XII 傲慢
雷光の中に跳び込んだ。展開した結界は一瞬で貫かれ、稲妻がスーツを這う。ローブはあっても変わらないので、既に脱いでいる。
「ぐぅ」
雷に晒され、思わず呻き声が漏れる。スーツで大抵の雷撃は防いでいるとはいえ、防ぎきれなかった雷が身体を焼く。冬場の静電気なんて比べ物にならない程の雷撃を受け、内臓や筋肉が焼かれるが、星の雫の効果で瞬時に傷が癒える。星の雫は使用者に害があると判断した全ての外傷や毒害を癒す。元からあった傷には反応しないが、致命的な傷であるほど強く反応し、優先的に治癒されていく。
ゲームでは再現されなかった痛みに歯を食いしばり、歯茎が切れるが瞬時に傷は塞がる。検証していなかったが、自傷でも反応するようだ。
キズ口に完全に入り込み。ポーチから瓶とりだし、血を集めてポーチに仕舞う。これを繰り返す。血液だけでは無く、筋肉や内臓も片っ端から引きちぎり、ポーチに仕舞っていく。筋肉の強度も凄いが、鱗ほどではない。
──グオオォォオオオ!!!!
ちらりと外を見ると、幾度もの稲妻の隙間から外の様子が見えた。氷の破片が舞い、何本もの光の筋が地表から伸びている。
雷神龍はどんどん高度を増しているようで、外に吐き出した息が白くなっている。──そろそろ潮時だろうか。今でさえ雷撃だけでギリギリなのだ。氷点下の外気と雷撃を同時に受けたらスーツはともかく、身体自体が持たないかもしれない。
雷神龍のキズが塞がり掛けていたが、無理矢理破き、ポーチに放り込んでいく。肉は短時間で塞がっても、剥がれ落ちた強固な鱗までは再生しないようだ。
限界まで粘り、体外に跳び出す。雷撃を再び全身に浴びるが、痛みを無視して自由落下していく。雷神龍を見上げると一瞬だけこちらを見るが、直ぐに視線を外し空高く昇っていく。
圧倒的な力を持つほど、その生き物は傲慢になっていく。"龍"という種は、その最たる例で自分達以外の種を全く脅威として見ていない。精々、眼前を飛ぶ羽虫くらいに思っているのだろう。
道を歩いていて、数匹の羽虫が道の真ん中で飛んでいるとしよう。それだけで道は変えないし、そのまま無視して進むだろう。路上で蚊に血を吸われようが復讐なんて考えないし、うっとおしいなら手で追い払うだけ。
"龍"という種は基本的にそういう生き物なのだ。
結界を足元に展開し、砕きつつ速度を殺していく。膝や腰に疲労が溜まるが、星の雫が癒していく。効果の連続発動は検証したことは無かったが、効果が落ちるといったデメリットは無いようだ。
地上に降り立ち、周りを見る。すると鱗が一ヶ所に集められており、ヤナギが刀を支えに、片膝を付いていて息を荒くしている。
カエデとタイショーは森の中からフラフラと歩いていた。
「うわー、おわったー!こわかったー!」
カエデが近くに座り込み、タイショーが口先をこちらに近付けてきた。
──キュゥ
「おーよしよし。俺は大丈夫だぞー」
「なんか、あの赤いポーションさ、凄い効果だけど、反動が凄いねっ」
「反動?大丈夫か?」
「うん、動けないわけじゃないんだけど。なんか身体がダルくて」
赤いポーション。攻撃力増加のポーションのことだ。攻撃力が増加する仕組みは魔力の密度を無理矢理上げて、物理攻撃の場合は無意識に使っている身体強化の効果を高める。魔法攻撃の場合は使う魔力の量は変化させず、魔力の密度を増すことで同じ魔法でも威力が上がる。
人間に使用しても使用後に身体が怠くなるというデメリットは無かったはずだ。ならば、身体の殆どが魔力で出来ている精霊特有のデメリットだろうか。攻撃力増加と関係ない場所の魔力も圧縮してしまって、制御に難があるとかだろうか。休んで様子を見ようか。
「今日はここで夜営しよう。魔獣避けの魔道具を発動させるぞ」
魔道具を地面に置き、スイッチを押す。この魔道具はお香と違って、一回や二回で効果が無くなったりはしない。何度か繰り返し使える物だ。
更にテントを取り出す。このテントはルティエラが支給してくれた物で、前に使っていた薄っぺらなテントと比べて、生地が分厚く雨もよく弾く。内側に暖房の魔方陣と冷房の魔方陣が刻んであるようで、多少の温度調節は可能だ。
「若、この爺も手伝います」
ヤナギがいつの間にか横に立っていた。しかし、顔はつらそうで、立っているのもやっとという風貌だった。
こういう様子を見ているとなにかの状態異常に掛かったようだ。…もしかしたら状態異常回復のポーションが効果を発揮するかもしれない。
「ヤナギ、状態異常回復のポーションだ。飲んでみてくれ」
「むぅ、かたじけない」
「どうだ?」
「ええ、落ち着きました。魔力の奔流が治まったようです」
この状態異常回復のポーションは、魔力に異常があるときだけに効果がある。魔物の中には相手の魔力を揺さぶり、酔い状態や魔術の命中率を著しく下げる攻撃をしてくるモノが居る。そういった魔物の攻撃に対するポーションだ。
効果があるなら、とカエデとタイショーにもポーションを飲ませる。
「ぷはぁー。ふぅー、落ち着いたよ!ありがと!」
──キュッキュッ!
「ぐぅ、この程度で根を上げてしまうとは…。面目無い」
「いや、欠陥のあるポーションを作った俺がいけないんだ。次作るときは改良するよ」
「あ、私もテント建てるの手伝うよ!」
「お、じゃあ頼む」
「この爺も手伝いますぞ」
──キュ!
テントを建てて中で休む。既に日が陰りはじめており、右の空に沈んでいく。想定外の出来事で予定がずれたが、龍素材が入手出来たのは良かった。
今日は火を焚かず、携帯食で済ましていいかもしれない。前に食べた高級携帯食を取り出す。クランメンバーが作った物だが、味が分からないで作ったにしては旨い。今この世界に居れば、だが、レシピの改良を行っているのだろうか?
それとレモンティーを取り出す。このレモンティーも同じ作者で、魔力微回復の効果がある。MPの回復アイテムは幾らあっても処分に困らないので、そういった効果のあるアイテムは沢山ポーチに入れてある。
「ヤナギ、カエデ。今日はありがとな。疲れただろうから、今夜はこれを夕食にしよう」
「これは…シャメナ嬢のですな。」
「ほんとだ!懐かしいねー!」
──キュルル!
「おお、タイショーもありがとな。別に忘れてないぞ?」
ルティエラに用意してもらった果物を、数十個取り出す。タイショーは果物が主食だ。果物以外も食べることは出来るが、余り食べたがらない。精霊とはいえ、蛇の形を取っていて草食とは、これ如何に。まあ、ファンタジー世界であるから野暮か。
──キュッ!
タイショーを呼び寄せ、白い林檎を口に近付ける。タイショーは一口で林檎を頬張り、バリバリ噛み砕いた。
「ヤナギ、ちょっと耳貸して」
「ん?なんじゃ?」
広いテントの中でタイショーを撫でる。
タイショーの体表は非常に滑らかで、感触はガラスの表面のようだ。ゲーム時代のタイショーは二メートル程だったが、今は三メートル近い大きさだ。精霊が成長することは珍しいと思うのだが、人型と獣型の違いだろうか。
「若様、儂は外で見張りをしていたいと思います。魔獣避けを突破する未知の魔獣が居るかもしれないので。…ほれ、タイショーも」
──キュ?キュキュッ!
「見張りを立てるのは賛成だが、疲れてないか?俺が立つよ」
「いえ!儂にやらせてくだされ。…それに、タイショーの索敵がありますからの」
「そうだよ!イブキは休んで!」
「そうか?じゃあお言葉に甘えて」
傷は星の雫の効果で全て消えている。が、痛みによる気疲れというか、精神的なダメージというか、そういったモノは癒されない。忘れることが出来る方法を見付けても、記憶を弄るなんて絶対やりたくないことだが。
「それでは夜の見張りは儂らにお任せを」
「え、交代しなくて良いのか?疲れたろ?」
「儂ら精霊に、本来睡眠は必要ありません。それに、頂戴したポーションが思いの外効きまして。心配せんで下さい」
──キュルルッ!
「うーん。でも流石に夜中ずっとは…」
「イブキっ、ヤナギもこう言っているんだからっ」
「じゃあ何かあったら言ってくれ。見張りを変わるから」
「それでは、見張りをしてきます。…ファイトじゃぞ」
──キュキュルキュッ!
「…?ああ、頼む」
「頑張るよ!あっ、頑張ってねー!」
よく考えれば、異性と密室に居るな。まあ、相手は精霊だし。今の俺には間違いを犯す行動自体出来ない。あんまり気にしないでおくか。
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「カエデがそうなのは知っとったが、今か。まあ、帰って来た若の、あんな姿を見たらしょうがないことだとは分かるが。上手く伝えられるといいんじゃが」
──キュウウ…
「心配せんでも良い。なるようになるじゃろ。儂らは若に付いていくだけじゃ」
──キュキュッ!
「そうじゃのう。二人を邪魔する訳にはいかん。儂らは儂らで出来ることをするんじゃ。…具体的には警戒じゃの」
──キュウ
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「…イブキ」
隣に居たカエデの顔が、いつの間にか近くにある。え、何コレは。
「…イブキ、王都に帰る気はない?」




