XXXVIII 魔人種
スラム街を進んでいくと、明らかに手入れされている装備の人間とすれ違うことがあった。これは裏ギルド的な組織があるとかだろうか。この都で奴隷売りが多いのと関係してそうだな。
かなり奥まで来ても物乞いが無くならない。病気らしき症状の人間が横になっていたりする中で、路地裏を見ると子供らしき人間がゴミを漁っているのが見えた。そのゴミは腐った果物らしき物体だ。そんなのを食べていて大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な訳がないだろうな。
ゴミを漁っている子供を見ていると、ふと違和感を覚える。薄汚れたローブを羽織っているのは別におかしくないが、時折覗く手が紫色をしている。最初は影になっているせいかと思ったが、足を止めて観察した所、肌自体が紫色をしているのに気が付いた。謎の病気とかで肌が変色しているのかもしれないが、それにしては動作が素早い。これはもしかして──。
「イブキ様?どうかなさいましたか?」
「あの子供さ、魔人種じゃないかな」
「え?どこっ?」
「…ふむ、確かに人種の気配ではありませんな…」
「イブキ、どうするの?」
「…ちょっと話を聞いてみようかな」
その子供がいる路地裏へと足を踏み入れて、子供の元へと赴く。この国では人種以外は基本的に虐げられているので逃げられそうだと判断し、逃げ道、路地裏の奥へと続く道を身体で塞ぐ。やっていることは悪人みたいだが、本当に魔人種か確認するだけだ。別に犯罪でも何でもない。
「ねえ、君」
「…?」
「魔人種って知ってる?」
「!」
「おっと!」
魔人種というワードを出した瞬間、当然のごとく逃げ出そうとした。犯罪の光景にしか見えないが、本当に、本当にそうではない。
魔人種は人種が後天的に変化して成る者で、一応遺伝はする。が、子供が魔人種として産まれてくる確率が非常に低い。特に、魔人種と通常の人種が交わったときは、殆ど魔人種にはならない。これが亜人種なら可能性が出てくるが、それでもやはり低い。そして魔人種同士ならばほば魔人種にはなる。今度は妊娠する確率が低くなるが。
台地には存在していなかったが、この大地にはもしかしたら魔人種の集落というモノがあるかもしれない。なら是非味方つけたい。それくらい魔人種は貴重な存在なのだ。
「ヤナギ、防音頼む」
「承知」
「…ぇ、ゃ」
「…別に取って食いやしない。そして俺はこの国の人間じゃない。話がしたいだけだ」
「…っ、どこの国なの?」
「どこでもない、とだけ。嘘ではないよ」
台地のことは極力出したくない。こんな子供でも裏を取られたらすぐに台地のことが露見するだろう。幸いだが、台地の周囲は不毛の土地だ。何もなければ興味を示されないだろう。
「君、親は?」
「…」
「孤児か?」
「…」
「参ったな…」
まあ、信頼される筈がないだろう。なにか証拠となる品とかあっただろうか。
「うーん、じゃあこれ。魔道具だ。ほら、ここ。この国には無い魔法陣だろ?」
「…分からない」
袖から出す振りをして、ポーチから結界の魔道具を取り出す。指輪型の結界生成装置で、余り強度は無い。が、分からないか。そりゃそうだよな。
他の証拠になりそうな物は──。
「これはどうだ?濃縮されたポーション。私が作った物なんだけ──」
「!!」
「おっと」
ポーションを見せた瞬間、子供の手が伸びそうになったのでポーションと距離を置かせる。
…反応したな。身内に怪我人でも居るのか。
「お薬」
「うん。薬だけど」
「…それ、病気治りますか?」
「病気か…、怪我ならすぐなんだが…。治したい病気の種類にもよるな」
「それ…」
「譲らないよ?…事情を話してごらん?」
「…」
「なんで薬が欲しいんだい?」
「…」
「私が君の願いを叶えてあげられる。…かもしれないよ?」
「……お母さん、病気」
「お母さん、ね」
魔人種かそれ以外か。それとも養子なのか。
「お母さんの所まで、連れていってくれるかい?」
「…ついたよ」
建物の境界線すら分からないボロ屋。その一室に案内された。腐敗臭すら漂う場所だ。あんまり長居はしたくないな。
四畳も無い部屋の片隅に、人一人分の大きさの塊が置いてあった。皮膚は黒ずんで腐り、投げ出された腕は細かい傷が無数にある。よく見れば胸辺りが微かに上下しており、まだ息があることを思わせる。
「ただいま」
「…お、かえり。なさい…」
「初めまして」
「!…誰、です、か」
「誰だって良いです。お子さん魔人種ですよね。聞きたいことがあるんですが」
「あ、ぁぁ。そ、んな…」
「私は他国の人間です。魔人種と共存してます」
「ぇ。…あ、りえない。で、す」
「そんな国があるのです。さて、本題に入りたい所ですが、…会話が出来なさそうですね」
「…お願い、します。お母さんを、助けて」
…ただ助けるだけでは勿体無いな。この親子、放置しておいても死にそうだ。なら、是非ウチで雇いたい。魔人種なんてレア中のレアだ。仕事なら幾らでもある。
だが、裏切らないかは心配だ。…こういう取引はどうだろう。
「ウチで。いや、私に仕えてください。一生です。…その代わり叶えられる願いなら叶えますよ」
「お母さんを、助けて、ください」
「…よし、分かった」
俺は地べたで横になっている母親へと近付き、話し掛ける。
「あなたのお子さんが、あなたを助けて欲しいと。…あなたも魔人種ですね。なにか願いはありますか?」
「……わ、たしの、こと、はいいです。むす、めを、匿っ、て、くださ、い、ません、か?」
「娘を匿う。ではあなたは私に仕えてください。一生ですよ?」
よし、言質はとったな。…なんか悪魔にでもなった気分だ。一生とはちょっと大袈裟だが、余りこちら舐められても困るからな。ただ、願いを叶えられるかどうかは分からない。母親の傷がただ膿んでいるだけかと思ったが、近くで見るとそれとは違う気がする。全力を尽くすが、耐えられるだろうか。
改めて母親の身体を観察する。遠くでは見えなかったが、どうやら肩から先の右腕が無いようだ。そして左腕には無数の傷があり、膿んでいる傷口もある。顔にも膿はあり、紫色の皮膚が辛うじて確認出来る。頬は痩け、栄養失調でもあるようだ。
「…この布切れ取っても良いですか?」
「は、い…」
布切れ、というか掛け布団であろう薄い布と衣服であろう布だ。ただ掛けている布は退かせば良いが、衣服は脱がせられない。ナイフで切り取ってしまおうか。
「動かないでくださいね…」
魔物を剥ぎ取る為にと買っておいたナイフを取り出し、衣服を切り裂いていく。そうして地肌は露になったが、状態はかなり良くない。痩せ細り、浮き出た肋骨が目立つ胸部。脇腹や下腹部、両足にも膿が発生している。…大地特有の病気、だろうか。
水の入った木の桶と清潔な布切れを、ポーチから取り出す。流石に水の入った桶は誤魔化せないだろうな。別にこれくらいは、バレても支障はない。
「これについては追及は無し。他言無用で」
軽い口止めをした後、幾つかのポーションを取り出す。体力回復のポーションや傷を塞ぐ為の弱いポーション。そして消毒用の毒ポーションだ。ポーションで体力を回復させた後、傷口の膿を取り除き、消毒する。当然だが、医療の知識は無い。俺が出来るのはこれくらいだろう。
「これを飲め」
「…ぅ…く」
母親の口に瓶を押し当てる。意外にも自力で飲めるだけの力が残っているようだ。曲がりなりにも魔人種だ。もしかしたら、まだ余裕があるのかもしれない。
「耐えてくれよ」
毒ポーションに浸したナイフで膿を抉り取る。そして露になった新しい傷口に、治癒ポーションを垂らし、傷に薄膜が出来る。それを繰り返した。膿は何かに使えるかもしれないと考え、空き瓶に落としていく。これで良くなれば良いのだが。
「ふう、こんなモノかな」
まだ細かい膿が残っていたりするが、これ以上は時間がない。この奇妙な病気は、環境が悪いのも後押ししているのだろう。母子をどこかに移さなければいけない。
「…生きてるか?」
「…は、い」
「お、良かった。気分は?」
「あ、まり。良くな、いです」
「そうか。ところで、環境が良くない。場所を変えようと思うんだが、荷物はあるか?」
「リリ、用、意して」
「うん、分かった」
子供が部屋を駆け回り、準備をし始めた。




