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モーリフル ~きみがぼくを知っている~  作者: 矢田さき
1章 美和とモリハル
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「とうとう卒業しちゃったね」

「うん」

「モリハルはどんな気分?」

 訊かれて言葉につまる。正直になんて答えればいいのかわからない。二月ごろからずっと持てあましていたもの、掌握できないもの、だったから。

「よくわかんない……気分かな」

「そっかぁ。うん、実はわたしもわからない。まだここにいたいって気持ちと、さっさと先に進みたいって気持ち、両方あるんだよね。でも――やっぱり早く大人になりたいのかな」

「大人にって、早く働きたいって意味?」

「そういうわけじゃないんだけど……んん、うまく言えないや」

 それからしばらく、どちらからも声をかけづらい空気になった。美和の心の〝揺れ〟みたいなものが伝わってくる。

 ぼくはまだ先には進みたくない。先に進むには、自分にはなにか足りてないものがある。ぼんやりとではあるけど、そんなふうに思っていた。でも美和は違って、もっと先に進みたがっている。ここに未練はあるのだけど、それを許さないなにかがあって、進む気持ちが勝っているってことだろうか。

 すると、

「モリハルはね、モリハルの色はうすい黄色」

 美和が言葉をぽつりと落とすようにつぶやいた。手元に生えていたアレチノギクの葉をちぎって無意識のように放る。

「ぼくの色?」

「そう、モリハルの色。ちょっとあったかくてやさしくて、けっして強くはないけど、いつも変わらず、うっすらとした黄色。どんな色にもまじらない意思を持った黄色。わたしが好きな色」

「好きな」って部分に過剰に反応して身体が熱くなる。間違えるな。美和は色の話をしただけだ。でもぼくのことをよく言ってくれているってことはわかる。

「それが、ぼくのイメージってこと?」

「イメージじゃないよ。モリハルそのもの」

「それなら美和の色は?」

「自分じゃ自分の色はわからないんだ。モリハルが決めてよ」

「えぇっと、何色だろう……。そうだなぁ――」

 どう答えていいかわからないでいると、

「こうすればわかるんじゃない?」

 いきなり美和がぼくの手を握った。

 びっくりした。びっくりしたけど、久しぶりにあの感覚がよみがえる。腕相撲のとき、ふたりを繋ぐ電流が流れたような、あの感覚。

「どう?」

 ぼくをのぞきこみ、握った手をさらに強く握る美和。あれっ?

 ぼくに言葉にできない思いを伝えようとしているのだと思った。それはあの〝影〟のことなのか、この数カ月話せなかった、伝えられなかった思いなのかしらない。でもたしかになにか伝えたいことがあるのはわかる。

 ぼくも強く握り返す。

 ちがう、違う。そうじゃない。伝えたいことがあるのはぼくのほうだ。伝えられなかった膨大な思いがあるのは自分だ。

 たとえば、二学期のように、美和の話すたわいもない話にぼくが的外れな返事をする。対して美和はからかいまじりに容赦ないツッコミを入れる。そんな日々。そんな記憶の片すみに残るか残らないかくらいの、ささやかな日常をとりもどしたかったけれど、叶わなかった。そういう思い。

 ほかにも、まだまだどうってことのない小さな思いの数々が浮かぶ。そのすべてを、ずっと伝えたかったんだ。

 美和の色。

 それはぼくにとってさまざまな色に映る。

 冬の澄みきった空気のように透明なときもあれば、夏の木漏れ日のように黄緑色のときもある。夕陽のオレンジだったり、プールの底の水色だったり、枯葉の金色だったり、クルクル変わる美和の表情と同じ、さまざまな色だ。

「――答えるの、難しいよ」

 美和は握っていた手をはなしながら、

「そうだね。人を色にたとえるなんて――わたし、変なこと訊いちゃった。うん、それより、中学でも同じクラスになれたらいいのにね」

「ぼくと?」

「あたりまえじゃない。だれの話していると思っているのよ」

「さ、サッシとか」

「サッシとはそういうんじゃないんだ。もちろんいっしょになれたほうがいいけど、別々のクラスでもいっしょっていうか、そういう子」

 なにかの謎かけみたいだ。

「モリハルとはね、今みたいに、いろんなくだんないこと気にしないで、自然に話ができるから、また同じクラスになれたらって思うよ。心から」

 この言葉で、ぼくはこの数カ月気がかりだったものがどうでもよくなった。

 柿迫さんとの噂に対して美和に弁明できなかったこと。その噂について美和がどう感じていたのか訊けなかったこと。ぼくが新聞係を外れたあと、美和とクマキチたちとの関係がどうだったのか、もやもやしていたこと。そういう思いが雲散霧消した。

「ぼくも――そうなれたらいいと思う」

「よしっ」

 と美和は力強く立ち上がった。斜面の上のほうを向いて、

「あの赤い花が咲いてる木のところまで競争しよう。コースは自由。わたしはモリハルがスタートして五秒後にスタートするから。いいね」

 有無を言わせぬセリフ。美和が指さすのは丘の上のヤマツバキ。灌木や岩の迷路をうまく走り抜けてあそこまで競争しようというのだ。五秒のハンディキャップで。

「さぁ、しょうぶ、勝負。モリハル、走って!」

「あ……うん」

 ぼくは戸惑いながらも走り出した。後ろで美和の数えるカウントダウンが聴こえる。

 どこをどう走ろうかと考える余裕もなく、ただ上を目指す。のび出した枝に服を引っかけ、下草に足をとられながら闇雲に走る。耳の中では風がビュービューとうなりを上げる。

 すぐに息が上がって苦しくなったけど、心はポンポンはずんでいた。

 空は学校の花壇の縁石みたいな水色だった。


          †


 次の日から春休みに入った。だけど、実はこのあいだの記憶がぼくにはない。

 数日後に大きな事故に遭い、頭に怪我を負って手術を受けた。そのときのショックで、事故の瞬間はもとより数日まえからの記憶を失ってしまった。病院のベッドで目覚めたぼくは、卒業式の夜からずっと長い夢を見ていた感覚だった。

 ぼくはみんなより半年遅れて中学に入学した。

 しかし、そこに美和の姿はなかった。

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