XXX 閑話【書庫】
章末のこぼれ話的な回です。
私達が普段何気なく使用している魔術。便利な技術だが、詠唱や魔法陣を経由しなければ発動しないのが難点だ。
そして魔物が使用する魔法。彼らは詠唱も魔法陣も使わずに現象を引き起こすことが出来る。これは人間には真似出来ない技術である。魔物の相手をする時は非常に厄介だが、だからこそ神秘的で美しいのだと私は常々思っている。この情熱を皆に理解して頂きたい。
話が逸れたな。つまり魔物と対峙する時は不意打ちに注意せよ、と言うことだ。次のページには魔物が魔法を使用した際の対処法が記載されている。是非参考にして欲しい。
ちなみに、だが。私のイチオシは"迷夢蟹"だ。あの常に幻影を生み出している意味のよく分からない存在感が、私の目を惹き付けてやまない。冒険者に依頼をして一匹捕獲して貰ったが、かなりスキンシップが激しいのだな。ひんやりとした質感と鋏の圧倒的な握力。うちのミルズちゃんは──(割愛)。
『キラファ魔術学院発行 キラファ魔術教本P37から抜粋』
『原書は現存 改正は無し』
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魔導師シャランデュの身体調査結果の報告。
集落の全滅を伝えた所、魔力の大幅な高まりを確認。火と風の混合魔術を無詠唱で行使した。ただし、構築した魔術は大変不安定で自分自身を巻き込む結果となった。
職員一人が火傷。奴隷一体の損失。補充の申請。
─タイロン博士のメモ─
痛覚を刺激しながらだと発動出来るのだろうか。
次は拷問だな。
『アイギラス帝国 調査報告書3ページ目』
『原書は焼失』
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*月の▲
先天性の魔力欠乏症を持つ男児が当医院で産まれた。彼の身体は空気中の魔力を取り込むこと、排出することは出来るが、利用することが出来ない。何とかしてやりたいが、回復魔術もポーションも効果がない。明日再び聖堂で書物を漁りに行くが、治療の糸口は見付かるのだろうか。
☆月の▼
例の患者の容態が悪化した。魔力を扱えないだけで成長に異常は無かったはずだが。治療の為に複数の魔術師に依頼をしていたが、全てキャンセルする。魔力の使用を拒絶しているのだ。もしかしたら、魔術が駄目なのかもしれない。
☆月の△
治療を停止しても良くならない。薬師に相談をして、ポーションを受け取る。これで良くなればいいのだが。
☆月の▽
ポーションを与えて、3日。患者の容態が好転した。原因は分からないが、彼の身体には魔術が毒になるのかも知れない。魔術は使わずに生活して貰うとしよう。
☆月の◆
あの患者が今日退院した。寂しくもあるが、彼の人生には難題が付き纏うだろう。後で分かったが、彼の生家はヒイラス家の屋敷に遣えているようだ。あそこなら大丈夫だとは思うが、折角拾った命だ。頑張って生きて欲しい。
『シガル王国 ガイスト医院 医院長の日記』
『原書は喪失』
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─ファクトニュース!─
昨日、教皇直属の魔導師団の魔術研究発表がありました。
魔術の獲得と魔力の操作技術との関係に進展があったそうです。今までは魔術は取得すればするほど良い、と評価されていました。しかし、魔術の獲得は獲得魔術の操作技術は向上しますが、それ以外の魔術や純粋な魔力操作技術は低下してしまいます。
一つの属性を極めるならば問題はないのですが、純粋な魔力を扱うことのある錬金術師や、特殊な工程を挟む場合がある鍛冶師には影響があるでしょう。
詳しいことは、教本に記載されるようですが、改定は翌年からになるそうです。全属性の初級魔術の網羅は、人々の憧れであったのですが、今後はそうでは無くなるのでしょうか?
以上、ファクト新聞でした。
『カルドラ聖国 ファクト新聞社発行 新聞一枚目から抜粋』
『本紙は現存』
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『とある新人冒険者の最期』
おれの名前はグウィンだ。出身はボロナスク村という田舎で、特に名産もない。寂れた村だ。
そんな村で一生を終えるのかと考えたら悪寒がする。そうして家出同然に出て来た訳だが、戻る気は無い。Sランクに到達したら帰ってやる気にもなるがな。
ファーの街というまあまあ大きい街で冒険者になったが、どいつも低能ばかりだ。冒険者はパーティーを組むのが推奨されているようだが、おれに釣り合うような人間は居なかった。おれは将来Sランクになる男だ。せめて四属性魔術くらいは扱えるやつじゃないと、な。帝都に行ってみるのも良いかもしれない。
おれは当然、Eランクは免除だった。そして貢献度を稼ぎ、Cランク昇格試験を受けられるようになった。Dランクの期間が長かったが、パーティーを組んで居ない状態なら上々だろう。使える駒さえ増えれば、この程度の遅れは取り戻せる。
試験を受けることを伝えると、ギルドの一室に案内された。他の冒険者を待っていてください、か。低能どもに合わせなくてはいけないのは不愉快だが、予定も全て終わらせてきた。まあ、待ってやっても良いだろう。
男女三人組が部屋に入ってきた。はじめに中性的な顔の女。煤けた茶色のローブを着ており、黒い手袋で両手を覆っている。続いて金髪の女。魔術師らしいが、光魔術しか使えない無能だ。これで他の魔術が使えるならば、おれのパーティーに誘っただろうがな。容姿は良いだけ残念としか言えない。最後に緑髪の爺さんだ。目付きは鋭いが、所詮は老体だ。よくこんな老人とパーティーだなんて組む気になるな。中性的な女だけよく分からないが警戒に値しないだろう。
…コイツらがここ数日で冒険者どもの話題になっていた奴らだな。驚異の早さで依頼を終えるとか。まあ、闇商人から買ったとかだろうが、よく資金が尽きないものだ。身の丈に合わないランクは寿命を縮めるだけだろうに。
しばらくして入ってきたのは、女三人組だ。女だけのパーティーだな。腕は悪くないらしいが、所詮は女だ。一人目は茶髪で、身体を覆う革鎧には無数の傷がある。二人目は印象に残りにくい女。そして最後に背の低い女だ。女どもの顔だけは評価しよう。
馬車で移動するらしい。事前に内容を知られないようにする為だと言うが、非常に面倒だな。多目に食糧を持っていかなくてはいけない。 ポーターでも雇うか…?いや、運び役でも無能は足を引っ張る。良い奴が居れば良いのだが。
試験をする森へと着いた。クソみたいな空気だったが、あの中で自己紹介だと切り出すのは憚れるな。まあ、試験に集中しよう。おれはこんな所で燻っていて良い人間ではない。混沌大熊は力が強いが、のろまであることで有名だ。見付けさえすれば簡単だろうな。
探していたら日が暮れ始めているのに気が付いた。隠密しながら探しても、変な猿としか遭遇しなかった。確か、下手に攻撃を仕掛けると仲間を呼ばれて面倒になるのだったと記憶している。今日は見つから無かったがすぐに見付かるだろうな。
キャンプ地に着き、テントを張ろうとしていると職員が文句を行ってきた。「日が暮れる前に帰ってこい」だと?帰って来たじゃないか。
抗議をしたところ減点だと宣告された。は?ふざけんじゃねえよ。高ランクになった暁には田舎にでも飛ばしてやるか。コスタカ…だったか、覚えたからな。覚悟しておけよ。
…あれから四日、今日で試験が打ち切りになる。日が昇ってからすぐに出てもこれか。絶対に今日見付けなければいけない。絶対だ。おれがこんな低ランクで良い訳ないだろ。多少隠密が雑になるが、気にしている場合ではない。ここらへんには討伐対象は居ないようだし、遠くまで探しに行く必要があるな。
太陽が真上に位置する頃、森の変化に気が付いた。毒花をつけている木々が途切れて、灰色の地面がひろがっている。土では無く、岩肌が剥き出しになっているようだ。
…クソがッ!時間がねえんだよ!もう戻らなければ間に合わない。いや、もしかしたらもう遅いかもしれない。
おれがこんなところで躓く訳がない。もしかしたらあの職員が。いや、あの胡散臭い三人組が。いや、あの女冒険者かもしれない。そうだ!そうにちがいない!女だけで混沌大熊が狩れるわけがないのだ。妨害しやがったなアイツらぁッ!
「クソッ、クソッ!嵌めやがったな!」
──ズシンッ…!
なんだ?慌てて口をつぐむ。…大熊がいるのかもしれない。そう考えて音の方向へと進んでいった。
灰色の肌をした巨人が、混沌大熊の前肢を千切っては口に運び、再生しては口に運ぶ動作を繰り返していた。あの巨人は確か鉄皮の巨人という魔物だったな。ということはここは魔人の巣窟、か。遠くまで来てしまったな。
右の前肢は再生しなくなったようで、反対の前肢に巨人は手を伸ばした。…大熊の頭は無事だな。このままでは奴の胃袋に全て収まってしまうだろうな。ここで首を持ち帰れば、おれを嵌めた奴らを告訴出来る。ランクさえ上がれば…!ランクさえ…!
そうして巨人に、冒険者グウィンは手を出した。




