LI 回収
さて、このまま台地に帰還しても良いが、アイツらを回収しておくか。頼みたい仕事が出来た。流石に仲間には手伝わせられない。
ぬかるんだ街道を歩いていくと、テントを見つけた。雨でも降ったのか、道はかなり歩きにくい。テントの位置は少し移動しているように思える。
この格好で会うわけにもいかないし、着替えよう。…いや、ちょっとイタズラしてみようか。
「おい、貴様ら冒険者か?」
テントから母子が出て来た。顔はローブで見えないが、怪我はしてなさそうな動きだ。
「…冒険者では、ありません」
「ふむ?そうか、実は帝都で騒ぎがあってな。…顔を見せてはくれないだろうか?」
「…はい」
母親のリラがフードを下ろし、顔を見せる。フードの下は、金髪碧眼の頬がやや痩けた女に見える。
よし、幻影の魔道具は上手く使いこなしているな。台地ならまだしも、魔道具が余り発展していないこの土地ではまず見破られ無いだろう。
リラの顔を確認していると、テントから小さなローブが出てくる。こっちも確認しておくか。
「人種か…。おい、そっちの子供とはどういう関係だ?」
「娘でございます」
「ほう?顔を見せてみろ」
娘のリリがこちらをじっと見詰めて微動だにしない。
「聞いているのか?顔を見せろと言ったのだが」
もう一度声を掛けた所でリリがフードを下ろした。濃い紫の髪色、薄い紫の肌、そして頭上に鎮座する獣耳。…魔道具が全然使えてないじゃないか。
「え!?…リリ!」
リラもリリが隠せてないことに気が付いたようで、声を発した。だが、そんな母親の焦りは関係ないかのようにリリは言った。
「……?だって、ご主人様…」
「えっ」
うん?聞き間違いかな?今の俺は兵士の鎧を着込んでいるし、消臭剤を浴びた後に目一杯血しぶきを浴びている。見た目でも匂いでも分からないと思うが。
念のため、もう一度聞く。
「…もう一度言ってくれるか?」
「ご主人様。早かった、ですね」
どういうわけか、完全にバレてるな。
「リリ、何で分かったんだ?」
「えっと、何となく?です」
「うーん。まあいっか。リラ、鎧を脱ぐのを手伝ってくれないか?」
「えっ?本当に御主人様、ですか?」
「ああそうだよ。結構重たいんだね、コレ」
何故分かったのか聞いたが、全く原因が分からない。まあ有って困るような能力では無いだろうから良いが。
鎧を脱ぐのを手伝って貰いながら、スーツだけになった。兜を外した時にリラが小さく悲鳴を上げたが、仕方がないだろう。このデザインは我ながら不気味だとは思うし。
スーツの頭部を下ろし、フードのようにしてから母子と向き直る。
「さて。えーっと、俺が出てから何日くらいだ?」
「丸一日くらい、です」
「あれ?そんなに経ってないな」
「はい、早かったですね」
転移魔法陣を使ってラグとかは発生しないようだ。量産出来るモノならぜひ量産しまくりたい。
「あの、どうして帝都から…」
「うん?…そうだな。ちょっと、ね」
報復だとか転移だとかは説明しなくても良いだろう。
「じゃあ、荷物を纏めてくれるかい?」
「…どこに行くのですか?」
「私の…故郷、のような所だよ」
どう説明すれば良いのか。厳密には故郷ではないが、別に構わないだろう。完全に間違ってはいないからな。
「御主人様の故郷、ですか?」
「そうだ。お前達のような魔人種でも受け入れられる。それどころか、国が率先して囲ってくるぞ?」
「…本当に、そんな国が」
「では私は馬車を用意する。荷造りして終わったら声を掛けてくれ」
高速で走る馬車。その車内の窓から景色を見ながら、感慨にふける。それと同時に憤りも感じた。あの時の俺がもっと早く情報を仕入れていれば、罪のない村民は犠牲にならずに済んだ。
…いや、これが最善策であったはずだ。この世界は良くもわるくも、力がモノを言う世界。魔力なんて都合のいいエネルギーを万人が持っているというのは、誰でも目に見えない拳銃を持っているようなモノだ。暴力には、もっと大きな暴力を。痛い目をみれば、大抵の動物なら尻尾を巻いて撤退するはずだ。
「ご主人様」
「…どうした?」
「血の匂いがする。匂う」
「そうか…。じゃあ、拭いてくれるかい?」
「分かった、です」
改めて母子のことについても考える。台地の人間では無いが、本当に連れていって良いのだろうか。考え方の違いで反意を抱かれるかも知れない。
…裏切るのなら、容赦はしない。それで良いか。
一日前とは違い、余裕を持って馬車を進める。子結晶を取り出してみると、青色ではなく黄色であった。黄色は警戒事項アリ、帰れるなら帰ってこい、という指示だ。あれから更に異常は起きてないようだな。良かった。
草原を越え、たまに馬ゴーレムの魔力を供給しつつ枯れ木の森を突破した。数日掛けてしまったが、追い掛けてくる魔物との戦闘をしていたからだ。火力不足な俺だけではもっと時間が掛かってしまっただろうが、母子が連携して仕留めていたので、戦闘は思ったより楽だった。
「崖、ですか。すごいですね…」
「高いです」
「この上だよ」
「これを登るのですか?」
「そうだけど…ちょっと待ってろ」
馬車をポーチに仕舞い、指輪を取り出す。これは帝王から追い剥ぎした『訓令の指環』だ。この指輪て出した結晶を足場にすれば前より楽に登れるだろう。
…そういえば、兵士の一人が台地の上に上がる手段があるとか言っていたな。死体が多すぎるので今は選別しない、後でだな。
頭蓋骨の指輪を握り締め、魔力を流す。するとこぶし大程の大きさの六角形が虚空に出現した。片足を乗せ、体重を掛けたりして安全性を確認する。何度か跳ねて確認したが、大丈夫そうだ。
「ほら、階段状に設置するから登って」
「えっ。これで、ですか?」
「おもしろそう、です」
台地を登りきって後ろを振り返る。リラは片腕が無いので少し心配であったが、杞憂だったようだ。リリは軽々と跳ねて地面に足を付ける。どうやら二人とも問題ないようだな。
「…本当に土地が」
「さあ、歩くぞ。もうすぐだ」
はあ、やっとウチに帰れる。ちょっと一人で無茶をし過ぎた感じはしなくも無いが、俺が報復に行かなければ更に援軍が転移してきただろう。異常がないことが分かったら、少しゆっくりしたいな。
──ガサガサッ
考え事をしていると、目の前の草むらが音を立てた。魔物かと警戒して一歩引く。が、いつまで経っても魔物の姿が確認出来ない。草むらをよく観察すると、草が見えない何かに押し退けられているように見える。
「タイショーか?」
──キュッ!
虚空から青い身体を伸ばして、大蛇が姿を現す。俺は小走りで駆け寄り、鱗を撫でた。撫でるとツルツルでヒンヤリしていて気持ち良い肌触りだ。タイショーが居てくれて嬉しいが、何故こんな所に居るのだろうか。
「ただいま、タイショー。お前一人だけか?」
──キュウ
タイショーが鎌首をもたげ、ある方向を口で指し示す。そちらに顔を向けた瞬間、何かが俺にぶつかった。そのまま押し倒されて地面に横になってしまう。
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐり、両腕を首の後ろに回される。目に入るのは若干赤みがかった黄色の髪の毛しか見えない。その髪に手を置き、撫で付ける。
「ただいま、カエデ」
「おかえりっ!イブキっ!」
カエデがローブに何度も顔を擦り付けて、離してくれない。タイショーが警戒していない時点で魔物だとは思っていかったが、力を入れていなかった為に押し倒されてしまった。シチュエーション的には逆だろうが、精霊の力は強いから仕様がない。
タイショーとカエデが居るならヤナギも居るだろうと、カエデが来た方向に顔を向ける。すると、顔を綻ばせたヤナギが森の奥から歩いてきた。
「ただいま、ヤナギ」
「ええ、お帰りなさい。イブキ様」
三人が集まってくる。事情を聞くのは落ち着いてからで良いか。
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