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この世界の台地で  作者: あの日の僕ら
第三章 見知らぬ世界へ
23/52

XXIII 混沌大熊

 ──グルアアアアアアアアアアッ!

 大熊が白猿の死体を踏み潰しながら、突進してきた。一歩踏み出す度に、蹴飛ばされた肉片が宙に舞う。

 大熊が獲物を決めたのか、一直線に向かってくる。この中じゃ俺が一番弱いからな。中々賢い。


 ──グルアアッ!

 俺に向けて、大熊が前肢を振るう。鋭い爪が備わっているのもあり、生身で当たったら一撃で致命傷だろう。当たれば、だが。

 この熊、移動も攻撃も鈍い。俺でも、見てから余裕で避けられるほどだ。攻撃力だけならCランクが狩る魔獣ではないだろう。だが、上手く作戦や連携を取れば楽に倒せる相手だ。


 続けて大熊は、噛み付き攻撃を仕掛けてくる。歯は、びっしりと生えており、爬虫類の口内を連想させる。その攻撃を、余裕を持って避け、顔面に毒弾を撃ち込む。

 ──グルアアアアアアッッ!

 毒は大熊の顔半分を焼き、片目と鼻が地面に落ちる。が、奥から肉がせりあがってきて、瞬く間に再生した。最初から付いていた目玉は緑色の虹彩だったが、新しく再生した目は赤色の虹彩をしており、所謂オッドアイ状態になっていた。


 ──グルアアアアアッ!

 しかし、新しい目と古い目では距離感が掴めないらしく、近くの地面を叩き、全く関係のない所で暴れている。…欠陥再生じゃないか。

「いくよーっ!」

 一本の太い熱線が、大熊の心臓付近に刺さった。熱線は大熊の胸部を焼失させ、数秒後には貫通した。

 ──グアア…ッ!

 大熊が力尽きて倒れる、と思った瞬間。両脚に力が戻り、再び立ち上がった。傷口を見てみると、肉がせりあがり、脈を打っている。これは心臓を再生させた、ということだろうか。また欠陥がありそうだが。


 ──グルアッ、グルアアアアアッッ!

 大熊がフラフラしながらも、こちらに向かって駆けてきた。逃げるという考え自体ないのか、まだいけると思っているのか。よく見ると、再生した胸部から血が噴き出している。大量に体外へ垂れ流しているが、この血液は再生するのだろうか。俺はちょっとずつ引き、大熊と付かず離れずの距離を保つ。


「はあっ!」

 上空からヤナギが降ってきた。どうやら上で待機していたようだが、音も無かったので熊は気が付いていなかったようである。

 首と胴体が別々に地に落ち、傷口から血が止めどなく溢れた。

「面白い魔獣だな」

「…見てください。傷口が」

 大熊の頭と首に目をやると、肉が膨らみ、止血しようとしている。だが、先ほど見た再生と比べると非常に鈍く、やがてその動きは停止した。

「血が無いと再生出来ないのか?」

「瞬間的に再生とは、厄介ですな」

「でも鈍いよねっ」

 俺は魔獣の残骸へと近付き、ポーチへ収納した。頭だけでも結構大きい。混沌大熊の回収を終えたら、能面白猿の回収へと動いた。


「もうそろそろ時間だな」

「えっ、もうそんな時間?」

 ──キュッ

 太陽は陰り始めており、綺麗な夕焼け空だ。地図画面を開き、時間と最短距離を確認する。十六時、あと二時間ほどで日没だ。

「こっちが最短距離だ。抜けるぞ」

「承知しました」

 ──キュッ!


 ******


 職員の居る場所まで戻ってきた。そこには既に冒険者ABCが戻ってきており、野営の準備をしていた。まずは、討伐したことを申請するために職員へ声を掛けるか。

「ア、アンタ達。もう討伐したの?」

 俺は既にポーチから混沌大熊の頭部を取り出して、ぶら下げている。なので、一目で分かる。


「そうですが」

「…まあいいわ。まだ一日よ。アンタ達、頑張りましょう!」

「ええ!」

「うん…」


 相手をするのは面倒だな。早いとこ職員に持っていくか。

 職員の姿は見えない。そこで、乗ってきた馬車の中を覗くと、二人の職員が書類を書いていた。床に書類が落ちているのだが、良いのだろうか。

「あの、討伐してきましたよ?」

「え?あっ、すいません。…コスタカ、この書類の処理を頼みます」

 馬車の中から女職員が出て来た。手には別の書類を持っている。


混沌大熊(キメラ・ミドヴェージ)を討伐してきたのですね。では確認させて頂きます」

 女職員へと大熊の頭部を渡す。かなり重いが、職員は難無く持ち上げた。結構戦えたりするのだろうか。


「鳥との混合タイプですね。…これは一太刀で切断を。目の部分は火属性魔術でしょうか」

 ブツブツと小言を漏らしている。この女職員は研究者気質なのだろうか。毒を使う時は、観察されない胴体部分に使用した方が良いか。


「こちら、お返しします。魔術印を刻印しておりますので、討伐証明部位としては使えなくなります」

 返された大熊の左頬には、魔術的な刻印がされている。識別の為に付けているのだろう。書いてある文字は理解出来ないが。いつかで良いが、この大地特有の魔法陣の勉強もしたい。


 テントを張り、野営の準備をする。暗くなる前にヤナギに調理を頼んだ。材料はダミーの荷物から取り出したように見せて、ポーチから出した。夕食はポトフみたいなスープだ。

 魔獣避けの魔道具を使う訳にはいかないので、見張りを一人ずつ立てることにした。暫く横になっていると、外が騒がしくなっているのに気が付く。

「んぅ?どうかしたの?」

 隣で寝ていたカエデも起きてしまった。タイショーはテント隅で寝ており、起きる気配が無い。すると、外からヤナギが顔を覗かせた。

「起きてしまいましたか」

「何か問題でも起きたか?」

「いえ、大したことではございません。冒険者の一人とギルド職員が口論になったようです」

 冒険者と口論…。日没までに戻らなかった男冒険者だろうか。

「風の結界でも展開しますか?」

「いや、何か勘づかれても厄介だ。気にしないで寝るから大丈夫だよ」

「そうですか。ではお休みなさいませ」

 直ぐに雑音は収まり、見張りを交代しながら夜は更けていった。


 ******


 次の日の朝。携帯食を食べながら歩く。

「今日はもっと奥に行ってみるか?」

「そうですな。昨日のも奥から血の臭いを嗅いで、寄ってきたようですしな」

「臭いか…。あっ、そうだ!」

「え!?いきなり大声だして、どうしたの?」

「アレの使い所じゃないか?というか、こういう所で消費しないと無くならないし」

 ──キュ?

「ふむ?アレ、とは何ですかな」

「そういえば、ヤナギ達の前で使ったこと無かったな。『誘引剤』だよ」

 誘引剤とは、新しい毒を産み出そうとして、調合を繰り返していたら出来た副産物だ。材料には『擬似迷宮草(ダンジョンモドキ)』や『模倣寄生蟲(マガイ・パラセクト)』、『サキュバスの体液(フェロモン)』を使用している。この液体は空気に触れると、気化して広がっていく。効果は、コレに触れた生物は、一番濃度が濃い場所にしか興味を持たなくなる。つまり、この液体を身体に付けると魔獣や普通の獣や虫等が近付いて来てくれる訳だ。

 勿論、解毒薬も造ってある。


「へぇ…。えっ?もしかしてイブキがっ?」

「そうだよ。この中で一番硬いのは俺だろうしな」

 ──キュウ

「それで、これを使ったら多分動けなくなる。俺ごとでいいから魔獣を吹っ飛ばしてくれ」

「むぅ。それは、大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。キツいのは龍レベルだから」

「えぇ…」

 ──キュ…


 昨日大熊と遭遇した場所より、奥に来た。ここら辺で良いだろう。

「じゃあこれ、渡しておくから」

「ねぇ。ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だって。動けないだろうけど」

 ヤナギとカエデに魔力回復ポーションと誘引剤の解毒薬を渡す。タイショーは瓶が持てないので、直接飲ませる。

「やるぞ」

 ヤナギとカエデが解毒薬を飲んだのを見て、俺も同じ物を服用する。そして、フードを上げ、ポーチから薄い水色のポーションを取り出し、胴体に振り掛ける。

 誘引剤が蒸発して、薬剤が四方に広がっていくのが分かる。

 羽虫が身体に集ってくるが、毒物を造ろうとして出来た副産物だ。当然というか、微量に毒がある。羽虫程度の生物なら、薬剤に体を付つけた途端に気絶するので、気にしなくても良い。


 ──ドスドスドス…

 暫く待っていると、遠くの方から足音が響いて来た。その瞬間、四方から獣が飛び出してきた。能面白猿の数が多いが、よく分からない魔獣や普通の獣も混じっている。

 ──キイッ!キイッ!

 ──シュルルル

 ──ボフッボフッ

 一応、この誘引剤にも抗うことは出来る。だが、飢餓や怒りといった害意が強いほどに、この誘引効果は強くなっていく。反対に、害意の少ない小動物や草食獣等は簡単に抗うことが出来るので、興奮した肉食獣が集まる方向になんて来ない。

 なので、今この場に居るのは餓えた肉食獣だ。匂いの発生源である俺など、餌としか見ていないだろう。


 俺は集団の頭を潰そうと、拳を構えた。

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