてきた。


「こだま?良かった。生きてたのね、あ、うそよ、うそ。心配したのよ!」


「あ、オレ河西慎です。ちょっと出かけていますが、今日中には連れて帰りますから心配しないで下さい。いろいろ悩んでいるみたいだから」


「え、ちょっとどこにいるの?教えてよ!こだまの事心配しているのよ!」

こだまの顔を見る。

いやいやをするように目を伏せ足元を見つめる。

 

 すぐそばで羽ばたきと鳥のなく声が聞こえてきた。

見上げる二人に白い翼を夏の光に照らされながらこずえから、林の中へ消える鳥が映った。


「ごめんなさい、責任持って連れて帰ります」

そういうと、電話を切った。

行動派のひかりの事だ、何度も電話がかかってくるかもしれない、そう思ったが不思議とそのまま携帯のベルは鳴らなかった。


 慎は大きく息を吸い込んだ。

(ここまで、来ちゃったし。最後までこいつに寄り添う覚悟、するかな)


大きな木が続いている。

樫の木、楢の木、小鳥がさえずり集まりだしている。

道は広いけれど、車は一台も通らなかった。


 足取りはゆっくりで、本当にここに母がいるのか、こだまはきっと不安なのだろうと慎は思う。


 小さな背は、見下ろす慎から影になって表情は読み取れない。


キキキキ、羽ばたく音がして大きな鳥が横切ってゆく。

さっきの鳥とは違う種類だ。


「なんていう鳥かな?」

 見上げるこだまの顔は、駅であった時よりも安心した顔に見えた。


鳥の名前なんて、一つもわからない自分がちょっと情けなかった。

こんな時に、そんな他愛もない話題で話を続けられたらなんとなく、今の心細さも違ったのかな、と慎は思う。


「うん、鳥の名前ちっとも知らないんだよな」

そのまま、二人は何にも言わずに日蔭から日向の中に歩き出した。

慎はこだまの小さな手をそっと握った。






次話、15日23時、アップします。

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