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モーリフル ~きみがぼくを知っている~  作者: 矢田さき
1章 美和とモリハル
8/13

7

「サッシが?」

「そう。サッシが教室に入ってきたところだったのか自分の席からわざわざ立ち上がって出てきたのかわからないけど、とにかく扉のまえで固まっている洋介やそれを興味本位に見守るクラスメイトの目のまえで、だれのほうも見向きもせず黒板消しをつかむと、その卑劣な落書きをあっさり消してしまったの」

「へぇ」

「消し終えてふり返ったサッシはたったひとこと、最低だね、って言ったんだって」

「す、すごい。でもAくんやほかの男子はそれを黙って見てたの?」

「当然ひどい剣幕でサッシにつめ寄ろうとした。オマエなに言ってんだ、とかなんとかね。でもそれに対して今度はほかの女子たちが彼らのまえに立ちふさがったの。もともと女子は洋介がイジメられてるのをよしとしない立場だったところへ、そうやってサッシが大っぴらに態度を示したことがきっかけになったみたい。次々とAくんやほかの男子たちを非難し始めたの。それでしぶしぶAくんもその場は引き下がった。でも女子はこれで終わりにしなかった。このことを担任に報告して問題にしたってわけ。これについてホームルームで話し合いがもたれ最後はAくんが洋介に謝って一応の解決を迎えたって感じ」

 そこまで言うと、美和はぼくにとめていた足を動かすように目顔でうながした。立ちどまっていたことを今さら思い出し、まえに向き直り歩き出す。

 ぼくはちょっと気になることを口にした。

「サッシはそのあと柴田(しばた)たちから仕返しを――」

「柴田ってだれ? Aくんでしょ」

「あっ」

 つい口を滑らせた。後ろから美和がくすりとするのが伝わる。

「そう、そのAくんたちから仕返しを受けたりしなかったの?」

「それは大丈夫だったみたい。だいたい今のサッシを見ていたらわかるじゃない。あんな堂々としている相手に理不尽な理由でからむことなんてできないよ。アイツらだって一応悪いことをしているって自覚はあっただろうしね」

 それもそうだ。サッシに関してそういう心配は無用だった。

「それでね、わたしがそのことを知ったのは全部終わったあとなの。それも洋介からじゃなくてそのクラスの顔見知りの女子から聞いてね。ま、洋介がイジメられてることを身内に言えなかった気持ちもわかるんだけどね。とにかくその話を聞いてわたしはサッシにすごく興味を持った。弟の恩人ってこともそうだけど、それ以上に人間としての興味っていうのかなぁ。それまでわたしはサッシのことなにも知らなかったから」

 もしぼくが洋介と同じ目にあったなら、やっぱり家族には黙っていると思う。それに洋介にとって美和は同じ年の姉なんだからなおさらだ。

「まず洋介に事実を確認した。最初はなかなか口をわらなかったけど、わたし全部知ってるんだよって匂わせたら、イジメられたきっかけから洗いざらい話した。それでサッシにちゃんとお礼を言ったのかって質すと、案の定、言ってないって言うもんだから、強く怒ってやった。だってそうでしょ。そのときサッシが動いてくれなかったら、弟はどうなっていたのか、自力で解決できたのかって話だもん。わが弟ながら情けないよ。それでも今さらお礼を言うのは恥ずかしいなんて言うもんだから、わたし、サッシの家をさがして、無理やり洋介を引っぱってつれていってやったんだ」

「サッシはなんて?」

「出てきたサッシは、いったいなんの用って顔をしてたよ」

 ぼくは思わず吹き出した。想像通り、というか期待通りというべきか、サッシらしい。

「もじもじする洋介を蹴っ飛ばしてきちんとお礼を言わせると、サッシは、もう用は済んだ? とばかりにすぐ引っこんじゃった」

「それでサッシと仲よくなった――ってわけじゃないよね?」

「うん、まだまだ。サッシの家とわたしの家とはわりと近所だったこともあって、それから学校帰りに見かけたときにわたしのほうから積極的に声をかけたんだ。サッシのことは洋介やイジメのことを教えてくれた子から聞いてかなり個性的な子だってわかっていたから覚悟してたけど、まともな会話をしてくれるまでに、ホント、時間がかかったんだから。それから少しずつお互いのことを話すようになっていったの。そしてついにこの六年になって、わたしたちは運命的に同じクラスになった。と、これがわたしとサッシの、な、れ、そ、め。なんてね」

 と美和は最後をもったいつけるようにしめくくった。

 それでも、あのサッシと友だちになるなんてすごい。

 サッシが根負けしたのか、美和の中になにかしら自分と通じるものを見つけたのかわからないけど、とにかく美和を認めたってことだ。

 ぼくはこれまでふたりについて、似通うところのない正反対な性格、それなのにどうして親交があるんだろうと不思議に思っていた。でも考えたら、今クラスでおんなじようなイジメが起きたとして美和はサッシと変わらない行動をとるはずだし、ふたりはぼくなんかがおいそれと気づかないところ、外からうかがえない心の真ん中あたりで似ているのかもしれない。


 大貫さんの竹やぶを抜けるとぼくの家はもうすぐだ。このあたりは、少しずつ違う箇所があっても基本的に似たりよったりのデザインの建売住宅が並ぶエリアだった。ぼくの家もそのうちのひとつ。

 そろそろ周囲もうす暗くなり始めていた。

「そこを入って角を曲がるともうぼくの家なんだ」

「あ、そうか。じゃぁわたしもそろそろ帰んなきゃ、だね。変な抜け道も通れて面白かったよ。――それじゃぁね」

「もう暗くなるからあのやぶ道は通っちゃダメだよ。ここから引き返して右に曲がって、長者(ちょうじゃ)病院のほうに行かなきゃ。行き方わかる?」

「心配しなくてもだいたいわかるよ。だいじょうぶ」

「うん……でも……ちょっと待ってて」

「どうしたの?」

「いいから」

 ぼくは走って家まで帰るとランドセルと手さげカバンをおいて、すぐさま美和のもとに引き返した。もしかして黙って帰ってやしないかと心配したけど、美和はさっきと同じ場所でぽつんと待っていた。

「お待たせ。荷物おいてきた」

「えっ?」

「途中まで送るよ」

「いいよぉ。わたし、ひとりで帰れるから」

「違うよ。ぼくも気分転換」

「もぅ」

 と美和が笑ったのでつられてぼくも笑った。

 ふたりならんで歩き出す。まだなにか話すべきことが残っているような気持ちの悪さがあった。

「モリハル、おうちの人、心配しない?」

「母さんが帰ってくるまであと一時間くらいあるから、それまでにもどるよ」

「お母さん、お仕事? そうか、遅くまで大変だね。そういえばモリハルって兄弟はいないの?」

「うん、ひとりっ子だよ――」

 ぼくらはふだんあまり話題にしない家族のことなんか話した。でもフクショーが言っていた美和の父親や不良の姉について、核心に触れることはなかった。

 途中何度も「もうここまででいいよ」という美和にぼくはのらりくらり理由をつけて、彼女の家のすぐ近くまでついていった。

 郵便局や、先日中央図書館に行くとき待ち合わせた駅まえも通りすぎる。

 遮断機のない小さな踏切を越えたあたり。すっかり日は暮れていた。そこからは一応舗装されてはいるけど路面が悪いゆるい坂道。両わきが荒れた空き地で、工事車両やコンクリートのかたまりが一見無造作におかれている。古い街灯がぼやけた明りで道を照らしていた。

「モリハル、ホントにここでいいよ。ウチはこの先、すぐだから。ここまで送ってくれてありがとう」

「わかった。じゃぁまた明日」

「――うん、また明日――でも……ちょっと待って。あのね……」

 ぼくを引きとめた美和は、持ち物検査でハンカチを忘れてしまったときのような決まりの悪そうな表情を浮かべて、もじもじするようすが彼女に似つかわしくなかった。黙って次の言葉を待つ。

「あのさ、モリハルはどう思っているのかわからないけど……う、でずもう……」

「腕相撲?」

「そう、あれだよ、わたしからやろうって始めたことなのに――説明しないで、急にやめちゃったでしょ。それが気になってて……モリハル、変に思ってるだろうな……って……」

「それは……」

「わたし、人からどう思われたって、それはどうでもいいんだ……でも、そういうんじゃなくて、わたし……」

「わかってるよ」

「えっ、なにが?」

「美和の気持ち。なんでやめたかくらい、ぼくにだってわかるよ」

「ホント、に?」

「うん」

「そうっか……じゃぁよかったぁ。うん。でも、やっぱりごめんね」

「美和が謝ることじゃないよ。毎日やるって決めていたわけじゃないし」

「そうだけど――やっぱりあんな終わり方、変だし、自分でも、もやもやっとしてて、気持ち悪かったから。ちゃんと伝えるべきだった」

 このとき、ぼくらをへだてていたラップがスッと消えた。美和も引っかかっていたんだ、あの時間がなくなったことに。ぼくのつっかえていたものも自然と外れていた。

 すると、いきなり美和が表情を変えた。ぼくの心の中の美和と同じ、日射しのような顔。その瞳をクリクリさせて、

「モリハルもおんなじだったんだ」

「なにが?」

「気持ちが伝わってたってこと」

「どういう意味?」

「なぁんでもなーい。んじゃぁ、今度こそホントにまた明日ねっ、バイバイ」

「ば、バイバイ」

 美和はきびすを返すとあとはふり向かず、ぼんやりした夜道を走っていった。

 後ろで踏切の警報音が鳴り出した。

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