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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第四章 再び外界へ
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XXXIV 冷凍保管庫

 商会へと帰り、従業員用通路を歩く。

 ヤナギとルティエラはどこに居るのだろうか。取り敢えずルティエラの私室へと歩いていると、従業員が向こうから歩いてきた。丁度良い、聞いてみようか。

「ちょっと聞いても良いかな?」

「え?はい、何か」

「ルティエラはどこに居るか知ってるか?用があるんだ」

「えーっと、商主でしたら旧商店の方に居ると思いますが」

「旧商店…、あそこか。有り難うね」

「…あのう、ウチの商主とどんなご関係で?」

「まあ、近々紹介して貰うから」


 旧商店、俺が立てた方の店へと足を運ぶ。すると、従業員と何かを話しているルティエラを見付けた。

「──この商品は日に当てないで下さい。では宜しく頼むよ」

「あの、商主。後ろ…」

「ん?後ろ?…あっ、オーナー!びっくりしましたよ!もう!」

「あはは、ごめん。邪魔しちゃ悪いと思ってな」

「帰って来たなら言って下さいよ!…それで、後ろの方々はどなたですか?もしかして」

「俺と同じ訪問者だな。こっちの女性はシズカ。そしてこっちはコヨミだ。訪問者の間ではかなり有名だった人達だ」

「あ、僕はルティエラです。以後お見知り置きを」

「ああ、よろしくな」

「フム。よろしく頼むぞ」


「ヤナギさんですか?内庭に居ると思いますが」

「シズカがヤナギと知り合いらしいんだ」

「でしたら案内しますよ。着いてきてください」

「…なあ、我の魔法陣は?」

「ルティ、預けた魔物の死骸って残ってたか?」

「死骸ですか?タイショーさんに頼んで全部氷付けにして保管してありますが、どうかしましたか?」

「お、おおお。あるのか!やったぞ!」

「コヨミが見たいらしくてな。後で案内してくれ」

「ええ、良いですよ」

「み、未知の魔法陣!というか自分で探しに行きたい…!」

「後で見せてやるから。後で、な」


 内庭という言葉にぴったりな場所に来た。地面には芝生のような植物が繁茂しており、所々に剥き出しの地面が出ている。天井は無く、夕焼けの暖かい光が辺りを照らしている。そして、内庭の中心付近には大きな木が植わっている。

 内庭の片隅にヤナギの姿はあった。四角い小さな植木鉢の前に立ち、ハサミで枝振りを整えている。俺の記憶にある盆栽と似ていると一瞬思ったが、良く見ると植わっている植物がおかしい。風が吹いている訳でもないのに、枝先が揺れていたりしている。魔木の一種なのだろうか。

「ヤナギー!ただいまー!」

「む、イブキ様。お帰りなさいませ」

「ヤナギさん。お久し振りです」

「貴女は…シズカ殿ですな。お久し振りです」

「わあ、覚えていてくれたんだ!…それ盆栽ですか?」

「ボケてはいられませんからな。盆栽…それの真似事ですが。こういうのも良いものですな」


「な、なあ。我の魔法陣…」

 ヤナギとシズカとの会話を聞いていると、コヨミがローブを引っ張ってきた。そろそろ痺れを切らしたのだろう。

「あはは、倉庫に行こうか」

「あ、僕も行きます。倉庫の案内しますよ」

 そわそわしているコヨミを連れて倉庫へと向かった。倉庫は俺も何度か来たことがあるが、内部の詳しい構造は知らない。部屋が小分けになっているらしいが。


「ここが冷凍保管庫です」

 倉庫に入った後、一つの鉄の扉の前で足を止めた。

「室温は冷房の魔道具で一定に保ってありますよ」

「こ、ここに外界の魔法陣が…!」

「では開けますよ」

 ルティエラが扉に手を掛け、扉を開く──。

「あれ?おかしいな…っ!」

 扉は微動だにしなかった。ルティエラが何度も扉を引くが、扉はピクリともしない。

「ルティ、どうした?」

「…どうやら扉が凍り付いているようですね…!」

「ちょっと引いてみて良いか?」

「ええ、大丈夫です」

 ルティエラが扉の前から退き、俺が扉の取っ手に手を掛ける。ひんやりと冷たいが、そこまでではない。内部の熱がある程度遮断されているようだ。思い切り取っ手を引っ張るが、びくともしない。…これは冷蔵庫に食品を入れすぎて起きる現象と同じなのだろうか。スーツでも着ていれば多少の力は出ていたのだろうが、台地(ここ)では着ていない。まあ、着ていてもこれは無理かもしれないが。


 暫く引っ張っていたが、無理だった。これを解決する方法はあるのだろうか。

「ぐぬぬぬぬ…!!」

 今引っ張っているのはコヨミだ。魔導師と自称しているコヨミだが、身体強化魔術は覚えていないらしく、素の力で扉と格闘している。

「こ、こうなったら、我が魔術で扉ごと吹き飛ば──」

「やめてくれ!」

 コヨミがポーチから短杖を取り出したので、慌てて止める。こんな所で魔導の片鱗を見せてくれなくても良い。何か代案は無いだろうか。

「ルティ、この部屋の魔道具は止められるか?扉の熱遮断とかも」

「ええ、出来ますよ!ちょっと待っていてくださいね!」


 ルティエラがどこかへと駆け出した。暫くして戻ってきたが、変化が分からない。

「この部屋の冷房魔道具と熱遮断の魔法陣を停止してきました。オーナー、どうするのですか?」

「これを」

「炎の魔剣ですか?」

「こうだ!」

 取り出した炎の魔剣を扉に押し付ける。そして少な目に魔力を流し、剣身を熱していく。…正直これしか方法が思い付かなかった。

「そ、それなら我の力も振るえるな!」

 コヨミが起き上がり、短杖を構える。だが、魔導師の振るう魔術だ。扉ごと溶かしそうで怖い。

「…扉は溶かすなよ。扉を固めている氷を溶かして、取り敢えず扉を開けるんだ!」

「フム。了解した!我が魔導の真髄をお見せしようではないか!」


 扉の前にいるのは怖かったので、コヨミの隣まで離れる。少し冷静になってみれば、こんな所で魔導を見せ付けられても反応に困るのだが。

「あのぉ。僕、タイショーさんを探して来ますね」

「見るが良い!『空気を熱せよ!"熱風"!』」

 コヨミの口から出た呪文が魔術を構築する。呪文はとても短いが、何か仕掛けはあるのだろうか。

「随分短い詠唱だな」

「フン。魔導師ともなれば当然よ!」

「本当の所は?」

「魔術の発動体を仕込んであったのだ!」

 魔術は魔法陣を通したり特定の属性の魔物の素材を利用することで、呪文を省略したり、呪文も要らずに発動出来る。というのを聞いたことがある。俺自身が魔術を使わないので、詳しいことは分からないのだが。


 熱風の魔術で扉が熱せられていく。一回熱しすぎて扉が変形しそうだったので止めたが、順調に熱することが出来ている。

 今俺はロープを取っ手に結び、引っ張っている。流石に熱風が当たる場所を素手で触るのは気が引けるので、この方法だ。

「良いぞコヨミ!開きそうだ!」

「くっ!威力を上げるならまだしも、絞るのはキツいな!」

「いけるぞ!もう少しだ!」

「やってやるぞ!魔導師の名にかけてな!」

 ロープを握る手に力を込める。ゆっくりとだが扉が動いている気がする。いや、気のせいだな。全く動いていない。これは時間が掛かりそうだ。だが、やってやるぞ!

「あのう、タイショーさんを連れてきましたけど…」

 ──キュッ!

 ──バチャっ!

「あ」

「…あ」

「開いちゃいましたね、オーナー…」


「ありがとな。タイショー、ルティ」

 ──キュ

「なんか邪魔しちゃったみたいですが…」

「いや、時間を無駄にせずにすんだんだ。問題は何もない」

 目的の半解凍した混沌大熊の頭部を手にしたコヨミは、じっと魔法陣を観察している。俺は魔法陣なんて専門外中の専門外なので良く分からないが、魔術を極めようとしている彼女には興味深いのだろう。

「イブキ、指でこれを刻んだと言ったな?」

「うん?そうだよ?」

「この溝…熱で焼いた場所に魔力を溶かし込んだのか…?だがそんなことが…。フム。興味深い」

 なにやらブツブツと独り言を呟いているが、余り理解出来ない。ただ、外界のギルド職員がやった魔術は見たことがなかった。台地には無い技術だということだけは、俺にも理解出来る。


「ふう、満足だ。やはり外界は未知に溢れているな!」

 観察が終わったようなので、内庭に戻ろうことにした。

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