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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第二章 この世界で
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V 時差

 ローブに鼻水と涙がこびりつく。まあ、ほかっておけば綺麗になるんだが。

「ううっ、うぐっうえっ、っんくぅ」

「…落ち着いたか?従業員が見てるぞ」

「えっ、あっはい。もう大丈夫、です」

 このショタエルフはエルフの里でのイベントで救助した所、里を出てからも付いてきた。戦力になるか微妙だったので店を任せたのだ。

 顔の右半分のうっすらピンク色は火傷の跡で、救助した時の跡だ。他のゲームの様に聖魔法やポーションで、いきなり腕が生えてきたり時間を巻き戻したように再生はしない。切断された腕が無ければ傷が塞がるだけだし、治療した跡はしっかり残る。魔物は自力で新しい腕を生やしたりするんだが、それは例外だ。

 ちなみにこのエルフはゲーム内ではもうすぐ八十歳だとかいっていた。通常人種以外の人種は年齢が分かりにくい。


「ルティ。色々聞きたいことがあってだな」

「あっ、そうですね。応接間で話しましょう」

「応接間?そんな部屋あったか?」

「増設した所にありますよ。オーナーが居なくても僕、頑張ったんですよ?」

「おお、そうか。偉いな」

「えへへへへ」

 女の子みたいな反応するな。これで八十近いとか詐欺だろ、エルフでは若い方だとは思うが。


 ******


 応接間は全体的に渋い造りで落ち着いた雰囲気であった。調度品が控え目に配置されており、居心地は良い。


「では、改めて。ただいまルティ」

「はい、お帰りなさい。オーナー」

「それで…今日は何年だ?」

「天暦645年、赤月の二日目です」

「…」

 天暦というのは、神様が初代王達と協力して国々を創立した年から645年経っている、ということだ。日本の元号とは違う。ゲームと現実の時計はリンクしており、向こうの一時間はこちらの一時間。1日は1日だ。一年の日数は違うので多少のズレはあるのだが。

 最後にログインした日は、天暦625年の紫月だ。単純計算で20年の時差があるな。


「オーナー?どうかしましたか?」

「ああ、いや。あの日プレ…いや、訪問者(ほうもんしゃ)は全員帰還したよな?」

 訪問者というのはプレイヤーのことだ。プレイヤーは天神"システィーク"が異界から客人を呼んだ。その客人をもてなせという神託があり、国々はそれに従った──という設定だったはずだ。現実となった以上、単なる設定では無いのだろうが。


「はい、オーナーももう来れないって言ってたじゃないですか。急にどうしたんです?」

「気付いたら"スベニア平原"の奥の"サリアナ樹海大迷宮(植物の国)"に放置されていたんだよねー」

「ええっ!?大丈夫だったんですか!?かじられてないですよね!?」

「ああ、そんな奥じゃ無かったからな。それにそんなに魔獣は出て来なかったし」

「大丈夫なら良かったですが…。天神様のご導きですかね?」

「どうだろうな。神様に直接聞くってことも出来ないし…」

「あっ、巫女はどうです?なにか神託を授かっているかもしれないですよ?」

 巫女はゲーム内でプレイヤーの誰も実物は見たことない。神託を授かれる存在というのはそれくらい重要ということなのだろう。


「うーん、どうかな。王様に謁見するだけでも大変だからな…」

「あっ、そうですね。難しいです」

 巫女は"シガル王国"、イリギスの街もその国の領地だ──。に居るとされている。その情報自体ブラフかもしれないが。


「まあ原因は後々で良いかな。不思議と帰郷の念に駆られていないし」

「オーナーはこれからどうするんですか?なにかやりたいこととか…」

「うーん…。特に無いかな」

「では、ここを拠点にしてください!オーナーの部屋も残ってますから!」

「ああ、残していてくれたのか…。ありがとな」

「いえっ!そんなっ、当然ですよ!」


 てっきり撤去されていると思っていたが、残っていたか。それじゃあ、当面の拠点はここで良いかな。


「経営はどうなってるんだ?」

「支店が全十一店舗。職員は全百三十二名。です。頑張りましたよ!オーナー!」

「…頑張ったな。ほんとに」

 ゲーム時代では支店なんて作ってなかった。職員も二十人ちょいだった。二十年あるとはいえ、ここまで規模を大きくしたのは凄いな。


「とはいえ仕事は欲しいな。ニートでも良いが、ちょっとな」

「そうですか?…では、新人の調薬師に指導をつけて下さい。オーナーを覚えてる方も居ますよ?」

「おお、そうか。残ってたか。…なんだか浦島太郎になった気分だ」

「ウラシマタロウ?何ですかソレ?」

「訪問者達の世界の童話だ。…聞きたいか?」

「ぜひっ、お願いします!」

「まあ、後でな。俺の部屋を確認したいんだが」

「えーと、ですね。実は…えっと…」

「ん?どうした?」

「オーナーの部屋は残っているんですよ?でも、足の踏み場が無いと言うか…、半分倉庫みたいになっていると言うか…」

「…取り敢えずはポーチに物を仕舞えば良いか。それで良いだろ?」

「ああっ、ポーチがありましたね!あそこの物は、すぐに使わない物なので大丈夫です!」

「そうか、じゃあ行くか」


 ******


「うわっ、結構ごちゃごちゃしてるな」

「すみません!だけど、退けようとは思ってたんですよ?」

「いや、俺が戻ってくることがイレギュラーなんだ。誰も使わない部屋を残している方が非効率的だからな。」

「そうですか?あっ、家具は僕の部屋にありますよ!」

「おお、そうか…。取り敢えず家具は要らないか。寝床さえあれば。」

「じゃあ僕とこのベッドを使ってください!床で寝ますから!」

「いやいや、それはダメだろ…。毛布っぽい奴ならあるから大丈夫だ」

「そーですか…?分かりました。家具はソマトリ商会に依頼しておきますね!」

「ソマトリ商会…。クランの皆の店は存続しているか?」

「ええ!全商店残ってますよ!」

「そうか。良かった」


 一つ一つポーチに収納していく。小物は一々ばらさないといけないので面倒くさい。私物とは別にしておく。

「すっごい広くなりましたね!」

「そうか?家具が無きゃこんなもんだろ」

 部屋には物が無くなり、窓から入った夕日が部屋を赤く照らしている。いつの間にか夕方になっていたようだ。


「あ、ルティ。夕食とかはどうしているんだ?」

「夕食ですか?食堂があるのでそこで、ですね。」

「食堂?新築した所か」

「そうです。職員は全員そこで食事ですね。僕は自室でよく食べますが、オーナーはどうします?この部屋に運ばせてもいいのですが」

「いや、今腹がへってないから今日はいい。道中ポーションかなり飲んだからな」

「そうですか?分かりました。それでは僕は仕事に戻りますね」

「ああ、頑張れよ」

「それと、これ。間取り図です」

「お、助かる。ありがとな」

「はいっ。あと異界の童話、聞かせて下さいよっ!」

「そういえばそんなこといったな。分かった。夜にな?」

「夜ですね?絶対ですよ!?」


 調薬の講師としての仕事を貰った訳だが、新築してある場所は把握していない。夜まで予定は無い、職員に挨拶でもして回るか。


 ******


 調薬室。新しい方だ。ゲームの時に造った調薬室は狭く、同時に多人数が作業する為に新しく増設したようだ。新しい調薬室は古い方より間隔を大きく空けており、作業しやすくなっているようだ。集中している様だったので、声は掛けなかった。

「おや、おまいさん見ない顔だねぇ」

 初老の女性が声を掛けてきた。どこかで見たような気がする。

 思い出そうとしていると、婆さんが目を大きく見開いた。

「思い出したぞ!イブキの坊じゃか!懐かしいのぅ」

「あ、分かった。シュミ婆だ」

「なんじゃ分かったとは」

「いやぁ。二十年経っても、まだくたばって無かったんだな」

「なんじゃその言い草は。年寄りには優しくするもんじゃぞ」

 思い出した。というより記憶より更に老けてて気付かなかった。

 今さらだが二十年経過しているというのは自分だけ取り残された様で辛いな。ゲーム内ですでに老人だったNPC、…もう寿命を迎えた知り合いとかは、もう二度と会えないかもしれない。

「なんじゃその顔は。シャキッとせんかい!」

「おっと、あっぶな!」

「避けるんじゃないよ!全く、どいつもこいつも老体を労ろうとせん」

「…変わってないなぁ」

「なんじゃおぬし、体調が悪いならコレを飲みんしゃい」

 受け取ったポーションは綺麗な緑色で、必要な成分だけ抽出されているように見える。腕落ちてないな。

「いや、体調は大丈夫だ。いい薬だな」

「ふん、まだまだ若い衆には負けんよ。お主に褒められても嬉しくないわい」

「あ、そうだ。暫く調薬教えることになるから」

「坊がか、まあ腕だけは良いからのぅ」

「腕"だけ"って何だよ」

「そのままの意味じゃよ。もっと礼節をしっかりせんかい」

「婆さん以外のご老人にはこんな態度取らないから。安心してくれ」

「なんじゃそれは…。まあよい、あやつらに伝えておくからの」


 調薬室を後にして、傭兵達を貸し出す場所。もっとも商品のように陳列している訳ではないので奥に居るが──。へと向かう。

 色々一新しているっぽいので現場に興味があった。


 傭兵を扱う場所に来た。どことなく小さいホテル等のロビーっぽい。

 見渡して居ると勢いよく扉が開いた。と、出ようとしていたオッサンが尻餅を付いた。痛そうだな。


「ルティエラは居ませんかっ!?至急相談したいことがありま…!」

 入っていたのはメイド服を来た銀髪エルフだった。背は高く、胸が服の上からでも大きいのが分かる。

 なぜかこちらを凝視している。何かしただろうか?


「なんと!イブキ様もいらしていたのかっ!」

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