III 出張ギルド
この世界で初めての朝を迎えた。
朝日は前の世界よりかなり赤い色味をしており、その光を朝露のついた草が反射して草原がほんのり赤く染まっている。ゲーム内ではまったく景色なんて見ていなかったが、こんな景色はゲームでも見ることが出来たのだろうか。余裕が出来たらこの世界の観光名所を訪れてみるのも良いかもしれない。
そんな景色も色褪せ、直ぐに普段通りの姿に戻った。
荷物を纏め、遠くに聳える街らしき物を囲う外壁へ向かう。
転移が使えれば良かったのだが。ログアウトは無くなっていたが、転移やメールは灰色になっていた。いつかは使えるようになるのだろうか。
魔獣らしい魔獣と遭遇せずに外壁へ着いた。
遭遇したのは魔鳥であるプティラの群れと動かない魔草だけだ。
プティラは白い小さな鳥で、目についた動くものを補食しようとして集団で襲いかかってくる習性がある。攻撃されても痛くも痒くもないが、フンを落とされたりするので追い払った。大きな音や光で簡単に混乱してくれるので、一体一体相手取るよりは楽だ。音は水鉄砲の空撃ちで出した。本来の使い方ではないが応用で簡単に出来る。
魔草というのは一応魔物に分類されるが植物の姿を取り、全く動かないモノが多い。ディーン草という珍しい魔草だったので幾つか摘んで行った。この魔草は表皮が硬質化しており薬から矢の先端部分、魔道具の材料等、様々な活用法がある。
外壁は石材で構成されていた。外壁に沿って歩くと門を見つけた。門ではあるが扉らしきモノが無い。この街には相当強力な結界でも展開しているのだろうか。よく見ると門番と思われる者が控えに突っ立っていた。目は虚空を凝視している。こんな奴が門番で良いのかよ。
「あー、もしもし」
「んあ?何だぁ、嬢ちゃん。いや兄ちゃんか?」
「あはは。それで聞きたいことがあるんですが、この場所に街なんてあったかなー、と思いまして」
「知らねえのか?ここは二年前に街を作る計画が上がってな。今はオンボロだけどな、下準備がやっと終わったもんで商人を呼んでいる所なのさ」
「二年前?」
「兄ちゃんギルドには入ってないのか?ギルドが主体となっているから呼び掛けがあったはずだが」
「…ちょっと遠くから来たんですよ。それで知らなくて」
まあ嘘だが。知られる情報は少ないに越したことはないだろう。
それにしても二年前か。サービス終了した後から二年前以上経過しているのだろうか。
「ギルドを覗いてみても良いですか?あ、入街税とか掛かります?」
「おう、じゃあタグはあるか?流石に人手不足とは言え,
身元の不確かな者を入れられないんでな」
「あっハイ。これで良いですか?」
門番に懐を探る振りをして、ポーチから出したタグを見せた。使えなかったら流石に困るな。
「…んあ?おお、兄ちゃん商人か!いやー、商人なら大歓迎だぜ!何処の所属だ?それとも個人か?」
取り出したタグは冒険者ギルド、探索者ギルド、商人ギルドのタグがチェーンで一つになっている。ギルドに所属しているとほぼ全ての入街税が免除される。商人ギルドは店を立ち上げる時に入会した。
「ルティエラ商会です」
「おお、あそこか!俺も若い頃は良く世話になったもんだ」
ルティエラ商会。俺が立ち上げた商会だ。名前の由来は経営をブン投げたエルフの名前をそのまま取った。薬と傭兵を主に扱う。この世界がゲームから地続きなら存在しているはずだと考えてはいたが、通じて良かった。というか若い頃か…、見たところこの門番は三十代後半って所だろうか。うーん、店はどんな風になっているのだろうか。私室とか撤去されてないだろうな。
「乗り合い馬車って出ていますかね」
「それならギルドで聞いてみな、馬車の手配もしているはずだ。ギルドは入ってすぐだぜ。ほら、そこだ」
「ありがとうございます。早速聞いてみます」
「おう、頑張れよ」
街に入ってギルドを目指す。ギルドは他の建物よりは綺麗だったが、俺の記憶にあるギルドの姿よりかはボロっちかった。
中は以外と綺麗でゴミ一つ落ちていない。併設されている酒場には魔術師らしいローブを着た男女が多く居た。
受付には一人も並んでいない。
「すいません。んん?すいませーん」
「ん、うわっ!すみませんっ!ぼーっとしてました!」
声を掛けると受付嬢はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
「聞きたいことがありまして、乗り合い馬車って出てますかね?」
「あっと、乗り合い馬車ですか?いつもは昼頃に来るので、あと二、三時間程ですね」
腕時計のような魔道具、というかそのまんま腕時計だ。
あと二、三時間か…酒場で待たしてもらうか。時間ならステータスやポーチを開けば分かるので問題ない。
「ありがとうございました。向こうで待たしてもらっても宜しいですか?」
「ええ、問題ないと思います。…あっ、片道銀貨三枚ですよ」
銀貨三枚…?300ユールだろうか。
ポーチの中には財布機能が備わっており、出したい金額を自動的に具現化出来る。1ユールは銅貨一枚、100ユールは銀貨一枚、1000ユールは金貨一枚だ。その上に白金貨やら黒緑金貨が存在する。
白金貨は一枚で金貨1000枚なので滅多に使うことは無い。
貨幣は国が管理している魔道具で作っているらしく、貨幣に刻印された魔術紋が破損すると使えなくなってしまう。
なので偽造貨幣や混ぜ物を入れることは出来なくなっているらしい。
俺の財布には300,000ユールちょっと。金貨三百枚分入っている。
商会に大部分は置いて来たが金に関しては心配が無い。
さて、酒場では特に何もすることは無いな。腹も高額ポーションの飲み過ぎたからか空いてない。それにポーチの中の物は見覚えのある物だから抵抗が無いが、この世界の食べ物は他のプレイヤーに会ってからにしたい。特に理由は無いが、この世界のことは分からないことの方が多い。心配しすぎだろうがこういったことはするに越したことはない。
五分程経過した。周りが凄い見ている気がする。睨むというより好奇心だとは思うが、居心地が悪い。時間を潰す為に何か依頼を受けてみても良いかもしれない。
火吹駝鳥の討伐、一体500ユール。
斑紋毒蛇の討伐、一体400ユール。
一角狼の討伐、一体200ユール。
岩石蝸牛の討伐、一体70ユール──。
ざっと依頼板を見た感じるだと魔獣の討伐が殆どだな。
討伐を証明するには討伐部位と呼ばれる部分を提出すればよい。ホーンウルフなら未研磨の角だ。当然だが他の店で買った研磨済みの角は使えない。ギルドに届けた時点で加工されてしまう。そのままの角が必要なら提出しなければいいだけだが。
七色大鷲の羽根の採取、一本500ユール。
この依頼はいいんじゃないだろうか。
グレオールは虹色の大きな魔鳥だ。自分の気配を隠蔽するのが得意で見つかりにくい。しかし採取出来るグレオールの羽根は部位によって色が違い、この羽根を使用した装飾品はとても美しく、高値が付く。
巣は高い木の上に作るが、産卵期以外は一定の場所には居ない。
グレオールが確認された林があるらしいのでその林に向かう。目撃されたのは昨日なので運が良ければ見つかるはずだ。依頼は羽根の納品なのでもし駄目ならそのまま帰ってくるとしよう。
門を出て北東、グレオールの巣があるであろう場所に向かった。