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出会い 河西慎

暗闇でアッパーカットを食らい宙を飛ぶサッカー部のキャプテンを目撃してしまう河西慎。

流し目しかめっ面、殴った女の子はクラスメートだった?

慎を見つめる表情が心に残る。

なんだった?誰だった?

あの子はなんで強烈なアッパーを?

    出会い 河西 慎


       1


 薄墨色の始まりかけた寂しい夕刻の中、河西 慎は昇降口の方に顔を上げる。

すると大きな影と小さな影がぼんやりと目に映った。


 殴られる人が宙を舞うのを見たのは、その時がたぶん初めてだっただろう。


 殴られたとわかったのはずっと後の事で、その時は大きな影だけがゆっくりとふわりと浮いていた。

 舞うというか空中で何度か止まって、何の危機感もなく降りてきたという感じだ。


 かたわらの小さな影がこちらを向いて昇降口からの光に顔を照らされると、すっと慎に向けて流し目。

そして怒ったような泣きそうなしかめっつらになる。


(あれ、だれだった?)




 河西 慎は校舎の廊下をジュンヤを探しながら歩いていた。


 心細く闇を増した中学の校舎は昼間のがやがやから解き放たれて、ゆっくり眠りに入る準備をしている。

ジュンヤはサッカー部のキャプテン、長谷ジュンヤである。


 サッカー部の部長だっていうのにあいつはどこに消えちゃったのかな。

 しばらく校内のグランドが使えないと連絡するよう顧問の先生から言われたのだ。

だけど部長はどこを探しても見つからなかった。

 火の消えかけたランタンみたいに心細い校舎、あせりが背中を押した。


 体育館の壁が剥がれ落ちたのは、自分の責任だった。


 もともと、老朽化していた体育館だがこんな一大事になったのは、慎のたった一言が原因だったから。


 そろそろ、練習もあがろうという頃。


 一年生がシュート練習したいなという声が慎の耳に入ってきた。

 そうだったな、サッカー部に入ったころ先輩の練習を見ていてオレもそう思っていたよな。


 そう思った途端、可愛い後輩たちに向かって声を張り上げていた。

少し楽しませてやるかな。


『十本中全部ゴールしたやつに、ラーメンな!』


 そして壁にゴール枠を書き始めると、一年生部員の顔色が変わって目が輝いてきた。

とたん、やっきになってシュートを始めたから老朽化した体育館の壁はひとたまりもなかった。

 慎がやばいと思った時は、もうすでに遅かった。


 一箇所が崩れだしたらもう止まらなくなり、ボロボロ落ちる壁の表面。

 老朽化したといっても古いというだけでどこも壊れちゃいなかったし、色のはげた壁は見慣れた仲間みたいなものだった。

慎にとっても壁が目の前で剥がれてゆくのは、かなりのショックだった。

旧友が肩を落としてがっくりしているかのようで、痛々しい感覚だ。


 それから今まで校長室で果てしもない小言を、反省している顔でずっと聞いていた。

 さらに、

『大好きなサッカーの練習もこの改修工事が終わるまでできませんからね』

 そう、もうおばさんと言ってもいい副校長が目じりのしわを深くしてヒステリックに叫ぶ。


慌てて部長に報告をと思って探し回った慎だったが、とっぷり日の暮れた校内にはもう姿かたちもなかった。


 よく考えて慎は思った。

 そうだよな、一時間近く小言を聞いてたんだから誰もいなくなるよな。


 そんなことをブツブツ言いながら、幾分暗く沈みこんだまま帰ることにした。

明日部員になんと説明しようか考えながら。



 そんな感じでぼっとして下駄箱で靴を履いた時、中庭に部長の姿を発見した。


 昇降口からの光から外れて、背の高い影はもう一つの小さな影と向かい合っていた。

 長身、細身、それでいて足腰はしっかりしている、その人影はたしかに長谷ジュンヤだった。

 早いうちに謝っておいたほうがいい、そう思って声をかけようと顔をあげた、その瞬間の事だった。


「ジュンヤ」

 慎の声と同時に長谷ジュンヤの身体は、空中にふわりと浮いた。


 それはスローモーションで、何枚も写真を撮っているよう。

ジュンヤの足が地面から離れて宙に浮きゆっくりと降りてくる。

その長い間、口を開けたまま眺めていた。


きっと間抜けな顔していたんだろうな。

後で思い出してみると、情けなかった。


ジュンヤの落ちてくる影はゆっくりと地面に投げ出されて尻餅をついていた。

それと同時に小さな影が動いてこちらを見上げた。


こちらからの明かりに照らされた見覚えのあるやつ。

そうだ、クラスメートの女子。

それにしても、影は小さい。

のんきにそんな事を考えながら彼女をじっと見つめる。


彼女の大きな瞳がこちらを捉えてちょっと戸惑った流し目。

けれどすぐに口元に力が入るとへの字に曲がり尻餅をついているジュンヤをあごで指した。


複雑な表情、眉間にしわが寄り瞳は宙で揺れる。

ふくれっ面になり、そうな顔を隠すようにもう一度こちらを見上げる。


なにをのんきに見ているの?友達が倒れているよ。

そんな風に大きな黒い瞳は言っているみたいだった。

流し目しかめっつら。


ジュンヤは何が起きたかわからないという顔で頭を振っている。

大丈夫みたいだ。

どうしてそこに自分が座り込んでいるのか理解できていない様子。


「どうした?大丈夫?」

慎が声をかけたと同時に、彼女はきびすを返して走りだした。

 小さい身体が俊敏に動いてスタートダッシュ、陸上の選手かと思うくらいの速さ。

野生のウサギみたい。


 あっという間に元から小さかった影は見る間に遠くの方にきえていく。


「わりぃ、変なとこ見せちゃったな」

 こちらの声に気がついて、ジュンヤが尻をはたきながら立ち上がって近づいてくる。


 ジュンヤはしっかりしたやつで、面倒見も良く後輩からも慕われている。

付き合いのいいキャプテン、みんなそんな風に頼りにしている。


「河西だけしぼられちゃって、オレも校長室に行ってみたけどエキサイトしてるんで、ゴメン。ひるんじゃった。お前だけのせいじゃないのに」

 頭をぺこりと下げた。


昇降口の光が彼の顔を照らしていた。

 あごのところが赤くなっている。


(さっきの、えぇっと名前なんて言ったかな?)

「大丈夫か?」

 もう一度言ってかばんを肩にかける。

こういう時は何も聞かない方がいいに決まっている。


 慎は今見た事を聞きたくて仕方ない気持ちを、懸命にこらえていた。


「はは、変なとこみられちゃったな。告ったらアッパーくらった」

 ジュンヤの方から説明を始めた。


(は?アッパーって女子が?)

 身長はたぶんクラスで一番小さい。

いつもあまり話しているのを見かけない。

だから、あまり目立たない。


 告白した相手がそんなに気に入らなかったのかな。

でもパンチ食らわせるのってどうなの?


 ちょっと信じがたい状況。

ジュンヤは女子には、かなり人気だけど。


 びっくりして何も言えないままに、慎は顔に出そうな気持ちを隠すのに必死になって頭をかいた。

「ああ、あいつちょっとした事で手が出ちゃうんだよね。オレは幼馴染っていうか、小さい頃から親同士が友達っていうか。悪気はないんだ、こだまには。むしろ、オレが無用心だったっていうか」

 あごをなでながら優しい顔で笑った。


 女子だったら参っちゃう様な涼しい笑顔が照れている。


(告ったって言ってなかったっけ?告白したって、好きだって言ったって事だよね。でも相手は返事の変わりに顔面を殴っちまったって事、それは断ったという事なのかな)


 だとしたら、ものすごいダメージある失恋ではないのか?

 優しい顔して笑っているけど心の中は嵐が吹きまくっているかも。


 慎はモヤモヤと胃のあたりが掴まれているような感じで何も言えなくなった。

 夕暮れはみる間にあたりを暗闇に変えてゆき、失恋した表情も隠しどんな気持ちでいるのかもおしはかれない。

そしてそんな友だちの辛い痛みのある顔を見なくてすんだことに、慎は感謝していた。

胸に何かが引っかかっていて苦しかった。



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