XLIV 常套手段
三人の兵士が同時に斬りかかってくる。一人の剣を掴み、一人の胸元に水鉄砲を向け、もう一人は結界で受け止めた。
「障壁かっ!」
「それにしては固いなア"ッ」
「おい!どうしたダルコ!」
胸に穴を開けられた兵士が後ろに倒れる。薄いが鉄製の鎧を着込んでいるようだ。有っても無くても変わらないだろうが。
「くそっ!タネが割れるまで近付くな!」
「遠距離攻撃で気を引け!」
「タラスは回復魔術の準備をしろ!」
一度崩した陣形だが、直ぐに立て直された。国の方針がアレだが、連携は悪くないようだな。
「~~顕現せよ!『ウインドカッター』!」
「~~をもたらせ!『ファイアボール』!」
それぞれ別の方向から、風の刃を火の玉が飛んできた。速度は早くないので、横にずれて避けた。すると、二人の兵士が身を屈めて距離を詰めてきた。
彼らの狙いは負傷した隊長と兵士の救出なのだろう。妨害をしようとして水鉄砲を構えたところで、一人が小声で呪文を唱えていることに気が付いた。
「~の盾よ『ウインドシールド』」
この魔術は名前からして風の盾だろうか。予測した効果と違うかもしれないが、避難が終わっていない今、毒液を射出するのは悪手だ。村民に被害が出るかもしれない。
咄嗟に腕を引き、後ろに下がることで魔術を避ける。
「タラス!隊長とダルコを頼む!」
「は、はいっ!」
「あれは魔法具か?それとも魔法か?」
「わからん。だが、奴は結構鈍いぞ」
うっわ、戦闘慣れしてないことがバレた。それっぽく振る舞ったんだけどな、駄目か。
取り敢えず治療されそうな隊長から妨害していく。治療出来れば、だが。
「あれ?傷が、塞がらないです…」
「何でだよ!おい、お前はそのまま治療してろ」
「呪いなら?大抵元凶を潰せば治るが…」
「けっ、それしかねぇだろ」
俺を殺してもソイツの傷が治ったりしないのだが。一人の兵士が剣を構えて近寄ってくる。そして呪文を紡ぎ出した。
「剣よ炎を纏い、我が道を切り開け!『ファイアエンチャント』!」
兵士の剣が炎に包まれていく。なんだコレ、普通に格好いいな。台地ではこんな魔術見たことが無い。まあ、魔剣で似たようなことは出来るのだが。
わざわざ近寄ってくるまで待つ道理は無い。水鉄砲の銃口を狭め、引き金を引いた。
──パリンッ!
結界が自動展開された感覚があり、身体を引いた。水鉄砲スレスレを短剣らしきモノが通過した。
「ニャニャ!?決まったと思ったのニャ!」
「…」
「お前の攻撃は見切ったニャ!その武器の向きに気を付ければ良いだけニャよ!」
そこには、以前に一度だけ帝都で会話をした、猫系獣人種の姿があった。名前を、…何だったか。忘れたが、先輩が言っていたっけか。
「その障壁だけは厄介ニャ。だけど脆いニャ」
俺とは気付いていないらしい。スーツのせいで顔が隠れているし、声も少しくぐもっている。獣人種お得意の匂いも、誘引剤の匂いで分からないのだろう。
「ふう、ヤレヤレ。仕留めるなら失敗してはいけませんよ。罰として明日のトレーニングは倍です」
「ニャー!それはキツイですニャ!」
家屋から人種の老人が姿を現した。黒髪に白髪が混ざっているが、眼光は恐ろしく鋭い。相当な実力者であろう。
「…やはりアナタから匂いますね。毒かと思いましたが、以前嗅いだことのある匂いですな」
「ニャニャ!やっぱりコイツかニャ。甘ったるくて嫌になるニャ!」
「人間が出せる匂いでは無いはずですが。魔物にしては理性的すぎる」
「後で調べれば良いニャ。早く仕留めるニャ!」
「それもそうですね。後で解剖しましょう」
連中が距離を詰めようと一歩踏み出した時であった。周囲に冷気が満ち、地面から幾つもの氷柱が伸びた。
──キュ
背後からタイショーの小さな鳴き声が響いた。どうやら避難は完了したようだ。これで村民の被害を心配する必要が無い。
「氷魔法か?」
「そのようですね。…気を付けてください」
「あんまり強度はないニャ。全部砕いてやるニャ!」
猫系獣人種が氷を蹴飛ばす。すると、氷柱は呆気なく崩壊した。タイショーがここから離れたので、維持が出来なくなったのだろう。
…そろそろ殺るか。
水鉄砲をポーチに収納し、無手で構える。
「消えた…?」
「何…?魔法具でも使っているでしょうか?」
「武器を仕舞って何やってるのニャ?」
負傷した隊長と兵士を視界に入れる。治療の進捗は芳しくないようだ。普通の治癒魔術や解毒魔術などでは回復出来ないはずだ。
「何にしても、警戒するに越したことはないですよ。タラスくん、治療は?」
「…これは、何か付着している?水で…」
「…この魔物も魔力は有限でしょう。少しずつ削って行くのが最善策かと」
「要するに攻撃しまくれば良いニャ!今度こそ首取ったるニャー!」
二人の兵士と猫系獣人種が、剣を構えて突進してくる。兵士の武器は長剣だが、猫女は両手に短剣を握っている。
取り敢えず兵士は後でどうとでも出来る。問題は猫女だ。純粋に素早いので確実に殺せない。仕留め損なったら逃げられてしまうかもしれない。それは老人もだが、まずは猫女だ。
三人が俺を包囲するように距離を詰めてくる。猫女を無力化する為に、ソイツの方へと歩いていく。
「ニャニャニャ!今度は仕留めるニャ!」
猫女が体勢を低くし、一気に距離を詰めてきた。左の短剣で自動展開した結界を叩き割り、吸い込まれるように右の短剣が俺の首に向かってきた。
「取ったニャ!甘いんだニャ!」
──カチンッ!
鋭い斬撃とは裏腹に、金属同士を打ち合わせた時の様な音が響き渡る。猫女は目を見開き、動作が止まる。──その隙を狙っていた。俺の右手はしっかりと猫女の左腕を掴んでいる。
ポーチから樽を取り出す。後は魔力を流すだけだ。
「ニャ!?放すニャこのノロマ!」
「…そのノロマに捕まっている君はどうなんだろうね?…死ね」
「ッ!ジーナ!させんぞッ!!」
「お師匠サマ!」
猫女を捕まえている右の手の甲を斬り付けられる。ただ樽を出しただけなのだが、この老人は勘が鋭いようだ。当然そんな攻撃で手放す訳が無いので、そのまま左手を樽に置く。
老人が樽と猫女の間に割り込み、足を出す。樽を蹴り飛ばそうとしているのだろうか。…もう遅い。
樽に魔力を流し込む。樽の中の液体が許容できる魔力を越え、臨界点に達した。次の瞬間、青白い閃光が後ろから斬りかかろうとしていた兵士ごと飲み込んだ。
この樽の中身は、『爆ぜ魚』の"特性"抽出して作った爆薬だ。液体に"特性"を定着させることも出来、かなりの威力を発揮する。
この小魚は、一応魔物に分類されている。と言っても、一匹一匹は非常に弱く、子供や老人でも対処することが出来るが、命の危険を感じると内臓が破裂する奇妙な魚だ。この内臓を取り除けば美味しいらしい。
問題は群れることだ。一匹が破裂すれば連鎖的に周囲のハゼも破裂する。そして、大規模な爆裂となって甚大な被害をもたらすのだ。
他の魔物もコイツは避けるので、大量発生する時期が存在する。
対処は眠っている間に陸に揚げて止めをさせば良い。簡単に聞こえるが、一匹でも起こしたら大変なので、湖に睡眠薬をばら蒔いたりして安全に駆除出来る。
大量のこの魚を材料に、この爆薬を開発したのだ。
樽の方にも工夫がしてある。作りはワイン樽と同じで内側に防水加工が施してある。そして木材は魔力を通しやすい特性を持つ魔木を使用してあるが、別段珍しい木という訳では無い。それに魔力を通しやすいと言っても木材の中ではという程度だし、強度もそんなに無いので魔道具に加工されることはまず無い。俺はなるべく量産したかったので採用したが。
青白い光が収まり、視界に色が戻ってくる。
爆発によって大きく吹き飛ばされたものの、俺にダメージは無い。元々この自爆を想定して作ったスーツなのだ。それに雷神龍の鱗を消費したので、更に丈夫になっているだろう。
民家の外壁に半分埋まっている身体を起こし、周囲の情報を集める。
兵士達も爆風に巻き込まれたからか、地面に蹲っているようだ。…そして、猫女は無事であった。周りの地面に肉片がちらばっており、猫女を守るようにして四肢がもげた老人が乗っている。
既に目に光は無く、死んでいることは確かだ。…この猫女に愛着でもあったのだろうか。




