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前編 「接客」

「ふう、ようやく完成したわね」


 私は店の入口から、改めて店の内観を見渡した。我ながら上手く出来たものだと感心する。初めてにしては上出来と言えるだろう。

 私は自分の酒場を経営すべく、まず2階建てのウッドハウスを建てた。床面積は、人間の単位でいうと120㎡くらいだろうか。そこそこ広い。続けて丸テーブルを20脚ほど置き、1つのテーブルに椅子を4脚ずつ囲むように置いた。壁には一定間隔で、色とりどりの造花の飾り付けがかかっている。建物もテーブルも椅子も含めて、これら全て私の手作りだ。

 2階部分は店ではなく客室になっている。あまり設置したくはなかったが、道楽で酒場を経営するわけじゃないから、これを付けるのは仕方がない。むしろ本来はこっちがメインなのだから。

 入口から向かって右手にはバーカウンター。カウンターにも8脚の椅子を並べてみた。カウンター奥にある、世界中の名酒の数々が並ぶ酒棚は圧巻だ。

 私はカウンターの中に入り、私専用の椅子に腰掛けた。鳩時計から鳩の玩具が飛び出し、店のオープン時刻を告げた。私の心に僅かな緊張が走る。建築だけでなく接客も初めてだから、果たして上手くやれるかが不安なのだ。

 人と話すのは嫌いでも苦手でもない。それどころか、今まで何十億人もの人々と言葉を交わしてきたのだから、苦手なわけがない。

 しかし、会話とおもてなしは別物だ。私は軽く深呼吸して、入口の方へ目を向けた。そろそろ誰かがフラッと迷い込んできてもおかしくない頃だ。

 扉は両開きのスイングドアになっている。人間界の西部劇を見て、デザインが気に入ったからその形にしているのだ。防犯対策は皆無だが、こんな場所で防犯も何もないから無問題だ。

 その時、スイングドアが内側に開いた。お客様だ。私は立ち上がり、元気よく頭を下げた。


「いらっしゃいませ! ……って、あら?」


 記念すべき初めてのお客様は、5~6歳ぐらいの小さな女の子だった。拍子抜けすると共に、私の胸に僅かな痛みが走った。初っ端から気が滅入りそうだ。出来れば子供には来てほしくないから、敢えて酒場という形態を取ったのに。

 しかし、これも当然想定内だ。子供が来てしまう事だって充分に起こり得る。仕事は仕事。結果がどうなろうと、ちゃんと全うしなくてはならない。


「あれ~? こんな所にお店なんてあったっけ?」


「今日からオープンよ。お嬢ちゃんが初めてのお客さんなのよ」


「へえ、そうなんだ? ねえねえお姉ちゃん、ここって何屋さん?」


「宿屋兼酒場……って言っても分かりにくいわね。レストランみたいなものよ。さあ、好きなところに座ってちょうだい」


「うん!」


 少女は元気よく応え、私の目の前の席にちょこんと座った。目の前に置かれたメニューを開き、しげしげと見つめる。


「うーん、どれもあんまり美味しそうじゃないな~」


「まあ、大人のお店だからね。でも一応お酒だけじゃなくてジュースとかもあるわよ。それに、その気になればメニューに出てない物でも作れるわ」


「ホントに? じゃあ、チョコレートパフェ食べたいな!」


「は~い。ありがとうございます」


 チョコレートパフェ……。どんな料理だったっけ? 私は少女には見えないように、カウンター下に並べてある料理本を開いた。

 なるほど……料理というよりはデザートね。見るのも初めてだが、必要な食材と作り方さえ分かれば、私に作れない物はない。

 私は軽く念じると、まるでその本の中から飛び出してきたように、私の手の上にチョコレートパフェが盛られたグラスが現れた。


「はい、お待ちどお様」


「わっ、美味しそう! いただきまーす!」


 少女は瞳を煌めかせて、子犬のように勢いよく食べ始めた。私は自分の椅子に腰掛け、その様子を頬杖をつきながら眺める。可愛い子だな。さて、どうしたものか……。とりあえず話を聞いてみようか。


「お嬢ちゃん1人? パパとママは?」


「えーっとね。途中まで一緒にいたんだけど、気が付いたらマリン1人になっちゃってたの」


「マリンちゃんっていうのね。マリンちゃんは、どこかにお出かけする予定だったのかな?」


「うん。パパとママとマリンの3人で、南の島に旅行に行くところなの。パパいつもお仕事で忙しいけど、たまたまお休みいっぱい取れたんだって」


「そっかぁ。それは凄く楽しみだね」


 何となく経緯が読めた。その途中でこんな所に来るという事は、恐らく……。


「でもマリンちゃんだけ迷子になってたら、パパとママも旅行行けないね」


「うん。それはやだなぁ」


「近くにいないかどうか、ちょっと見てみるね」


 私はカウンターから出て、店の入口に足を向けた。そして外を覗いてみると、大勢の「人」で溢れかえっていた。何か、今日はやけに「人」が多い気がする。これではマリンの両親がいても判らない。それらしき男女は何組かいるのだが……。

 しかし、近くにいてほしいようないてほしくないような……私の心は複雑だった。どちらがこの子のためになるのだろうか。


「あっ、パパ! ママ!」


 いつの間にか私の横に立っていたマリンが声を上げて指を差した。私はその方向に目を凝らす。……あれか。若い夫婦だ。母親の方は確かにこの子に似ている。見つけてしまったのはある意味残念だが、2人一緒にいたのはせめてもの救いだ。

 向こうもこちらに気付いたようだ。慌てた様子で、小走りでこちらに向かってくる。私は迎え入れるようにスイングドアを開け放ち、閉まらないように手で押さえた。


「マリン! よかった、こんな所にいたのか」


「もう、心配したのよ?」


「えへへ、ごめんなさい」


 謝りながらも、マリンは満面の笑みを浮かべた。私は顎に指を当てて考える。この場合どうするべきだろうか。マリンは既にこの店に足を踏み入れる所まで来てしまった。仮に強引に追い出したところで、再び迷子になってしまうだけだ。正式な手続きを済ませなければ……。


「あのね、このお姉ちゃんにチョコレートパフェ食べさせてもらったの」


「おお、そうだったのか。すみませんね、娘が世話になってしまったようで」


「いえ、お気になさらないで下さい」


「ねえ、あなた。私達もここで何か食べていかない? ちょうどお腹も空いてきたし」


「うむ。じゃあ、そうしようか」


 やはりこうなるか。まあ、まだこの時点ではどう転ぶか分からない。2人が入店する意思を示した以上、私は迎える義務がある。拒む事は許されない。私は気を取り直し、硬くなっていた表情を和らげ、2人に笑顔を向けた。


「では、2名様ご案内します」


 家族連れならテーブル席に案内するのが普通だが、マリンの希望でカウンター席へのご案内となった。マリンの両親はメニューを開き、これも美味しそう、これも美味しそうと呟く。


「それじゃあ、店主さん。生ビールと軟骨唐揚げをお願いします」


「私はカシスオレンジと、ポテトサラダにしようかしら」


「マリンはオレンジジュース!」


「はい、かしこまりました」


 メニューに載っている物なら、それこそ一瞬で出来上がる。私は先程と同じように念じると、トレーの上に注文通りの料理が現れた。

 ただし、飲み物だけは酒棚から瓶を引き抜き、自分の手でグラスに注ぐ。そうしなければいけない理由は特にない。酒場と銘打っている以上、これぐらいの事はしないと味気ないからだ。あまり機械的にやると、おもてなしの心も薄らいでしまう気がするのだ。


「お待ちどおさまです」


「早っ! 今頼んだばかりなのに、どうやったんですか?」


「ふふ、企業秘密です」


 これからもこの質問は毎回のようにされるのだろう。だからせめて数分は作るふりをしたいところだが、あまりのんびりしていられないから仕方ない。

 まあ、この事で何か不審がられる事があったとしても、私に不都合があるわけではない。私は、2人がある程度食べ進むのを待った。本来ならすぐに本題に入るべきなのだろうが、それをしたくないから私はこんな店を開いたのだ。


「マリンちゃんから聞いたんですけど、南の島に旅行に行かれる途中だとか?」


 マリンの父が、口の中の唐揚げをビールで流し込んでから頷いた。


「そうなんですよ。ワイアム島っていう、有名な観光地です。エメラルドグリーンの美しい海、真っ白な砂浜。気候は1年中温暖で過ごしやすく、食べ物も最高です。久々の長期休暇でしてね。この日が来るのを楽しみにしていました」


「ああ、知ってます。行ったことはありませんけど、とても楽しそうな所ですよね」


 今度はマリンの母が頷いた。


「ええ。結婚前に主人と1度行ったきりなので、マリンを連れていくのは初めてなんです。楽しみだよね、マリン?」


「うん! 楽しみ!」


 マリンの笑顔に、再び私の心が痛んだ。落ち着け私。いちいち動揺してたら仕事にならない。私はマリンの父に、1つ試すような質問をする事にした。


「ところで、飛行機の時間は大丈夫なんですか? 席の予約とかされてるんですよね?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。もう搭乗は済ませましたから。後は向こうの空港に着くのを待つだけです」


「……そうですか」


 この人は、自分が今明らかにおかしな事を口走った事に気付いていない。マリンの母も、マリンも同じで、気にも止めていない。こうなってくると、少し危ないかもしれない。それでも私は足掻くのを止めるつもりはない。

 

「良かったら、他にも何かいかがですか? オープン記念で安くしておきますよ」


「そうですね。これだけじゃあ、まだ腹3分目ってところだし、追加注文させてもらいましょうか」


 私は追加注文を受けた料理を、先程よりも強く念じて作った。少しでも綺麗に、美味しく出来上がるように。それはとても重要な事だから。

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