XXXIX 特異な魔人
母親に俺が羽織っていたローブを着させ、背負う。とても軽い。子供の方は準備が終わったようで、風呂敷のように広げた布に荷物らしきモノを詰め、包みを背負っている。準備と言っても、少量のガラクタようなモノしか詰めていなかったので必要あるのか分からないが。
家屋を出て、スラム街を抜ける為に歩く。…誘拐でもしている気分だが、捨ててあったものを拾っただけだ。ほんと、この帝国は勿体無いことをしているな。他の国は分からないが。
背負っている母親は、ローブのお陰なのか余り注目されていない。所々で喧騒も起きているようだ。早めに抜けたいな。
スラム街を抜け、帝都と反対側に進む。幸いにも変な輩に絡まれることは無かった。ローブのお陰なのか、ヤナギが睨みを効かせているからか。
前日にテントを張った場所と近い所に母親を降ろし、野営の準備を始める。前に使っていたテントを母子用に出す。ペラペラの薄い奴だが、気温も低くない。風邪などは引かないと思うし、他人が居ると安心して寝られなかったりするだろう。
「ヤナギ、粥を作っておいてくれ」
「承知」
「カエデとタイショーは休んでおいてくれ。色々聞き出してみる」
「わかったよ」
──キュ
母子の所へと赴き、母親を持ち上げる。タイショーの声だけが聞こえて、驚いているようだ。別に今教える必要は無いので、古いテントへと運んだ。
テントに母親を寝かせた後、子供が入ってきた。土足だが、別に良いか。そして、腰を落ち着かせ、話を聞くことにした。
「さて、君達には色々と話を聞きたい」
「は、い」
「その前に、俺の名前はイブキだ。君達は?」
「リラ、で、す」
「リリ」
「リラとリリ、ね」
珍しい名前だ。やはりこの国出身では無いのだろう。もう少し詳しい事情を掘り下げる。
ヤナギが粥を作ったようなので、話を聞く前に母子に食事を与える。まともな食事を食べていないと思われるので、通常の食事よりも消化に良い粥にした。子供は自力で食べられるが、母親は腕が動かせないらしい。俺が食べさせようかと思ったが、子供が親の口に粥を運んでいた。俺がやるよりは良いだろう。
食べ終わったようなので、本題に入る。ペンと紙を取り出して、一応記録しておくことにする。後でヤナギ達に見せれば説明が簡単だと考えたからだ。
「さて、幾つか質問がある。答えてくれ」
「…は、い、御主人、様」
「はい、ご主人様」
「…え?ご主人様?」
「仕える、のならば、それが良いと」
「へえ、まあ呼び方は何でも良い。一つ目の質問だ。君達の種族は魔人種、だよな?」
「…?は、い。魔人種、です」
「そうか」
お互いの魔人種に対する認識が、台地と違う可能性もあるかもしれない。大地の魔人種なんて初めて見た。色々聞きたいことがある。
「魔人種というのは、どうやって成るか知っているか?」
「…ある日、突然なるモノ、だとしか」
「夫は居ないようだが、夫も魔人種か?」
「いいえ、夫は狼系獣人種、です」
子供が魔人種なら夫も魔人種なのだろうと思ったが、どうやら違うようだ。よく遺伝したな。
「リラ、だったか。生まれはどこだ?」
「イラメラ山脈、です。そこの、中腹の洞穴で、生まれました」
「親の種族は?」
「両親は二人とも魔人種、です」
「そこで代々隠れ住んで居たのか?」
「いえ、両親は、魔人種が集まった村、で生活、していたようです。ですが、この国の人間に見つかり、逃げてきた、そうです」
魔人種の村。今は存在してなさそうだが、村を作れるほどの人数が居たという事だ。しかし、追い払うことが出来なかったのだろうか。
「魔法は使えるか?」
「…いいえ」
「そうなのか。では身体的特徴とか」
「私は、特に。娘は、獣人種の特性を、引き継いで、います」
「獣人種の?」
「リリ、脱いで見せて」
「はい」
子供がローブを脱いで、その姿を露にした。紫色の肌に紫色の髪色。肌の方はかなり薄い紫色で髪は濃い紫色だが、ここまでは母親と同じだ。だが、頭頂部には獣人種に良くある獣耳が鎮座しており、背中から尻尾らしきモノが覗いている。
獣人の特性を持った魔人種なんて、見たことも聞いたこともない。恐らく夫である狼系獣人種の特性なのだろうとは思うが、混ざるとは。
本来魔人種にある筈の無いパーツが何故あるのだろう、と考えていると子供が服の裾に手を伸ばし、更に脱ぎ始めた。この子供も母親と同じ様に骨が浮き出ており、余り良くない状態ということは分かる。
服を全て脱いだようで、ペタリと床に座る。血の濃い獣人種ならば全身に毛皮を持っていたりするのだが、前から見た感じだと血はかなり薄いようだ。念のため後ろも見せて貰う。
「後ろを向いてくれるか?………もういい。服を着てくれ」
背中にも毛は伸びていない。獣人種の一部特性を持っただけの人種、という認識で良いだろう。今は弱っているので、身体能力等は測れない。いつか測りたいな。
「夫はどこで出会った?何か特別な出自だったりするのか?」
「夫とは、反アルベージ帝国、レジスタンスの隠れ集落で、出会いました。彼の両親はどちらも、狼系獣人種だと、聞いています」
「レジスタンスは、まだあるのか?」
「レジスタンスは、三年前に、密告者が現れ、壊滅しました」
「三年間どうやって生活を?」
「夫と、娘とで、貧民窟に隠れ住み、ました」
「…今、夫は?」
「一ヶ月程前に、帝国の兵士によって、殺されました。遺品は、そこの指輪、です」
母親の視線の先を見ると、子供が持っている包みがあった。子供が包みを開けると、ガラクタの中に、小さな青い宝石の入った指輪が出てきた。
「指輪は売らなかったのか?」
「一つだけ残った、夫の遺品、ですから。それに、魔人種だと、売ることさえ、出来ませんから」
売るつもりも無かったし、そもそも売れる環境では無かったと。それに、被差別種族だと取り上げられたり、殺されて終わりになってしまうか。
「この国を出ようとは思わなかったのか?」
「夫が、レジスタンスに襲撃を受けた時に、怪我をしました。傷が癒えたら、他国へ逃げようと、考えて、いたのですが。私が、体調を崩し、移動できなく、なってしまい、ました」
「その変な膿が出る病気は知っているか?」
「分かりません、でも、流行り病のようなモノで、人に移ります」
「治し方に心当たりは?」
「分かりま、せん」
今は大分良くなったと思うが、まだ完治はしていない。魔人種の生命力で抑え込んでいたのかもしれない。体調さえ良くなれば改善するかもしれない。
「…まあ、こんなモノかな」
「御主人、様。私が駄目、でも娘は」
「…出来る限りのことはやるさ。調薬師の名が廃る。…あ、そうだ。ちょっとそこ空けてくれ」
母子をテントの横に寄せ、ポーチから箱を取り出す。これは試作品や失敗作を放り込んである箱だ。ポーチの特性上、少しでも使う材料が違うと別のアイテムとして判断されることがある。だが、バラバラな種類のアイテムでも空き箱等に詰めれば一つの枠を消費するだけですむ。これは裏技みたいなモノで、枠の少ない初心者から試作品を大量に制作する熟練者まで使える便利な技術だ。
その中から一つのポーションを取り出す。対病魔ポーションだ。"病魔"というのは、魔力で作ったウイルスのようなモノだ。あるダンジョンの魔物が使い、解毒ポーションでは完全に治せないので、厄介な状態異常だ。
その魔物への対策として作っていたのだが、そもそも弱っていないと病魔状態に掛からないし、掛かっても数分で完治していたので幾つか作って放置しておいたモノだ。そして、病魔にも対応した解毒ポーションが流通しだしたので、死蔵されていたのだ。ただ、これは対病魔に特化したポーションなので、効果があるかもしれない。
「これを飲んでくれ。…よし、では身体を休めてくれ。トイレとかなら呼んでくれよ」
まだ弱っているので使えないが、彼女らの使い道を考えておいた方が良いな。そう考えながら、ヤナギ達の居るテントへと戻っていった。




