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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第三章 見知らぬ世界へ
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XXIV 荒療治

 飛び掛かってきた白猿の、能面のような顔面に拳を振り下ろす。もろに拳を食らった猿は、後続の猿にぶつかり、勢いを一瞬殺す。が、獣の群は直ぐに立て直し、仲間の体を踏みつけながら進んできた。


 無手なのは、武器を無くしたり破損したりするのを防ぐ為だ。水鉄砲なんて無くしたら、他のプレイヤーが居るか分からないので、もう一度造れるかすら怪しい。消失(ロスト)するのは絶対に避けたい。なので無手だ。


 ──キイイイッ!

 ──キィヤッ!

 前線の猿達が光の帯に貫かれる。火傷を通り越した火力で、体が炭になり崩れ落ちる。

 ──ブルルルァッ!

 猪のような魔獣の横腹に一筋の赤い線が引かれ、血が吹き出る。

 だが、多少仲間を失おうが魔獣の波は止まらない。俺は魔獣の波に飲み込まれた。


 猿が左手に噛み付き、猪が腹部に突進し、蜥蜴が右足にかじりつき、大きな百足が左足に絡み付いた。更に後続の魔獣が全身に攻撃を仕掛ける。反撃しようにも両手両足が拘束されており、動けない。

 全身に攻撃を加えられているが、ダメージは全く通っていないので、問題は無いのだが。コツコツと軽い音だけを感じる。軽く温度を感じる機能を付けたが、失敗だったか。魔獣がかじりつく度に、口内の生温い温度だけ感じる。


 二分くらい拘束された状態なのだが、ヤナギ達の攻撃は確認出来ない。俺ごと吹っ飛ばせと注文したが、もっと強く命令しておくべきだっただろうか。

 ──ケヒュッ

 ──キッ?

 そんなことを思案していると、目の前の白猿が何かに貫かれた。上を見ると、空にびっしりと氷柱が存在している。

 俺自身にも氷柱は命中するが、バランスを崩すだけで直立を維持する。後続は無事だが、降り続ける氷柱に警戒して踏みとどまったようだが、次の瞬間には我を忘れて飛び付いてきた。当然、まだ氷柱の雨は降り続いているので、貫かれて地面に縫い付けられる。


 ──キュッ!

 鳴き声の方を見ると、タイショーが身体をもたげ、胸(?)を張っている。

「よくやった、タイショー!その調子だ!」

 魔獣はまだまだ残っている。氷柱が止まったこともあり、躊躇していた魔獣がなだれ込んできた。更に数が増えている気がする。


 俺がこんな方法を提案したのは、ヤナギとカエデに踏ん切りを付けて貰う為だ。彼らは気が付いているのか分からないが、俺が攻撃を受けると、毎回魔法の使い方が雑になっている。心配してくれるのは有り難いが、今後その隙を突かれることもあるかもしれない。随分な荒療治だが、こんな機会でないとこんなこと出来ないからな。俺の十八番は防御と回復なのだから、放置しておいても大丈夫だと理解して欲しい。

 その点、タイショーはドライだ。俺が無事だと知っていれば、躊躇が無い。


 再び魔獣にかじられる。無理矢理右腕を解いて、白猿の目玉へ指を差し込んで掴み、放り投げる。が、また直ぐに別の魔獣が絡み付く。再び魔獣に集られた。鳴き声がかなり煩く、雑音しか聞こえない。

 暫くそうしていると、全身に絡み付く魔獣の拘束が緩んだ。何事かと辺りを見渡すと、風と小石の壁が俺を囲んでいる。小さな竜巻の中に居るようだ。小石と風の刃が魔獣の体を切り裂く。小さなキズだが、全身にくまなく刻まれるので、脚の腱や目玉にキズを入れ、倒れ伏す魔獣が出て来た。俺はまだ身体に絡み付いている白猿を引き剥がし、地面に落として頭を踏み抜く。俺にも幾つもの小石が当たるが、氷柱と同じくダメージは通らない。強いて言えば、バランスが取りづらいだけだ。


「良いぞ!ヤナギ!」

 どこかに居るであろうヤナギに対して、声を上げる。褒めるのは基本だ。草むらの奥に居るヤナギを見付けるが、顔は強張っている。まあ、これがこの世界の住人にとって当然の反応だとは思う。やっていることは友軍誤射(フレンドリーファイア)だ。ゲームであれば一回復活(リスポーン)するだけで、相手に文句も言える。だが、現実の世界となればそうはいかない。自分の手で、親しい相手を殺してしまうかもしれないのだ。この世界で生きてきた住人にとって、友軍誤射(フレンドリーファイア)は禁忌中の禁忌でしかないだろう。


 追加で魔獣が飛び付いて来るが、明らかに数が減っている。その証拠に、外の様子が見えるのだ。増えて続けていた魔獣の流れが止まっている。付けた誘引剤の量を増やせば、もっと広範囲の魔獣を集めることが出来るだろうか。カエデが広範囲攻撃をしていないが、そろそろ撤収だろうな、と考えていた次の瞬間、聞き覚えのある音が響いた。しかも一つだけの音ではない。


 ──グルアアッ!

 ──グラアアアアアアッ!

 ──グアアアアッ!

 大きな足音を響かせながら、三体の混沌大熊(キメラ・ミドヴェージ)がそれぞれ別の方向から飛び出してきた。昨日討伐した混沌大熊と特徴が違うが、同じ種だろう。その内の一体が腕を大きく振り上げる。その個体の特徴は、狼のような鋭い犬歯が生えていることで、腕には肉球が付いている。攻撃を避けようとして身体を倒すが、絡み付いた魔獣がそれを許さない。狼大熊は周りの魔獣ごと俺を吹っ飛ばした。

 良い連携だが、これは意図して行った訳ではないだろう。単純に、俺の周りの魔獣は大熊に気が付いてなかっただけだ。


 吹っ飛ばされた方向は、別の混沌大熊の腹部だ。この個体は特徴的な豚鼻と蹄が付いている。猪とのキメラだろうか。猪大熊は俺を見失ったようでキョロキョロ見渡している。血の臭いに紛れて、俺の臭いが分からないのだろうか。

 豚鼻以外の二体は、当然の如く俺を凝視している。最後の一体は、耳が兎のような長い耳をしている個体だ。すると、兎大熊が片方の前肢を地面に付き、回し蹴りを放ってきた。動きは遅いので、素の状態なら避けられるだろうが、今は転倒している上に逃げ場がない。


 ──ズッダアアアンッ!

 ──グラアアッ!?

 猪大熊共々、蹴り飛ばされた。数メートルほど移動し、木々を薙ぎ倒すことで勢いは衰えていき、やがて止まった。痛くはないが、身体が半分猪大熊に埋まってしまった。体から抜け出そうと足掻くが、既にキズが再生し始めているので、幾ら暴れても抜け出せない。

 猪大熊は何が起きているのか分かっていないようだが、狼大熊と兎大熊がのしのしと足音を響かせ、向かって来る。

 更に、大熊の三体だけでは無く、吹き飛ばされた小さい魔獣も再び戻ってきた。

 死ぬことは無いだろうが、俺の攻撃力では時間が掛かかるので面倒だ。手早く終わらせる為に、ポーチから取り出そうと──。


「イブキをっ、たすけなきゃっ!」

 細い一筋の光が兎大熊の頭部に命中する。だが、兎大熊は一瞬脚を止めただけで、再び歩き出した。フラフラとしているが、脳も再生するのだろうか。

「カエデッ!足りないぞッ!!」

「ぇ、ぅ。…ぁぁあああっ!」

 草むらの奥から、無数の光の触手が伸びてきた。猪のような魔獣の頭を一瞬で焦がし、白猿の手足を炭の塊に変える。体の大きな混沌大熊は、沢山の熱線に晒され、体表が蜂の巣のような状態に変貌した。キズは一瞬で炭化し、再生すら起きない。狼大熊は頭部を丸ごと失い、兎大熊は自重を支えきれず体が崩壊し、猪大熊は腹部に大穴開けて血を吐いた。

 猪大熊は、俺が一部熱線を遮っていたのでまだ息があるのだろう。俺にも熱線が当たっているが、程よく暖かい。極端な温度だけは遮断するようになっている。俺はまだ息のある猪大熊のキズ口に手を突っ込み、太い血管を引きずり出した。


 血肉と炭片、泥の溢れている場で、棒立ちしている。すると、タイショーが近くに現れた。姿を消して近付いて来ていたようだ。

「タイショー、水を出してくれないか?誘引剤を洗い流したい」

 ──キュ

 空中に大きな水球が出現した。水は少しずつ地面に流れ落ちており、上から新しい水を生成しているようだ。

 水球に頭から突っ込み、水の流れに身を任す。タイショーが水流を操作してくれているようで、身体の各所に水流が当たるのを感じる。

 誘引剤を付けた場所を念入りに手で擦り、水球から出る。役目を終えた水球は地面にゆっくりと地面に消えていった。フードを下ろし、ポーチから取り出したタオルでスーツの表面を拭く。


 ──キュウ

 タイショーがじっと俺を見つめている。

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