L 変装
空中で顔を向け直すが、帝王はその場には居なかった。先程の経験から両腕で頭部を守る。と、衝撃を受ける。ワンパターンだな。
大剣の剣身に腕を絡め、帝王の様子を確認する。真っ当な生物ならそろそろ動けなくなってくるはずだ。
帝王は口から泡を吹き、目は焦点が合っていない。ぶちまけた毒液は魔獣用に調合した麻痺毒だ。それを人間が浴びてただで済む訳がない。もしかしたら後遺症が残ってしまうかもしれないが、死ぬことは無いだろう。
「…ぐ、ガアァァァァァァッ!!!」
帝王の様子を確認した後、一息ついていた時。急に帝王の身体が赤黒い煙に包まれ始めた。発生源は大剣からのようで、その剣身から煙が染み出している。
この大剣には呪いでもあったのだろうか。大剣を離すまいと更に力を込める。次第に剣自体が振動を起こし始めた。
「ガアァッ!ガアァッ!ガッ、がぁ。ぁ……」
帝王の身体を巡っていた赤黒い煙が飛散していき、大剣の柄を手放して、前のめりになって倒れる。大剣は帝王が倒れてくると危ないので直ぐに退けた。…終わったか。あの毒を浴びて動けるなんて化物だな、ほんとに。
魔術師達の方に目をやる。動いているような者は確認出来ない。そちらは後回しにして、帝王の装備を漁ることにした。
まずは赤黒い煙を出した大剣をポーチに仕舞う。ラグが出てしまったのは仕様がない、早く慣れるべきだな。
この大剣の名称は『死刃の呪大剣』と言うようだ。アイテムの説明欄、こういうのを"フレーバーテキスト"と言うのだったか。そこから読み取ると、意識が無くなっても剣が身体を動かす。材料は、複数人の魔人種を使っている。ということが分かった。魔人種を材料にするなんて勿体無いことこの上ないな。
目立つ指輪を、一つずつ外していく。全ての指に嵌めているので計十つだ。内七つは何の効果も無いただの指輪であったが、三つは良さそうな効果を持っている。
一つ目『屍櫃の指環』。外見は石座の部分が頭蓋骨になっており、腕の部分は真っ黒で艶のある素材で構成されている。これは六つの棺を自在に出し入れ出来る効果が有るようだ。
試しに魔力を流して棺を出現させるイメージをすると、六つの棺がぬっと空中に現れた。棺の蓋が消えて中が見えるようになると、五本の剣が納められているのが分かる。中身は後で確認しようか。
二つ目『訓令の指環』。外見は小さな六角形が集まり、所謂ハニカム構造のようなデザインをしている。効果は結晶を造り出して守りに使える、というモノだ。予め魔力を消費して結晶を造り出しておく必要があるが、何時でも好きな時にソレを呼び出せるようだ。
そして、結界と競合しない、かなり便利だ。
そして最後『アクロワ式障壁陣・指環型』。長ったらしい名称だが、障壁というのが張れるらしい。結界とは違うようで、魔力を込めると皮膚や衣服ギリギリに障壁を展開出来る。
障壁なんて聞いたことが無いが、台地では発展しなかった分野なのだろう。結界は一枚までしか展開出来ないが、これは三枚まで展開できる。良い魔道具だな。
結晶と障壁、そして結界にスーツ。欲を言えば潤沢な防御手段より俺でも使える攻撃手段が欲しかったが、まあ満足だ。それから更に帝王の衣服を剥いでも、別に何も無かった。筋肉ダルマの全裸など見たくも無かったが、宝を取り逃すよりかは良い。
死体漁り…一応生きてるから追い剥ぎ、だな。それを終えたら魔術師達が転がっている場所に向かう。一人一人ポーチに仕舞えるかどうかで生死を判断しようと思っていたが、全員死んでいた。生き残りがいれば、この国の重鎮がどこに居るか聞きたかったのだが、仕様がない。探して居なかったら、置き手紙でもしておくことした。
死体を回収し終え、玉座のその奥に向かう。隠し部屋とかないだろうか。と、歩いている途中で落ちている王冠が目に入った。どこかに吹っ飛んだと思っていたら、こんな所にあったとは。これも回収して先に進んだ。
王座の奥の壁、それと王座自体に仕掛けがあるのは定番だと思うので調べた。が、何も無かった。これ以上居てまた結界で捕らわれるなんてことがあったら厄介だ。
一応、報復という目的は十分に果たしたが、今後もああいうことがあるのは御免だ。ということで、紙とペン。紙はファーの街で買ったモノ。を取り出して一筆したためる。
…よし、こんなモノだろうな。
倒れている帝王を背に、王座の間を後にした。天井に穴が空き、黒く変色した血の水分が蒸発して床にこびりつき、中心付近は真っ黒に焦げ、変わり果てた王座の間を。
そういえば、どう脱出するか考えて無かった。転移魔法陣は元の位置に戻せば使えるとかも知れないが、持って帰りたい。
取り敢えず帝都の外へ出るのを目標にして、認識妨害のローブを羽織る。こそこそ隠れながら出口を探そうか。
前から走ってきた兵士から隠れる為に入った空き部屋で、兵士の鎧を見つけた。何故かぽつんと置いてあったが、貰ってしまおうか。
…そうだ、これを着込んで誤魔化しながら動くのはどうだろうか。この国には兵士が大勢居るし、知らない兵士が居ても分からないだろう。怪しまれる前に勢いで突破してしまえば良い。
我ながら変装とは、なかなか良いアイデアでは無いだろうか。早速、鎧一式をポーチに仕舞い、一パーツずつ装着していった。ポーチに仕舞ったのは、着ている途中でバレたら意味がないので音を出さないようにする為だ。少々手こずったが、一式着れた。間接部分は意外と動きやすい。だが、かなり重いな。
空き部屋を出て、堂々と歩き出した。
兵士が歩いてくるのが見える。少し声を掛けてみようか。
「おい!そこのお前!」
「ハッ!何でしょうか!」
「エリーナ殿を見掛けなかったか?何処にも居ないのだ!」
「エリーナ近衛隊長ですか?確か賊を捕らえると…」
「私も王座前に行ったのだ。だがそこには誰一人居なかった!何か心当たりは無いか?」
「そう、ですね。あの人は先日魔物退治に出掛けたと…。すみません、部隊が違うものですから…」
「…そうか。では引き続き任務を遂行してくれ!」
「ハッ!了解しました!」
よし、何とか上手く行ったな。適当に名前を出して思考を誘導させたが、これは使えるな。あの女鎧本人は、冷たくなってポーチの中に収納されている。いくら探してもこの世には居ない。そして失踪した隊長格を部下が探していてもおかしくない。
隊長を探す部下、この設定で行くか。
堂々と歩いて城門までたどり着いた。後ろを向いている兵士に、大声で話し掛ける。
「おい!門を開けてくれるか!?」
「…グラズノフ隊長の許可が無ければ、出来ません」
「緊急事態だ!エリーナ近衛隊長が失踪した!あの方のことだから魔物退治にでも出ているのかもしれん!」
「エリーナ近衛隊長殿が、ですか?」
「ああ!賊が侵入していることは知っているな!?」
「ええ、知っております」
「侵入した賊は強い!だが、エリーナ隊長なら容易に倒せるだろう!心当たりはあるか!?」
「…いえ、私には…。エリーナ近衛隊長殿は城内に居るものだと…」
「分かった!同士は城内を探している最中だが、私は帝都の外を探してくる!幾つか狩場を回るつもりだ!」
「そうなのですか…!」
「時間が無い!今も賊の凶刃により、同士が傷付いているのだ!早く開けてくれ!」
「…!ハッ!…おい、ルーヴィム!開門してくれ!」
ふう、何とか城から出られたな。それにしても、城門を開けるのに許可がいるのか。当然と言えば当然だが、危なかった。やはり情に訴えるのは効果的なのだな。
貴族街を抜け、更に歩き、帝都の外に出る。貴族街から出るにはまた門があったが、一声掛けたら開けてくれた。この都市では他人に絡まれることが多かったが、兵士の格好をしている今は避けられているように感じる。有難いことだが。
門を出るときは、兵士達に挨拶をしただけで素通り出来た。もしかしたら門兵は新人の仕事なのかもしれない。
金具が擦れる音を聞きながら、街道を歩いた。
活動報告というものを、試しに書いてみようと思います。




