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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第五章 安寧ヲ乱ス者
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XLIII 手遅れ

 皆の姿が車内にある。御者は居ないが、見られても構わないだろう。

「台地のことがバレているかもしれない」

「本当ですか?」

「いや、分からない。…ファーの街に居た先輩。あー名前は忘れたが、ソイツが言っていた」

「どうやって見付けたんだろうね」

「それは分からない。だが、先発隊というのが四日前に出たらしい。それに転移陣というワードも聞いた。…嫌な予感しかしない」

「転移、ですか?人間が扱えるような術では無いと思うのですが…」

「魔法具か何かかもしれない。…休憩なしで突っ走るけど、良いか?」


 時折、馬ゴーレムの魔力を補給する為に馬車から馬に跳び移ったりしながら駆け抜けて行った。日が落ちて先が見通せなくなると、カエデに頼み、光球を浮かべてもらった。

 魔力剣と水鉄砲を握り締め、先を睨む。子結晶はまだ青だ。まだ攻撃されていないと思いたい。


 夜が明けて少し経過した時だった。荒れ地を抜け、枯木の森の縁へとたどり着いた。

 道中に轍が確認出来たので、絶対に居るだろう。枯木の森からは馬車を降りて進もうかと考えていたが、連中は木を切断して無理矢理進んで行ったようだ。わざわざ降りて進む必要は無い。このまま台地の端まで馬車で行こうか。


 太陽が台地で隠れた。そして、目を凝らすと人影らしきモノが見えた。さすがに馬車が近付いてくるのには気が付いたようで、軽装の兵士達が武器を手に取って、叫んだ。

「そこの馬車!止まれ!何者だッ──」

 叫んだ兵士の喉から白い何かが生えている。そして血が吹き出し、白い何かを赤く染めていく。

 これは魔力剣を飛ばしただけだ。──人を、殺す。やりたくなかったことだが、仕方がない。


 馬ゴーレムを集団へ突っ込ませ、そこで散開した。馬に踏みつけられ、腕や足、頭を潰された兵士の悲鳴が響き渡る。

 近くの兵士に右手を向け、引き金を引く。空気の抜ける様な音が出て兵士の胸に穴を開けた。馬に砕かれた人間を横目で確認する。頭を踏み抜かれたのは死んでいるが、片足が潰れた人間と片腕が潰れた人間は残っている。二人、残っていれば良いか。


 そう考えていた所、兵士の一人が斬りかかってきた。しかし、動揺でもしているのか、俺でも見切れる剣筋だ。魔力剣を手放してポーチへ収納し、兵士の剣を掌で受けた。

「へへッ…。あれ、動かな」

 兵士の顔面に毒液を掛け、骨まで溶かす。剣の腕じゃ敵わないからな。得意分野でやらせて貰おう。


 背後から閃光が漏れ、肉が焼ける匂いが立ち込める。左手では次々と兵士の首が落ちている。右手では兵士の手足が凍り、氷の槍で貫かれている。皆強いな。


 二十人程居た兵士は、既に二人しか残っていない。その二人も戦闘は出来ないだろう。

 地面を這いつくばっている兵士の一人に腰を降ろし、相談を持ち掛ける。もう一人と比べて元気が良い方だ。

「やあ、気分はどうだい?」

「死ね!死ねッ!化け物がァッ!」

「生きて帰りたいと思わないか?」

「クソがッ!アズレトをッ!ベルナルトをッ!皆を帰せッ!」

「帰せって言われても、そこに転がっているじゃないか」

「ガアアアアッ!許さんッ!魔物風情がェ!人間の言葉を話すなァ!殺して──」

「…もういいや。もう一人に聞くよ」

 首を魔力剣で落とす。血が付いた剣身は地面に落とし、すぐに交換する。剣身だけなら掃除の要らない所が利点の一つだな。


 元気の無い方の兵士に元に歩いていく。顔は強張り、股関から液体が染み出している。この兵士なら相談に乗ってくれるだろうか。

「やあ、元気が無いね」

「…こ、殺さないでくれ。お、俺には妻子が居るんだ。だから」

「おお、そうか。生きて帰りたいよな?」

「あ、ああ!生きたいよ!」

「そうか。そうだよなあ。…これはポーションというものだ。知っているか?」

「ぽ、ポーション!やはりここには!くっ、くれるのかソレを!」

「お、知っているか。…幾つか質問に答えてくれたら、これは君のモノだ」

「何でも答える!だからソレをくれ!とても痛いんだ」

「答えてくれたらね?…ではまず一つ目。君はアルベージ帝国所属かい?」

「ああ、そうだ!しがない兵士だ!」

「では二つ目、君の仲間は何人居る?これで全員か?」

「ぜ、全員ではない。半数が高山に登った」

「三つ目、どうやって登ったんだ?」

「た、隊長の魔法具を使ったんだ!それで足場を作って!」

「そうか。では四つ目」

「ま、待てよ。腕から血が溢れてきた!少しだけで良いからよぉ、治してくれねえか?」

「…良いだろう」

 抉られた二の腕に、手に持っているポーションを垂らす。そのポーションは傷口全体に掛かり、効果を発揮した。

「へ、へへっ。凄げえな。痛みが止まったぜ」

「…では四つ目。これで最後だ。転移陣とは何だ?」

「具体的には分からないが、瞬時に移動できるものだ。それだけしか分からない。本当だ!」

「分かった。ありがとう。これで君のモノだ」

「あ、ありがとう!」

 兵士にポーションを渡し、その場を後にする。受け取った瞬間に兵士はポーションを飲み干した。それを確認してから馬車をポーチに収納し、カエデを抱き寄せる。そして、結界を展開し昇っていった。


「イブキ様、宜しかったので?」

「いい。どうせ死ぬ」

「あれって、薬じゃないの?」

「薬だ。毒薬の類いだけどな」

 先を急ぐ。あの兵士はまだ全員では無いと言っていた。未知の魔法具も所持しているようだ。それに下っ端は余り情報を持っていないだろう。あの兵士からは簡単なことが分かれば十分だ。


 台地に上がってから、ポーチから馬車を取り出して乗り換える。連中の残した轍を追い、馬を駆けさせた。まだ子結晶は青。まだ攻撃されていないと思いたい。

 地面は緩くないもないが、轍が出来る程馬車が重たいのだろうか。


 轍の先に、何かが見えた。…小さな村がここにあったはず。

 その記憶通りに村は存在していた。風に乗って血の匂いが漂い、人々の怒号や悲鳴が響いている違いはあるが。

 ──一足、遅かった。…いいや、まだだ。俺が囮になって村民を逃がす。連中は、殺す。

 全力を出すとどうしても周りに被害が出る。それを解決する為に、ヤナギ達に指示を出す。

「ヤナギ、カエデ、タイショー。村民を逃がすから、協力してくれ。それが終わったら竜王にこの事を」

「…私も、御供します」

「わたしも行くよっ!」

「いや、村民を逃がしたら、加減が出来ない方法を取る。お前達を巻き込んでしまうかもしれない。それは嫌だ」

「ですがっ!」

「けどっ!」

 ──キュウッ!!!

「…う。そう、だね…」

「ぐぅ。…怪我など、しないで下され」

「…ああ」


 ヤナギ達に解毒ポーションを飲ませてから、馬車を降りる。馬も丁度魔力切れのようだ。ポーチに馬車を仕舞い、水鉄砲と誘引剤を取り出した。王都へは走っても直ぐに着くだろう。


 この誘引剤は、前に使ったモノより濃い。一嗅ぎすれば、俺にのみ注目が集まるだろう。その瓶を頭の上で逆さにし、中の液を浴びる。量が多いので、気化する誘引剤が相当目立つ。

 準備は終わった、まずは村民の救助からだ。


 村の門には、心臓に穴を開けている人間が倒れていた。武装などしていない人間にコレ、か。事切れている村民から視線を切り、村中を進んだ。


「いいかぁ!?錬金術師っぽい奴は生かせよぉ!?ソレ以外なら、殺しても構わんぞ!」

「うは、高そうなネックレスちゃん!隊長ぉー!コイツどうしますー?」

「長なのかも知れんな!残しておけぇ!」

 アルベージの兵士が、村民を殺戮して回っている光景が、そこにはあった。

「へへへ。ん?何だこの匂」

 女児の服を強引に脱がそうとしていた男の後頭部に、毒液を射出した。調合した融解毒は男の頭を容易に溶かし、地面に倒れた。


「村民は任せた!救助を優先だぞ!」

「……承知」

「…うん!」

 ──キュ

 ヤナギ達に合図をし、広場に道化の様な歩き方をしながら兵士達の視線の先に躍り出た。なるべく注目を集めやすい動きを意識している。

「おい!何者だキサマぁ!」

「うーん?誰だろうねぇ」

 隊長と呼ばれた男に、一歩一歩近付いていく。そう言えば、魔法具を持っているとか聞いていたっけか。軽く警戒しながら、されど態度に出さない様にして距離を詰めていく。


「面妖な姿。魔物か?…いや、人間だな。任務の邪魔だ。死ね」

 隊長らしき男が剣を抜き放つ。融解剤の効果も手伝ってか、ヤナギ達の存在にすら気が付いて居ないようだ。気付かせない程、ヤナギ達が手練れなのもあるだろうが。

 男の剣は真っ直ぐに首へと降り下ろされた。

 ──パキッ!

「残念」

 結界の魔道具が発動し、一瞬だけ剣を止める。結界は直ぐに破壊されるが、その隙に男と距離を詰めて下顎に水鉄砲を押し当てる。引き金を引き、直ぐに距離を取った。


「ぐうっ!?水ぅえ」

 下顎に穴が空き、空気が漏れる音が聞こえる。これで頭は潰せた。

「どうした?隊長サンはまだ助かるよ?助けないの?」

 周りの兵士が俺へと殺到した。

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