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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第二章 この世界で
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VII 性根

「イブキ様、本日はありがとうございました」

 金色の馬車は王都の闇に消えていった。完全な闇では無いのだが、やはり日本の都会の夜と比べてかなり暗い。向こうでは電力。こっちは魔力か。

 魔力というエネルギーはロマンがあるが、何もない所から無限に湧いてくる訳では無い。ある程度自由度は高いが消費は激しい。

 人や動物が保有する魔力も空気中や食物に含まれる魔素と呼ばれる魔力一歩手前の物質を取り込んで魔力に組み直し、蓄える。普通は他人の魔力を取り込むといったことは出来ない。

 魔力も魔素も定義は曖昧で粒の大きさだったり、濃度の濃さで分けたりする。

 MP回復と言っても、魔力を組み立てる器官を強化するか、ほぼ魔力な魔素を含ませる、等の様々な手段がある。


 古い方の商店の扉を引く。鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた。

 中は薄暗く、昼見た光景とはまた違った顔を見せている。

「ただいま~って聞こえないか」

「お帰りなさい、オーナー」

「うおっ、びっくりしたぁ。…ルティ、何時から居た?」

「職員から馬車が商店の前に停まった、と報告がありましたから。オーナーだなぁっと思いまして。待ってました」

「待ってたって…、まあいいか、レンに会ってきたぞ」

「やっぱり、レンさんでしたか。オーナーが帰って来たので、他の訪問者の方も帰って来る可能性もありますもんね」

「そろそろ私室に戻ろうかね」

「オーナー、童話。忘れてないですよね?!」

「ああ、忘れてない。聞かせてやるから」

 私室の扉を開け、魔道具のスイッチを入れた。


 ******


「え!それじゃあタマテバコは罠じゃないですか!」

「でも乙姫は開けるな、と忠告していたんだぞ」

「思わせ振りなこと言って、開けるに決まっているじゃないですか!ソイツは魔女ですよ!それも寿命をすいとる悪質な奴です!」

「魔女かぁ、魔女では無いんじゃないか?」

 寿命をすいとる魔術や魔物は確認されていない。もしかしたら存在するかもしれないが、もし存在するならガチガチに封印されているだろう。


「オーナー!また今度、別のお話聞かせて下さいね!」

「分かった、分かった。次の機会にな」

 ルティエラは扉から出て、ペコリと頭を下げて扉を閉めた。


 ******


 準備をする為に地下室の扉を持ち上げる。

 この世界で生きる為の、絶対に死ぬことがないようにする為の、準備だ。

 当然だが、俺は死にたくない。自分の命の存続が保証されていなければ、躊躇せずに他人を見殺しにするだろう。これは掛け値なしに俺の性質、気質、性根だ。

 何処まで行っても自分が一番で他が二番だ。だが、身内が傷付き、目の前で死ぬのは精神を病んでしまうだろう。俺は普通の人間で一般的な精神しか持ち合わせていないのだ。

 ならば、自分が誰かの為に動ける様にする為に、自分の心配をする必要が無いくらいの強固な装備で固めてしまえば良いのだ。


 自分の持てる力を注ぎ込んだ装備を完成させる。

 取り出すのは黒いスーツだ。古代の遺産や泥沼竜の皮を継ぎ接ぎし、伸縮性を持たせている。


『地下都市アガルタ』ここからずっと北に位置する、ジャバラ山脈の地下のダンジョン、迷宮だ。この地下迷宮には別に内部に異世界があったりする訳では無く、最下層に滅びた文明の遺産が残っている為、発見者であるプレイヤーに付けられた名前だ。そのプレイヤーはウチのクランメンバーなのだが。

 最下層にはヒト型の敵が出現する。名前は無く、プレイヤーには『機械兵(キカイヘイ)』と呼ばれている。

 ゲーム内では、魔獣と違って倒しても自動的に回収されない。討伐すると回収される物の条件は、動物か魔物のみだ。機械兵と同じ様に木を切り倒しても自動的に回収されない。

 機械兵残骸を手動でポーチに入れてもディマタイト合金片としか表示されなく、説明文も『製法が喪失した金属で、加工は困難を極める』としか表示されない。

 基本型はヒト型で、そこに銃の付いた異形の腕やキャタピラの脚が付属されているパターンも存在する。

 ちなみに、遺跡の心臓部を守護するボスは外装剥き出しの金属の塊だ。


 機械兵の残骸を取り出す。スーツの外見はこの機械兵の外装に似せた。これはこの姿が一番強いとかそういう理由では無く、単純に設計のセンスが欠片も無いから それなりにカッコいい姿を流用しただけだ。所々を変更するので、他のプレイヤーに攻撃はされない、と思いたい。もし攻撃されたら声を出せば良いだけだからな。


 スーツの表面に透明な液体を塗り込んでいく。この液体は龍の鱗や地竜の厚皮膚の"特性"のみを抽出した物だ。

 調薬師はどうしても錬金術師や鍛冶師に防御力で劣る。

 錬金術は薬師顔負けの薬を造ったり、結界を発生させる魔道具を造り出せばこと足りる。鍛冶師は魔装や剣盾型の魔剣を作れば鉄壁の防御を誇る。

 しかし、調薬師は薬による防御力強化と大量の薬による回復力だけだ。俺が生み出した技術は、良く言えば努力の結晶。悪く言えば他人に嫉妬し、対抗する為の力だ。調薬師は序盤だけで、中盤からは錬金術師に転向するプレイヤーが多かった。調薬師は薬のみで錬金術師は薬も魔道具も扱える。普通に見ると完全に上位互換なのだ。


 俺の生み出した技術は、神鉄製(オリハルコン)の桶に魔物の素材を呪毒や融解毒を調合した毒に入れて、溶かす。その液体に向け、魔力を操作し魔力の薄い部分と濃い部分が在る状況を作る。そこで対流が起こり、暫く待つ。すると、液体の魔力が均一化し、三層に別れる。

 一番下が魔物素材の残骸。もう素材としては使えない。

 中段が混合毒。回収して繰り返し使用できる。

 一番上が透明な液体だ。これは素材の防御力やその素材特有の効果をそのまま保持している。この液体が俺が"特性"と呼んでいる物だ。


 魔力というのは毒だと、俺は考えている。酸素と同じ様に使い道があるから無理してでも取り込む。それによって身体が傷付くが、取り込んだ方がメリットがあるから魔力を使えるように、獣も人間も進化してきたのではないか、と妄想している。回復魔法や回復薬はどうなんだと聞かれたら答えられないが。

 残骸と毒には魔力が充満しているが、"特性"には魔力が通っていない。偶然なのか、そういう物なのかは分からないが、選別するのに便利なので利用している。

 これは錬金術では出来ないことだ。錬金術は魔方陣の上で物質を操る。その時点で魔力が全てに流れてしまう。だから魔力が無い物質なんて確認出来ない。


 この技術は他人に絶対広めないし、他人がこの技術を使っている所も見たことが無い。一応、努力し、試行錯誤して生み出した技術なので、他人が確立してたら嫉妬くらいはするかもしれない。


 塗り終わったスーツに魔剣を翳し、魔力を込める。この魔剣はレンが作った魔剣で、魔力を込めると熱が発生させることが出来る。大きさは短剣ほどで、俺は戦闘には滅多に使用しない。

 熱風を送り、乾燥させていく。これを様々な魔物の素材で、繰り返し、繰り返し塗り込んでいく。繰り返し、繰り返し、繰り返し──。


 ******


 朝だ。徹夜で作業していたらしい。服を脱ぎ、下着だけになり、スーツを着ていく。

 スーツの着脱は魔力を流すことで形が変形する布をファスナー変わりにしている。俺の魔力を登録しているので、自分以外の他人に脱がされる、ということにはならない。

 魔力を流しながら、ファスナーを開き、腹部側から足を入れていく。中にはスーツを組み立てる前に既に浄化の"特性"や柔軟の"特性"等を塗り込んである。

 魔力を流すのを止め、ファスナーを閉じる。ピッチピチで、身体のラインが丸分かりになっている。若干、恥ずかしいかな。まあ、このままという訳では無い。スーツの上からローブ等を着ればよっぽどのことが無い限りこの姿にはならないだろう。

 フードの様になっている、被り物をで顔をすっぽりと覆う。髪は余裕を持って空けといたスペースに押し込む。魔力を完全に止め、首の隙間を埋める。これで完成だ。


 姿見を取り出し、全身を見る。

 全身真っ黒で全身に張り巡らした管のようなパーツは白く、その部分だけ浮いている。顔は人間らしさが欠片も無く、黒紅(クロベニ)色のレンズは狂暴な魔獣を連想させる。口元は大きく膨らんでおり、どうみても魔物にしか見えない。

 普段は顔の部分をフードの様にしておけば良いだろう。

 自動発動の結界の魔道具もあるし、任意発動の結界の魔道具もある。これで何時、教われても結界が破壊される前にフードを被れるだろう。


 片付けをして、地下室の扉を持ち上げる。スーツのせいか扉が軽い。


 ──コンコン

「オーナー。朝ですよー起きてくださーい」

「ルティか。入っていいぞ」

「はーい。オーナー、おはようございま………」

「ん?どうした?」

 ルティエラが入ってくるなり動きを止め、口をパクパクし始めた。

 …ああ、スーツか。傍から見ると完璧に魔物だもんな。

「今朝まで作っていたスーツだ。どうだ?」

「………あっ、スーツですか。それは…」

 今度は両手で目を覆った。

「えっ、えっちぃですよ!そのスーツ!」

「あ?ああ、そうか。安心しろ。この格好で外には出ないから」

「早く服着てください!外で待ってますからね!」


 かなり可愛い反応するんだな。

 このスーツ、恐ろしくはあっても別にエロくは無いと思うんだが。

 スーツの上からローブを纏い、靴を履く。そして、フードをおろしてから扉を開けた。

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