表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モーリフル ~きみがぼくを知っている~  作者: 矢田さき
1章 美和とモリハル
5/13

4

 ぼくらの小学校では運動会が終わるとすぐに音楽会の準備にとりかかる。

 ただ運動会と違うのは、ぼくにとって音楽会の練習自体嫌いじゃないということ。歌うのはともかく楽器の演奏はわりと得意だし好きだったからだ。

 とはいえ、ピアノ等習っているわけでもないぼくの担当は、ピアニカとアルトリコーダーという〝その他大勢パート〟ではあったけど。それでも運動会と音楽会では、向き合うモチベーションが黒板と星空くらいの差があった。

 今年の六年の合奏曲は日本民謡メドレー。木曽(きそ)節や五木(いつき)の子守唄などの演目の中、ぼくがいちばん気に入ったのは会津磐梯山(あいづばんだいさん)だ。イントロからだんだん盛り上がって主題に突入するとき、一気に視界がひらけるようなアレンジが気持ちよかった。特にみんなの息がぴたりと合ったときの高揚感は格別だ。これが合奏の醍醐味かと思う。

 だから学級壁新聞のぼくのコラムにおいて、音楽会で演奏する日本民謡それぞれにつき、各地に伝承する逸話や曲の背景などを調べてシリーズで載せたい旨を美和とサッシに提案した。すると、

「モリハル、それ、すっごくいいアイデアだと思う。そのコラムを音楽会のメイン記事でいこう」

 そう言って快諾してもらえたのは心から嬉しかった。

 新聞係になって初めて自分から積極的にアイデアを出せたわけで、やっと美和の期待に応えられると意気ごんでとりかかった。

 学校の図書室では資料の限界があるので、日曜日には中央図書館にも足を運んだ。自分の好きなジャンル以外の本を読むことも新鮮な体験だった。

 休み時間、美和に家で書き上げてきた原稿を見せていると、

「よく調べてあるね。へぇ、こんな歌詞がついてるんだ。うん、なかなか面白いよ。全体に堅苦しくなくて読みやすいし。これって全部ウチの図書室で調べたの?」

「それが、図書室でも調べてみたんだけど思うような内容の本がなかったから、思い切って日曜日に中央図書館まで行ってみたんだ。そしたら、さすがに蔵書の数がすごくて。探すのは大変だったけど、おかげで思っていた以上の収穫だったよ。もう少し通ってみようかなって思ってるんだ」

「ねぇモリハル、じゃぁさぁ、次の日曜日、わたしもいっしょに行ってもいいかなぁ?」

 思いもよらない美和の申し出。頭の中が真っ白になったあと、またしてもぼくは、

「な、なんで?」

「フフ、またなんでぇ? わたしもそんな大きな図書館、行ってみたいし、モリハルの調べものを手伝ってあげるよ。これ読んだら作業の大変さがわかるもん。ね、いいでしょ?」

 美和にそう言われて、もちろんぼくに断る理由もなく、次の日曜日には待ち合わせをしていっしょに中央図書館へ行くことに決まった。


 学校以外の場所で美和と会うのは初めてだった。

 厳密には放課後外で見かけたことはあっても、こうして目的を持って、しかもふたりっきりで会うなんてシチュエーションが訪れるとは思ってもなかった。

 それと例の影のことも忘れていたわけじゃない。

 まえの晩から、せっかくクラスメイトのいない場所で美和と会うのだから、それとなく彼女の心配ごとを訊きだす機会をうかがおうと考えていた。うまくできるかは別として、これは絶好のチャンスだと思ったから。

 待ち合わせは美和の家に近い私鉄の駅。

 約束の朝九時にぼくが到着したときには、美和はすでに人待ち顔で券売機のまえに立っていた。小さな駅なので人影もほとんどなくお互いすぐに相手に気づいた。

 気づくには気づいたのだけど、ぼくは今一度彼女の顔をたしかめた。いつもの美和とようすが違ったからだ。

 学校にいるときは必ず後ろで束ねている髪を、今、目のまえにいる彼女はすっかりおろしていたので、美和だとわかってもその雰囲気がまるで別人だった。

「モリハル、おはよっ!」

 美和の声にようやっと頭が事態を理解して、

「お、おはよぅ……」

 と返す。たぶん、かなりとぼけた顔で。美和はそれに応えて、

「あぁこれ? 休みの日はたいていおろしてるんだ。学校では動きやすいようにくくっているけど。えっ、わたしって気づかなかった?」

「そんなことないけど……そのぉ、なんかぜんぜん雰囲気が違うっていうか――」

「へぇ、そんなに違う? なにモリハル、いつもと違うわたしにドキドキした、とか?」

「う、うん、ドキドキ……した」

「アハハ、やっぱりモリハルだ。こういうとこ、ホント素直だよねぇ」

「い、いや、そういう意味じゃなくて――」

「どういう意味でもいいよ。さぁ早く行こう」

 学校の外でも始終美和のペースなのはいつもと変わらない。

 ぼくらはあまり混み合ってない休日の電車に揺られ、とりとめのない話をした。もちろん美和主導だ。

「モリハル、キィウィって鳥、知ってる? ニュージーランドの飛べない鳥」

「うん」

「昨日テレビで見たけど、モフモフで可愛いよねぇ」

「あの、モフモフって……。ニュージーランドは哺乳類がもともとコウモリしか生存していなくて、天敵がほとんどいなかったため飛ぶことをやめた鳥がほかにも数種類いるんだよ。ニュージーランド自体、鳥の王国っていうぐらいだし」

「そうなんだ。果物のキィウィが鳥のキィウィに似ているところから名づけられたって話はわたしも聞いたことあるけど」

「そうだね。あとニュージーランドの人は自分たちのことをキィウィって呼ぶらしいよ。キィウィが個性的な鳥ってことから自分たちも個性的であれって意味で」

「ふんふん、じゃぁモリハルもキィウィだね」

「ぼくが?」

「そう、モリハルって自分で思っているよりずーっと個性的だもん」

 美和との会話はときどき魔球のようなボールが飛んでくる。

「ねぇ、モリハルの将来の夢ってなに? やっぱり宇宙の研究をするような学者さんとか目指したい? それとも小説家かな? 教えてよ」

「ゆめ? 夢って言われても……んん、なんだろ、あんまり真剣に考えたことないかな。宇宙や星の話は好きだけど、ぼくになにか新しい発見ができるとも思えないし、まして本は読むのが好きなだけで物語を作るなんてできっこないよ。自分がどんな大人になるのか、ちょっと想像できない」

「そんなことないでしょ。わたしはモリハルの夏の自由研究や壁新聞のコラムを読んで、ほかの子にはない才能を感じるよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、大げさだよ。だいたいぼくがやってることは、調べたことをまとめているだけだし、こんなのだれにだってできるよ」

「あのさぁ、モリハルの悪いところはさ、そうやって自分を過小評価しすぎるとこだよ。ま、その謙虚さがモリハルのいいところでもあるんだけどね。でもそういうのってときどき近くで見ていると焦れったくなるんだ」

 美和の言いたいことはぼくにもなんとなくわかる。そういう自覚はあるのだけど、ぼくみたいな人間にとってそう簡単に自信なんて持てるものじゃない。美和みたいにいつも自信にみなぎっている子にはわからないと思うけど。

「美和は、いつもなんにでも自信満々だから……」

「ふーん、わたしってそんなふうに見える?」

「いや、あのぉ……うん、見える――っていうかみんなもそう思ってる……んじゃないかな」

「みんながどう思ってるかなんてどうでもいいよ。モリハルはどうなの?」

「やっぱりぼくも……そう見える……かな」

「そっかぁーっ、ちょっと残念だな。だってぜんぜんそんなことないんだよ。わたしだってなにするにも自信なんかこれっぽっちもないし、ただ毎回全力でぶつかっているだけだもん。モリハルといっしょ。たぶん、自信満々なんて人は、よっぽど限られたすごい人かうぬぼれの強い人だよ。わたしが言ってるのはそういうことじゃなくて、モリハルにはもう少し自分のことを好きになってほしいってだけ」

 美和はそう言うけど、自分を好きになるには自信が伴わないとなかなか難しいとぼくは思ってしまう。美和はそうじゃないんだ。

「……じゃぁ美和の夢はなに?」

 自分の夢は棚に上げても美和の夢がどういうものか、すごく知りたかった。美和は一瞬照れたような表情を見せたあと、いつもの猫目をクリクリさせて、

「わたしの夢はねぇ、スーツを着て男の人に負けないでバリバリ働きたい。英語を勉強して海外にも出ていって活躍したい。なぁんて、女の子がこんなこと言うとちょっと引いちゃうかな?」

 最後のほうはぼくを試すような視線を送ってくる。

「いや……引かないよ。でも、かっこいいね。ちょっとびっくりした」

「その顔、やっぱり引いてるんじゃない」

「引いてない、引いてない。引くわけがないよ。美和みたいに堂々と自分の将来を描けることが羨ましいんだ」

「モリハルだってなにかのきっかけで大きな夢をきっと持つ。わたしにはわかるんだ」

 美和は真顔でひとりうなずいて納得顔。ぼくはまだなにもわかってない。


 中央図書館で美和とすごした時間は、なんともフワフワとした地に足のつかない、それでいて一秒一秒をたしかめるような濃密な時間だった。たとえるなら、校外学習のバスの座席で美和とふたり隣り合ったときのような。

 図書館なのでふたりの意思の疎通は基本最小限の小声とアイコンタクトになる。それがよりふたりの距離を縮めたし、学校以外の場所、つまりまわりに自分たちを知る人間がいない環境というのも繋がりを強くする一因になっていたと思う。むろん、ぼく個人の主観であって美和はどうかしれないけど。

 ぼくらは、図書コーナーで資料となる本を探し、それを持って閲覧室に行き必要な部分をノートに書き出していく、それが終わるとまた次の資料を探しにいく、それをくり返した。原稿にするのは家に帰ってからでここでは資料集めに専念する。ときどき息がつまった美和がぼくの袖を引っぱると休憩の合図で、そのときは外の空気を吸いに出た。

 そのうち正午を大はばにすぎるころになってぼくのお腹が鳴った。キュルルルゥと、なんとも物悲しい音が室内に響いて、思わずふたりで顔を見合わせる。吹き出しそうになるのを懸命に口元をおさえてこらえた。それまで根をつめすぎで、ふたりとも空腹にさえ気づかなかった。

 ぼくは先週したようにコンビニでおにぎりを買って近くの大倉山(おおくらやま)公園のベンチで食べることを提案。「あ、それいい。そうしよう」と美和も同意する。

 公園に腰を落ち着けると、目のまえではフェンス越しに少年野球の試合が行われていた。

「天気よくて気持ちいいねぇ。こんなふうに外でごはんを食べてると、なんか遠足にきているみたいだね」

 そう言うと美和は軽くのびをしてリラックスする。晴れ渡った秋空にはほとんど雲もなく、ぼくも彼女と同じような気分になっていた。まるで遠足でみんなから離れた場所で美和を独占しているような。

 そんな美和は午前中の作業にいくらか疲れているようだ。

 ぼくは図書館の静寂が好きだけど、美和みたいに慣れない人にはけっこうなストレスになっているんだと思う。だから、

「疲れたから今日はここまでにしておかない? 次の号の原稿はもうできてるし、その次の分の資料も充分集まったから」

「あ、それ、わたしのこと気遣って言ってるでしょ。大丈夫。ここで休憩とったら回復するから。そしたらまだまだやれるよ。せっかくふたりできたんだし、今日中に全曲分の資料集めちゃおうよ」

 美和がそう言うのにそれ以上強く主張する理由もなく、午後も引き続き作業を行った。そして夕方には彼女の目標通り全曲分が集まり、あとはぼくが家で原稿にまとめるだけになった。

 心地よい疲労感と充実感をおぼえて電車に乗ったぼくらは、朝待ち合わせた駅まえにもどってきた。

 惜しむらくは、今日一日美和といっしょにいて、結局、彼女の影にまつわる真相について最後まで訊き出せなかった。事前にチャンスだとわかっていたにもかかわらず。予想できたことではあるけど、ふがいない。

「今日はありがとう。おかげでもう中央図書館に通わずにすむよ」

「ぜぇんぜん、わたし自身、今日楽しみにしてたんだから。ホントに大変なのはこれから原稿をまとめることでしょ。でき上がりを期待して待ってるから――」

 ぼくはこのままさよならするのは名残惜しいような気分で、美和もなんとなくまだしゃべっていたいのかなと思わせるような雰囲気だった。

 だけど彼女が話を続けようとしたとき、

「みーわ、そんなとこでなにしてんの?」

 かすれた若い女性の声がぼくらの会話をさえぎった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ