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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第三章 見知らぬ世界へ
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XXVI 目標達成

 混沌大熊の首を両手にぶら下げ、野営地に足を踏み入れた。日没まではかなり時間があるので、他の冒険者の姿は無い。討伐したことを伝える為に、馬車へと近付いていった。


 ──んッ…んッ…んう…んくッ…

 馬車の中から木の板が軋むような音と、人の声が聞こえる。

 馬車の後方、馬車の上部と側面を包む幌には隙間があり、そこから車内の様子を確認することが出来た。白黒の布や乱雑に纏められた書類が床に散乱している中で、肌色のナニカが目に入る。

 それは、ギルドの制服を着ていないが、男職員と女職員であるように見える。互いに向き合い、男職員は一定のリズムで腰を上下に動かしている。女職員は男職員の腰辺りに座り、口を手で塞いで声を抑えているようだ。

 まあ、なんだ。詰まるところ()()だろう。


「…なんだ。(つがい)の交尾か」

「「!!」」

 うっかり声が出てしまった。血の臭い等はしなかったので盗賊や暴漢の類いでは無いとは分かっていたが。

 ただ、今は仕事中だろう。とっとと仕事をして、試験をパスさせて欲しいのだが。

「社内恋愛か、いいんじゃないか?」

「えっ、あの」

「まあ、無駄話はこれくらいにしましょう。混沌大熊(キメラ・ミドヴェージ)を討伐して来たので、とっとと処理して欲しいのですが」

「あっ、す、少し待っていてくださいっ」


 馬車から少し離れて待つ。中でごそごそと音がしたあと、暫くして男職員が幌を潜り馬車から出て来た。

「おっ、お待たせして、申し訳ありません!そ、それでは討伐を確認させて頂きますっ」

 男職員に右手に掴んでいた大熊の首を渡す。急いで着替えたらしく、服は所々着崩れている。また、幌の隙間からは、女職員が毛布を纏い、息を荒くしているのが見える。ヤるのは構わないが、仕事はして欲しい。


「長い耳、兎とのキメラですか。…傷が新しいですね。闇商人から購入した違法な物では無いようですが、この短時間で二頭とは…」

 男職員がぶつぶつと言葉を漏らす。頭を一通り観察したあと、おもむろに大熊の頬に人差し指を立てた。すると、男職員の指先が淡く発光し、紋様を刻み始める。熱が発生して溝を刻んでいるのか、方法は分からないのだが。


「はい。ではこちらもお返ししますね。…それにしても、想像以上の実力がありますね。貴女達なら、Bランクもすぐでしょうね」

「はあ。それで、合格ですか?」

「ええ。大熊の討伐の他にも加算がありますが、二日目でこの結果では、確実に合格でしょう。実力者を低いランクで燻らせている余裕はありませんし」

「では私達は、試験期間中は何して過ごせばいいのですか?…やること無いので、自力で帰っていいですか?」

「いえっ、それは困りますっ。試験が終わるまで自由にしていて貰っても結構です。…帰還は他の冒険者方と一緒に、です」

「そうですか。ではテントでも張って休みたいと思います。では」

「あっ、すいません!お願いしたいことが…」

「ん?何ですか?」

「…さっきのことは、なるべく秘密にして頂けませんか?」

「さっき…、ああ」

 "さっきのこと"とは女職員との関係だろう。秘密にしている理由は、幾つか想像出来るが、具体的なことは分からない。というか、秘密にする理由があるのだろうか。この世界の人種は多産多死だ。魔物という分かりやすい脅威が存在する世界で、数を増やしていかなければ、弱い人種は直ぐに絶滅してしまうだろう。亜人種は人種より強いが、基本的に増えにくい。


「そうだな…。命の危険がなければ、秘密にしよう。ただ、見返りと言うわけでは無いが、お得な情報を融通してくれ」

「情報…ですか?それは」

「ああ、いや。別にギルドで禁止された情報を流せ、と言っているわけでは無いよ?一般的な魔獣の情報や迷宮の情報だけでいい。噂話とか」

「…一般の範疇でしたら。分かりました」

 会話を切り上げる。ダミーの荷物から野営具を取り出し、前日と同じ場所で野営の準備を始めた。職員と取引っぽいモノを交わしたが、別に他人に好んで話すような趣味も無い。完全に棚ぼた案件だった。期待はしないが、益があれば儲け、程度だろう。


 そういえば、馬車には御者が付いていたと思ったが、バレて無いのだろか。そう思って馬車の前方を見ると、目隠しをしていびきをかいて寝ている御者が居た。夜は御者が見張りをしているのだろうか。


 ******


 早めの夕食を準備していると、森から女冒険者が戻ってくるのが見えた。怪我らしい怪我はしていないようで、この森で活動するくらいの技量はあるようだ。

 最後に森から出てきた冒険者が、猪の魔獣を引き摺っている。食べるのだろうか。よく考えれば、五日間の食糧はかなりの量になる。ダミーの荷物では少な過ぎるだろう。怪しまれないように、俺達も獣を狩ってきた方が良いのだろか。

「…アンタ達、随分早いね」

「そうですか?あ、お疲れ様です」

「…掴み所の無い奴ね。話していると疲れるわ」


 女冒険者達が、野営の準備と猪の解体をし始めた。夕食を食べ終わったあと、男冒険者が帰って来た。今日は日没前に戻ってこれたようだ。肩に動物の脚を担いでおり、足取りは遅い。

 交代で見張りを立てることを決め、テントに入った。今の時間はヤナギで、テントの中には俺とカエデとタイショーが居る状態だ。ちなみに、タイショーの見張り当番は無い。他の冒険者に見られたら厄介というのもあるが、昼間に頑張って貰う為だ。単純に一度寝付いたら、途中で中々起きないという理由もあるが。


「ねぇ、イブキ」

「ん、どうした?」

「あのね。一緒の毛布で寝ない?」

 カエデは台地の上での告白以来、度々スキンシップをしてくるようになった。台地では問題が無かったが、今は女性として見ているので、そういうことをされるとクラっと来る。普通にタイプなので、何も困らないが。


「別に良いよ」

「やったっ!あ、大きな声」

「夜だからね。じゃあコッチおいで」

 カエデが毛布の中に潜り込んで来た。スーツごしにも分かる程の柔らかさを感じる。スーツが無ければ、もっと感触が分かるのだろうが、こればっかりは性分だ。安心出来る土地か、スーツに変わる防御手段を造り出すかをしなければ、安心して眠れない。

「柔らかいな。カエデは」

「えへへ。イブキはぎゅってしやすくて好き」

「…そうかい」

 自分の頬をカエデの頬と重ね合わせる。素肌が触れ合うことによって、より柔らかさを感じられた。いい匂いがするが、どこまで人間の身体と同じなのだろうか。

 もやもやと要らないことを考えつつ、試験二日目の夜は更けていった。


 ******


「おはよう。ヤナギ、カエデ、タイショー」

 朝を迎えた。見張り当番は丁度俺だったので、皆を起こした。

 他の冒険者も起きる時間なようで、話し声が聞こえてくる。

 ──キュ

「お早う御座います。イブキ様」

「おはよっ!」

 朝食をヤナギが手早く調理し、食事を済ませる。タイショーは姿を消しているので、お椀の中のスープが虚空に消える。普段、余り気にしていなかったが、お腹に入れた物も透明になるようだ。ほんと、どうなっているのだろうか。


 デザートの木の実を食べていると、他の冒険者の姿が既に無いのに気が付いた。俺達は既に三体討伐しているので、急ぐ必要は無い。一体頭が焼失したが、余分に狩ってしまったな。この死体はどう処理しようか。街に戻ったら調べよう。

 虚空に差し出した木の実が一瞬で消える。相も変わらず、フルーツの方が好みのようだ。


 昼まで自由行動とし、俺はテントの中で横になった。

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