XLII 閑話【帝都】
『ある熟練冒険者』
私の名はシャロン。Aランクの冒険者だ。
真紅の茨というクランに所属している。このクランはアルベージ帝国最大規模と言っても過言が無い。最高の環境だ。
本部は帝都にあるのだが、支部も多数存在している。その中の一つ、ファーの街支部に私は配置されている。帝都に比べれば田舎だが、長閑なのも悪くない。
私達がこの街に配置されているのは、脅威となる魔物や人間から国民を守護する為。そして、新人を勧誘する為、だ。
今日もその候補と会話をした。金髪碧眼の彼女は茶色のローブを着込み、肘まである黒い手袋をしている。首辺りに同じ様な黒が見えるが、そこまで長いのだろうか。両目の下に小さな三角形の刺青があるようだが、何か意味はあるのだろうか。
彼女はイブキと言うらしい。ここら辺の名前では無いな。
彼女の側には常に金に近い髪の女性に、緑髪のご老人の二人が付いている。私が目を付けたのはこのご老人だ。仲間に聞いたが、このご老人が凄腕らしい。
要するに、イブキくんさえ引き込めれば、この二人も付いてくる。ということだ。
察するに、どこかの暴落した貴族って所ではないだろうか。剣の腕は未熟なお嬢様、魔術を嗜むメイド、剣を極めた老執事。名前がここら辺のモノでは無いのは、他国から逃げてきたのではないだろうか。
良いなぁ。ロマンあるなぁ。
ある時と境に、ぱったりと彼女達の姿が消えた。他国へ逃げたか、死んだか。
ギルドに少し聞いた所、刀鹿の角を納品する依頼を受けていたようだ。それから二週間程経過した。どこか行き倒れている可能性も考慮し、空いた時間に仲間と刀鹿の生息しているノルリスク草原に探しに来た。この刀鹿は中々警戒心が強く、遭遇事態しにくい。見付かれば良いのだが。
「イブキくん達居ないねぇ」
「もう他国に逃げたんじゃねえの?帰って呑もうぜ」
「…時には諦めるという選択肢もある」
「え~、そんなぁ」
「依頼期間は長いんだろ?他で時間を潰している可能性もあるかもしれねぇぞ?」
「うーん?そうかなぁ」
彼女らの探索は諦め、ファーの街で有力な新人を探していた時であった。ひょっこりとイブキくん達が顔を出したのだ。刀鹿の角を持っているということは、角を入手した後、どこかに居たということだ。そして戻ってきたということは、この国が嫌になった訳ではない。
早速勧誘だな。
…勧誘はしたが、断られてしまった。とは言え他国には逃がしたくない人材だ。そこで、帝都をオススメしておいた。これで彼女の興味が帝都に向いてくれると良いんだが。
…次の日、またイブキくん一向の姿が消えた。帝都に行ったと考えてもいいのだろうか。
丁度本部での集会もある。長らく参加していなかったが、久し振りに行ってみようか。イブキくんのついでだが。
予定を終わらせ、荷物を纏める。仲間は同行しないようだ。少し寂しいな。
帝都のギルドは、四軒存在している。そして結論から言うと、居た。いつもの三人では無く、イブキくん一人だけだったが。
…逃がしてなるものか。本部を見れば考えが変わるはずだ。人も設備も支部よりずっと充実している。冒険者が動きやすい環境なのだ。私もそれで真紅の茨に決めた。
まずは興味を持たせる所から、だな。
その四日後、イブキくんは姿を現した。彼女の興味を引かなければいけない。何かあるだろうか。
槍に興味を示したようだ。なら、『白霧の迷宮』の話はどうだろうか。…興味を示した。彼女らを制圧に連れていっても良いかも知れない。私達の働きっぷりを見れば、クランの──。
あれ?イブキくんの姿が消えた。…体調でも悪いのだろうか?また逃げられてしまったな。今度は逃がさないよ!
その"今度"が来ることは、無かった。
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『ある魔人の子』
その子供は常に餓えていた。それと同時に恐かった、ヒトの目線や底無しの悪意、それに家族が動かなくなる記憶。
その子供の父親は、もうこの世に居ない。父親は狩りから戻ってくる時に獣人種であることが露見され、衛兵に殺された。その光景を見ていた。出ていこうとした時、母親に止められた。何も出来なかった。
母親は存命だ。だが怪我、病気、飢餓が重なり衰弱している。もう何日も動いている姿を見ていない。一人に、なってしまうのは、嫌だ。そう思っているが、何も出来ない。子供はこの上ない程無力であった。
ガラクタを寄せ集めた様な住処の集まり。貧民窟と呼ばれる所だ。まだ父親が存命の時に聞いたが、帝都の壁を保護する為、魔物の襲撃があった時にクッションとなる様に残されているらしい。
…帝都ってどんな所なんだろうか。憧れもあるが──、それよりも憎い。出てくる彼らは皆笑顔だ。笑顔で、貧民窟の住人を見ている。時折小銭を投げ入れて群がる住人を嘲笑っている。
憎い、けど恐い。私の耳や肌を見たら──。考えたくない。おウチに帰ろう。
その子供の母親は動かない。言葉を投げ掛ければ反応してくれるが、それ以外の時間を眠ったようにして動かなくなる。返してくれる言葉を求め──、口をつぐんだ。反応するだけで辛そうだ。
もう、時間が残っていないのだろう。わたしが、私がどうにかしなきゃ。子供は、食べ物を探しに、暗い内から出ていった。
もう何時間も貧民窟をさ迷っていた。ヒトに見付からないように、身体の小さな子供しか通れない様な通路を進んでいた。
原型の分からない嘔吐物──は、食べたら病気が酷くなってしまう。何かの骨──、食べる所がない。カビの生えた黒パン──カビを取れば食べられる。
そのパンが落ちていた場所が、通りに近かったことが頭から抜けていた。今まで近付いたことのない場所であった。パンに手を伸ばして、内ポケットに突っ込んだ。これがあれば少しは───
「ねえ、君」
目の前には、ローブを着た人間が居た。…怪しまれないように、ゆっくり逃げなきゃ。そう思った途端だった。
「魔人種って知ってる?」
え、何でバレてるの。逃げなきゃ。今すぐ。そう考えた時には、捕まっていた。
そのヒトは袖から薬を取り出した。その子供はポーションを見たことが無かったが、父親が話していたことがあった。父親の父親の故郷には、瓶に入った薬を作るヒト達が居たとか。咄嗟に腕を伸ばしたが、届かない。
そのヒトは願いを叶えられるかもしれない、と言った。変なヒトだ。魔人だと分かっても見る目が変わらない。このヒトなら、母親を助けられるかもしれない。このヒトが悪魔でも、助けてくれるなら。
そう、思い。母親の元に案内した。
その子供と母親の姿は、不思議な布の箱の中にあった。この変なヒトはイブキという名前のようだ。そのヒトは変な色の薬を子供と母親に手渡し、その場を後にした。
「…リリ、これ、飲もう、か」
「うん」
変な味がするお薬だ。実際、味なんて考慮していないモノなので、飲めたものではない。だが、食べ物を口に出来るだけで幸運な彼女らは、飲み干すことが出来た。
「リリ、これ、からは、御主人、様に従う、のよ」
「ご主人様」
「そう、私達を、差別しない、人、だから。御主人、様に、命を、預けるの、よ」
「分かった」
母親の容態は改善していった。ご主人様は何もない所から物を出したり出来る不思議な力があるようだ。猪の狩りに同行して、母親に相手をさせたり、わたしに相手をさせた。ぼんやりとしか覚えていないけど、倒せなかった。そしてそれをご主人様は咎めなかった。…やっぱり変なヒトだ。
それから数日経過した日のこと。ご主人様の焦燥した形相で帰って来た。台地がどうとか行っていたけど、詳しいことは分からない。
ご主人様は、暫く戻ってこないと言った。暫くっていつだろうか。
ご主人様と二人は、どこからともなく現れた馬車に乗り込み、駆けていった。お薬が沢山と、食べ物を置いて。
「リリ、テントの中に運んで」
「うん」
そして、言われた通りに待った。
その数日後のことであった。聞いたことのない大きな音が辺りに響き、慌ててテントから出た。
音が聞こえた方向を見る。帝都から、大きなお城のてっぺんから煙が上っていた。




