XLVIII 血の海
「王様、居るのかな?」
「ヴァデム・エゼク・アルベージ現帝王、です。本日は居ると思われますわ」
「ふぅん、ありがとね」
王座へと繋がる扉の前には、大勢の兵士が居る。駄目かも知れないが、人質の王女で道を空けてくれないだろうか。
「止まれ!魔人よ!これより先は通さんぞっ!」
他の兵士よりも、立派な鎧を着けた女が前に歩み出てくる。銀色の鎧は光を反射しており、かなり眩しい。…というか、どこかで会ったな。この女。
「アドリアーナ王女、少し我慢して下さい。優秀な回復魔術師が控えておりますゆえ」
もう人質作戦は効果が薄そうだ。だが、敵の兵力を削るのも目的の一つ。こんなに兵士が集まっているのは都合が良い。
王女の首根っこから右手を引き、後ろを向かせる。
「ここまでご苦労様。そして最後に一つだけ、…この国と同じ過ちはするな。それだけだ」
「過ち…?」
「…出来るだけ早くここから離れなさい。ほら、行け」
王女に一言言ったあと、背中を押した。後ろから着いてきた兵士の中から侍女が飛び出して来る。
「アドリアーナ様っ!お怪我は!?」
「平気ですわ」
「あの怪物はエリーナ殿が仕留めて下さいます。術師に傷を診て頂きましょう」
「……それは後でいいわ。それよりも、部屋で休みたいわね」
「分かりました!…あの部屋は破損してます。私の部屋で宜しいでしょうか?」
「…ええ。良いわ」
王女と侍女が兵士の列の奥に消えていく。侍女との関係は崩壊して無いようだ。
…さて、片付けをしなければ。
「ほう?アドリアーナ王女を解放したか。魔人にしては殊勝な心掛けであるな」
銀鎧の女が鞘から長剣を抜き、距離を詰めて来る。どうにか周り兵士ごと一網打尽にしたいが、どうしようか。
「私の愛剣の錆にしてやりたい所だが、…幾つか聞き出したいことがある。抵抗せずに居てくれると嬉しいのだが?」
「ハッ、皆殺しですよ」
「…そうか。私が矢面に立つ!各人隙をみて攻撃!四肢は切り落としても構わんぞ!」
鋭い剣線が、俺へと向けて降り下ろされた。
──バコンッ
「何っ!?」
ポーチから爆薬樽を取り出し、盾にする。銀鎧の女の長剣は樽を切り裂いたが、金具を二つ程破壊した後に止まった。樽は重力に引かれて床に落ち、液体を垂れ流している。
「樽…?どこから引っ張って来たんだ?」
「土人が理解出来るようなモノでは無いよ」
「…総員!奴の能力に注意せよ!何か仕掛けがあるはずだ!」
──メキッ
「また樽か。…目的は何だ?」
「さあ?ご自身で考えては如何かな?」
樽で女の攻撃を防ぐ。目的は液剤を撒いて、一気に起爆することだ。今はその為の下準備をしている。
「貰ったァッ!」
──パキッ
背後からも兵士が斬りかかってくる。樽を出した時は周りの兵士は警戒して引くが、少しずつ詰めてきている。
「結界魔法か?厄介だな…」
「糞ッ、惜しいな!」
「何を考えているか分からん!早めに無力化しろ!」
「…その結界、連続で使えないな?」
おっと、結界のクールタイムがバレた。普通は分からないだろうが、洞察力が優れている人間なのだろう。もっとも、床に撒き散らされた液剤の正体は見抜けないようだが。
「さっき結界を使ったな!?まずは腕を切り落とす!」
女が長剣を頭上に構えて、降り下ろした。それを防ぐ為に樽を取り出し、盾にする。が、あっさりと樽を切断した。俺に剣先が向かってくる。
「ははっ!何度ソレを見たと思っているんだ!既に対策済みだぞ!」
何をしたか分からないが、身体強化魔術を使ったのだろうか。長剣の直撃は避けられないだろう。ならば──。
──ガキッ
「なっ!」
剣の先に掌を置き、剣身を掴んだ。まさか防がれるとは思っていなかったようで、女が硬直する。その隙に、剣身から手を離して腕鎧を掴み直す。そろそろ良いだろう。
「後ろが!がら空きだぜっ!」
後ろから兵士が斬りかかってくる。結界は…まだ使用出来ない。仕様がないので、背中で受ける。
──ガンッ
「何だとっ!?」
女の前に樽を取り出し、片手を置く。
「その鎧固そうだからね。これで死ね」
「何を───」
──ズッダアアアァァァンッッッ!
青白い光が辺りを埋めつくし、身体が宙に浮く。爆音で音が聞こえなくなり、爆風に巻き込まれて上下の感覚が無くなる。暫くして視界が戻り、辺りを見渡した。
血の海が広がり、鉄片が熱で半分融けている。さっきまで人間だった肉塊は、俺を中心にして転がっている。床に液剤を撒いて、上に吹き飛んだからだろうか。
立ち上がり、肉と鉄を回収していく。かなりの量が集まるな。四肢が残っていない死体、仲間の剣が腹部に刺さっている死体、頭部だけ無くなっている死体。それと…鎧の女。胸当てが僅かに上下している。驚いた、まだ息があるようだ。
「凄い、まだ生きているのか。その鎧が頑丈なのかな?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「鎧が無事でも中身が駄目じゃないか。…すぐ楽にしてあげるよ」
短剣を取り出し、荒い呼吸をしている喉に突き刺す。血が吹き出し、口内を血で埋めていく。このまま放置しておけば、当然呼吸など出来ずにそのまま溺死するだろう。
肉塊と鉄片を全て回収し、王座への扉へと近付く。爆発でボロボロになっているが、扉の形は保っている。近くで爆破すれば崩壊しそうだ。大きな扉の前に樽を置き、再び魔力を流した。
──ズッダァァンッ!
崩壊し掛けていた扉を吹き飛ばし、中の様子が分かるようになった。砂埃が酷く、俺も吹き飛んでしまったが。
壁から身体を起こし、王座へ侵入しようとした瞬間、衝撃を受けた。
──ファイアアロー!
──ストーンバレット!
──ウォーターウイップ!
咄嗟に結界を展開しようとするが、まだクールタイムが終わっていなかった。砂埃の中に適当に撃ったのだろうが、大当たりだ。痛くも痒くも無いが、こういう隙は作らないに越したことはない。
攻撃を受けても進み、砂埃を抜ける。すると、広い空間に出た。中心の奥には王座らしきモノが鎮座しており、人が座っている。その両脇にはずらりと魔術師らしき人間が並んでいる。
「ほう、ここまで来るのか。ただの賊では無いな?」
王座に座っている人間が声を出した。声の響き方からして、魔術的な方法で拡声しているようだ。
「お前の目的は何だ?金、では無いな。まあ、十中八九オレの首だろうな」
王座の人間が立ち上がったことで服装がよく見えた。頭には王冠、赤いローブに宝石の埋め込まれた金色の杖。指には幾つもの指輪をしており、内側に柔らかそうな服を着込んでいる。その服は隠し切れない筋肉で押し上げられている。
コイツが、アルベージ帝国の帝王なのだろう。
「魔人種か?そんな異形な魔人種の集落には喧嘩を売ってないはずだが。…口がきけないのか?」
「イメージしていた帝王とは違うな」
「うん?そうか?オレの姿を知らないとなると…。いや、話は捕縛してからで良いな。…一番術師隊、やれ」
帝王が右手を上げて、両脇の魔術師達に指示を出した。魔術師達は呪文を呟き、俺に向けて大杖を構える。詠唱の内容は複数重なり、聞き取れない。
そしてカラフルな魔術の波が、俺へと押し寄せた。
「ほう、耐えるか。面白い」
魔術の波を結界とスーツで耐えきった。そこまで脅威では無かったが、結界が耐えられなかった。スーツの防御力は出来るだけ隠しておきたかったのだが、仕方がない。
「身体が変質して硬化しているのか?良いな。情報を聞き出した後は解体して武器に加工してやる。きっと良い武器になるだろうな」
加工、だと?…魔人を魔物扱いしているからこそ出てくる発想だろう。吐き気がする発想だが。
そんな考えなのによく他種に滅ぼされてないな。
「…二番術師隊、やれ。三番術師隊はアレの準備だ」
再び詠唱が始まる。鬱陶しいが、頭である帝王を無力化すれば瓦解するだろう。詠唱を無視して帝王へと向かっていった。
すると、帝王がニイッっと嫌な笑顔になる。…何だ?嫌な予感がする。
「三番術師隊、やれ」
八月十日の投稿です。
なんだこれは…。たまげたなあ。




