XV 水色
あれから数羽の奇死鳥を討伐した。それぞれ別の群れらしく、氷針で貫かれたり、羽を焼かれたり、魔力の剣身を投げつけたりして落とした。どの群れでも、一体討伐すれば逃げていくので非常に楽だ。知能が高そうなので、餌でも用意すればテイマーにもなれるかもしれない。
「景色が変わりませんな」
「特殊な結界とかは…別に無いね」
「思ってたより、広いな…」
──キュルル…
「どれ、儂が空から見てみましょう」
「ああ、頼む」
ヤナギが上昇気流を作り、宙に浮く。浮遊する原理は分からないが、ヘリコプターみたいなモノだろうか。まあ、全部魔法だからで済んでしまうのだろうが。
「……?」
「ヤナギーっ!何か見えるーっ!?」
「ふむ?多いな…」
ヤナギが降りてきた。風の操作は見事なモノで、下に居た俺達に強い風が当たらなかった。ダウンバーストとかは起こらないらしい。
「ここから近いのは向こうですな。見たこともないモノですが」
そう言って指した方向は、俺達が進んでいる方向から見て、左だった。
「見えたのは…水色の物体?でしょうか」
ヤナギの話を聞きながら、一番近い謎物体の場所に向かっている。
「水色か。何か特徴とか無かったか?」
「うーむ。複数集まっているようでしたな。それ以外は…」
「あっ!水色みえてきたよっ」
水色の物体がある空間。枯木が途切れ、そこだけぽっかりと開けていた。水色物体は頭でっかちで白い斑点があり、体は白い。水色物体の正体は巨大なキノコだった。大きさは様々で、中心付近に大きく、外側に行くに連れてサイズが小さくなっている。
「キノコだね」
「キノコだな」
「キノコじゃったか」
──キュ
水色のキノコとは、余り見ない色だな。しかも、白い斑点。前の世界での知識に当てはめると空色茸とかだろうか。それでも斑点がある時点で違うし、ここまで巨大では無い。一番大きなモノは、小柄な人間の背丈ほどもある。
「採取してみるか?」
「脅威は感じませんが…」
「ねぇ、なんか動いてない?」
カエデの声に、水色キノコの方を見る。が、変化は無い。
「あれ?止まっちゃった…」
「本当に動いたのか?風かもしれないぞ」
「風は吹いてましたが、アレが揺れる程では無いですな」
「うーん。ほんとだよ?」
──キュ?
この大きさは普通の茸ではないだろう。魔茸の一種だろうか。動くというのも、生息範囲を広げる為に行っているのかもしれない。
採取しなければ正体が分からないし、ちょっと刺激してみるか。
「石とか投げてみようか」
「それいいね!石…、石は…」
「ありましたぞ、若。この石も余り見ない色ですな」
手渡された石は真っ黒で、煤でも付いているようだった。手に持っても黒色が付着するようなことは無いので、煤で覆われている訳では無いようだ。一瞬だけポーチに仕舞い、名前と説明文を読む。
『墨石』『立枯木の落枝が長い時間を掛けて水分を抜かれ、石となった物。砕いて水に溶くとインクの代用になる。大変燃えやすい為、取り扱い注意』
「墨石…。元はこの木らしい」
「ではこの土も全て墨石とやら、ですか」
「へぇーっ、すごいねぇ」
「じゃあ投げるぞ。…念の為に下がっていてくれ」
落ちている石も面白いな。色んな使い方がありそうなので、目に付いた墨石は回収しようか。
──キュル
「気を付けてくださいな」
「襲ってくるしれないよーっ!」
石を一番大きなキノコへむかって投げ付ける。投石なんて滅多にやらないので、狙いは外れて少し手前のキノコへ落ちた。
キノコは石が当たると、ぷるりと震えただけだった。
「何も──」
──プシュウウウウウウウウウウッ!
石が当たったキノコの傘の裏から何かを噴出した。
その白い煙の向かってくる速度は早く、このままでは飲まれてしまうだろう。結界を展開すれば、煙を吸うことは無いだろうが、移動が出来ない。
──キュッ!
煙が眼前に迫り、結界を展開しようとした瞬間。何かが巻き付き、俺の身体を後ろへと引っ張った。新しい魔物か、と後ろを振り返ると身体に巻き付いたモノはタイショーの身体だった。どうやら異変をいち早く察知して、助けてくれたらしい。
──キュキュ!
煙が届いていない場所、ヤナギ達の元へと降ろされる。
「助かった。ありがとな、タイショー」
「イブキ、大丈夫っ!?」
「ああ、煙を吸う前だったからな。タイショーのお陰だな」
──キュッ!
「…後で秘蔵の果実をあげようか」
──キュキュキュッ!
「現金な奴よのぅ…」
石を当てたキノコを中心として、煙のドームが出来ている。近くで見ると、煙というより霧に近い感じだ。
タイショーが鼻先を煙に近付け、まじまじと観察している。
──キュウ
「ふむ。普通の霧、らしいぞ。毒も無いそうじゃ」
「えっ、ほんと?胞子だと思ってた」
「へぇ、ただの霧なのか」
この白煙は煙でも毒ガスでも胞子でも無いようだ。消えた霧と関係あるのだろうか。
「ふむ、風で散らせそうじゃの」
「お、出来るのか。じゃあ頼む」
ゲーム時代の霧は何をやっても動かせなかった。なら、関係はなさそうだな。断定は出来ないが。
──ビュウウウウウ
風が四方から吹き付けて、霧を散らす。散らした霧をこちらに当てないようにしており、気遣いを感じる。
霧が薄くなっていき、キノコの様子が露になってきた。
「むっ」
「うん?」
「ええっ!?なにこれ!」
──キュウ!?
キノコは元の場所には居なかった。キノコが居るはずの場所は陥没した地面しかない。だが、そこから数メートル離れた所にキノコは居た。石突から細長い足を生やして、歩いている。こちらの声が聞こえているのか、振り返って──停止した。
顔なんて無いので分からないが、なんとなく戸惑っている気がする。
「…」
「なんじゃコイツら…」
ヤナギが堪らずといった様子で呟いた瞬間、一斉にキノコ達が走り出した。
「あっ」
キノコ達は森の奥にバラバラに走り去っていった。一体も残らずに逃げた、と思ったら一体だけ残っていた。カラカラに干からびたキノコだ。転んで仲間に踏みつけられたのか、足がピクピクと痙攣している。なんか干し椎茸みたいだな。
──キュッ!
そのカラカラキノコに向かってタイショーが尻尾を伸ばした。そしてキノコの柄を掴み、こちらに持ってきた。
タイショーが運んでくれた乾燥キノコは全く動かなくなっている。ゲームでは動く魔茸はダンジョン等に生息していた。しかし、こんなに活発に動く魔茸は見たことがない。
ポーチに入れるために、手を伸ばす。
『霧茸』『多量の水分を蓄えている魔茸。触れたり、驚かせたりすると、溜め込んだ水分を一気に放出し、その間に外敵から逃げる。この種が居る土地は極度に乾燥している。食べても毒はないが、味は全くない』
「霧茸…そのまんまだな」
「奇妙な植物じゃの」
「キノコって植物だっけー?」
「似たようなもんじゃろ」
──キュキュキュ!
「…?あっ、果実か。昼飯にな」
元の道に戻り、南へ進む。といっても道などないのだが。
ひたすら歩く。途中で霧茸と遭遇するが、無視してあるく。毒がないらしいので、薬の材料にもならないだろう。
歩き続けた結果、森を抜けた。抜けた先は荒野で、生き物の気配がしない。土は赤茶色で、葉が細く紫色の草が点在しているだけだ。
「荒野か…」
「過酷な環境ですな」
「人の気配がないねー」
「取り敢えず、この森の縁で休憩にするか」
──キュキュキュキュ!
「タイショーはくいしんぼうだねー」
敷物を取りだし、そこに座る。携帯食と、タイショーに与える為の果実を取り出す。
──キュキュキュキュキュッ!
「鈴葡萄、珍しいですな」
鈴葡萄とは人の手が及ばない森の奥等で採取出来るフルーツだ。栄養を蓄えるほど、房に粒が増えていき、甘味を増す。取り出したのは一メートル程の鈴葡萄だ。人工栽培は難しく、三、四粒しか実をつけない。この長さのは野生だ。
「とっても甘そうだねっ」
──キュッ!
「タイショー、少し分けてくれないか?」
──キュ?キュキュッ!
「元々若の物なので聞く必要ないのでは?と申しております」
「これはタイショーに与えた物だからな。報酬を減らさせると人間でも怒るだろ?」
──キュル?
ほどよい甘味と酸味を感じながら、荒野の先を見つめた。




