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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第二章 この世界で
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IX 精霊

 ホテルのロビーの様な場所、傭兵の貸し出しの受付に来た。

 来たのは良いが、やることが無いな。ルティエラを連れないで奥を覗くのも憚れる。二十年前なんて覚えている人は一握りだろう。下手したら、摘まみ出されてしまうかもしれない。それは恥ずかしい。


「精霊班が帰ってくるってよ」

「どうにかウチと専属契約を結んでくれないだろうか」

「神秘的な魅力が堪んないっすよねー」


 精霊班?ヤナギ達のことだろうか。精霊と聞いて連想するのはそいつらだけだ。

 そもそも精霊というのは何処にでも居るが、普通の人間は目視出来ないし、居ることすら分からない。精霊を使役することが出来るという精霊魔法もエルフのごく一部だけに伝わっている。ちなみに、ルティエラはこれは使えない。

 分かっていないことの方が多い精霊だが、変わり者というのは人間にも精霊にも一定数居る。姿が見え、触れ、自我を持つ変異種の精霊が存在し、ヤナギ達もこの変異種だ。


「南門を通ったってよ!見に行こうぜ!」

「まじか!行くしかねぇな!」


 ここで待っていれば来るだろうか。俺が居ることは知らないだろうしな。挨拶くらいはしたいからな。


 ******


「ばっちり見えたな!」

「は?居たか?居なかったぞ」

「荷物持ってなかったな」

「また裏口か?」


 んあ?…半分意識が飛んでた。徹夜なんてするもんじゃないな。咄嗟の判断とか誤りそうだし、これっきりだな。

 裏口か…。後でルティエラに聞けば良いか。二度寝しに戻ろ。


 ******


 私室の前に来た。とても眠い。講師も上手く出来ないから、もう働かなくていいか。いいじゃないかニート。金もあるしな。

 眠い頭で、どうでもいい考えを押さえつけながらドアノブを引く。


「若様、お帰りなさいませ」

「イブキッ!また会えるなんて!」

 ──キュキュッ!

 部屋の中には三人と二匹が居た。

 一人は緑色の髪をした老人で、片膝を付き、こちらを見上げている。

 もう一人は橙に近い黄色の髪の女性で、腕を広げて今にもこちらに抱き付きそうになっている。

 そして二匹は、包帯を巻いた黒い子犬と透き通る様な青い蛇だ。子犬の方は眠っており、蛇の方は鎌首をもたげてゆらゆらと揺れている。


「ヤナギ、カエデ。久し振りだな。」

 ──キュッ!

「おお、タイショーもな」

「すいません、オーナー。ここで待たせて頂きました」

「ああ、そうか。別に構わないぞ、私物も無いしな」


 老人がヤナギ、黄色髪の女性がカエデだ。名前は見た感じのイメージで、現実の樹木の名称を流用した。俺が考えるより、よっぽど良い名前だろう。そして、青い蛇がタイショーだ。頭の形が現実の蛇の名称であるアオダイショウを連想させた為、この名前を付けた。まあ、アオダイショウより青いし、たまに透けたりするのだが。


 ──ガバッ

「~~~!」

 カエデが抱き付いて来た。回された腕はガッチリと結ばれ、豊満な胸の感触が背中に──感じない。スーツのせいで柔らかさがちっとも分からない。温もりは感じるのだが。


「若様がこの世界に戻って来ていることが分かれば、この爺自ら出向いたのですが…。申し訳ありません。」

「ヤナギが謝る必要は微塵も無いし、もう少し言葉使い崩してもいいんじゃないか?二十年前だろ?」

「受けた恩は忘れません。主従ならば言葉は選びますゆえ」


 ──キュキュキュッ!

 タイショーまでも巻き付いてきた。なんか長くなった気がするな。

「それで、その子犬は?怪我しているようだが」

影狼(シャドウウルフ)の幼体です。南端の森で拾いました」

「餌付けしたらなついたんだ!可愛いよね!」


 影狼(シャドウウルフ)。南端の森に生息する魔獣だ。影を操り集団で狩りをする魔狼で、非常に警戒心が強く敵わないと察した者には姿を表さない。

 その魔獣が、姿を。しかも子狼がということは群れに何かあったのだろうか。


「それとルティエラ殿にはお伝えしましたが、改めて若様に伝えたいことが。…台地の霧海が消えていました」

 その言葉を聞いて、眠気が一気に吹き飛んだ。


 この世界は巨大な台地の上にある。そしてその下には降りられない。これはゲーム内でも常識だったし、NPCも知っていることだ。台地と大地の境目には濃霧が常に存在しており、その中に入ると台地の上に戻されてしまう。空を飛ぶ魔獣や高位の魔獣はものともしないが、少なくとも人間には突破出来なかった。

 ゲームの頃、霧はデータの容量の問題だと思っていたし、疑問にも思っていなかった。だが、霧が無くなるということは外界からの接触を受ける、と言うことだ。今まで入って来なかった外来種の魔獣が侵入してくるかもしれないし、侵略を考える人間が現れるかもしれない。


 そして何より、外界のことを何も知らない。

 知らないというのは恐ろしいことで、所見殺しの魔獣や魔法があるかもしれない。この世界がゲームであったのなら、死んで攻略法を見つけ出すことが出来るかもしれなかったが、この世界は現実で死んだら終わりだ。


「ルティ。方針は決まっているかい?」

「ええ、放置出来ない問題ですね。当然、調査に向かうべきです。外に国が存在していることは確定していますし」


 ゲーム時代に調べた書物の中に外界からやって来た人の話が稀に出てくる。ダンジョンの凶悪なトラップを踏んで、この台地に転移して来たそうだ。その人は霧に阻まれて、最期まで国へは帰れなかったそうだ。少なくとも人は外に存在しているだろう。


「このことは、まだ市民には知らされていないだけでしょう。霧が消えるなんて異変を今まで誰も知らなかった訳では無いでしょうし。影狼(シャドウウルフ)の件といい、不気味ですね」

「調査には誰を送り込むんだ?」

「そうですね…。見たことのない魔獣に対抗出来る人間が良いですね。あとは交易でしょうか。商人として外の品物は期待せざるを得ないですね」

「…俺が行こうか?」

「オーナーがですかっ!?危ないですよ!…そういえば、加護はどうなったんですか?」


 加護というのは復活(リスポーン)のことだ。客人として呼び寄せた訪問者には神が加護を与えた。という設定だ。一度死んだだけでキャラクターがロストしてしまうのはゲームとして成立しない。…そういうゲームもあるかもしれないが。

 この加護の確認をする為には死ななきゃいけない。もし加護が無ければそのまま死ぬだけなのだ。それにゲームだから復活(リスポーン)なんてとんでも現象を受け入れられた。現実に復活(リスポーン)なんてある訳が無い、と思う。殺した相手が無傷で復活とか反則だろうしな。


「…たぶん、加護は無い、と思う。確認出来ないからな」

「ならっ!」

「だけどな、俺は絶対に死なない。薬も潤沢にある。今の俺なら、黒神龍のブレスでも耐える自信があるぞ。それにポーチがある。調査には持ってこいじゃないか?」

 この言葉は過信でも何でも無い事実だ。スーツには既に、あらゆる魔物の"特性"を重ね塗りしている。お陰でポーチがスカスカになってしまったが、その分ポーチに外界の素材を詰められる。

「ですけど、僕は…」

「それに未知の領域。正真正銘の冒険だぞ?楽しみでしょうがない」

「なら、この爺も連れていってくだされ。若の剣となり、盾になりましょう」

「私も行くよっ!もう離れたくないしね!」

 ──キュキュウ!


「…分かりました。でも、約束してください。絶対に戻ってくるって」

「…ああ、約束する。絶対に生きて戻ってくる」

「約束ですよ。…それなら傭兵からも募集しましょう。全方位くまなく調べなくてはいけないでしょうし。」


 想定外の自体に不安はある。しかし、それよりも冒険の方に興味がある。ワクワクしてしょうがない。ああ、楽しみだ。

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