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モーリフル ~きみがぼくを知っている~  作者: 矢田さき
1章 美和とモリハル
10/13

9

 三学期最初の学級会で波乱があった。

 それは二学期と同じくクラスの係を決めていたとき。教室のまえには始業日に委員長と副委員長に再再選した岡村と美和がいた。

 新聞係を選出する番になり、今回、ぼくは迷いなく手を上げた。そして美和とサッシも。でも、名乗りを上げたのはぼくらだけじゃなかったのだ。クマキチのほか三名の生徒が手を上げていた。

 クマキチの見え透いた動機はともかく、ほかの三人は去年の壁新聞を読んで純粋に参加してみたくなったのかもしれない。しかし、なんの支障もなくまたぼくと美和とサッシでやれると信じていたのに、これは大きな誤算だった。

 新聞係の枠は最大でも四名になっていたので、ルールに従ってジャンケンで決めなければならない。

 結局選ばれたのは、美和とサッシ、クマキチにワッタンだった。ぼくは外れてしまった。強制的に希望者のいない美化係にまわされる。

 公正な結果なのでどうしようもない。それでもショックは大きい。美和と席を離れ新聞係も外れ、手にした風船がなにかのはずみでスーッと上空に舞い上がったように気が抜けてしまった。

 学級会が終わっても、なんとなく美和と目を合わせられなかった。


 それからも、ぼくと柿迫さんの噂が絶えることはなかった。それでも慣れとはおそろしいもので、日常にとけこんでそれほど気に病まなくなった。それについては平木さんの存在が大きかった。

 彼女はクラスでも美和や長野(ながの)さんたちと仲のいい生徒。美和と同じグループにいるくらいだから、わりとハキハキとものを言うタイプだ。でも美和のように活発な印象はなく、めんどうみのいいお姉さんのようなたたずまい。そんな平木さんは、柿迫さんが転校生ということもあって、同じグループではなくとも、それまで彼女に対しなにかと気にかけて接してきたように思う。同じ班になってからはそれがより顕著になっていた。

 最初のころ、理科の実験や給食の時間のように班ごとで行動する場面で、ぼくはどうしてもギクシャクしてしまった。噂の件があって自然にふるまえない。それは柿迫さんも同じだったと思う。

 そういうとき平木さんはぼくや柿迫さん、それに遠藤に対して平等に声をかけ、四人がうまく繋がり班が機能するようにさり気なく気を配ってくれた。たぶん、彼女生来の性格から無意識に。まるで潤滑油のような存在だ。

 そのおかげでぼくと柿迫さんは、だんだん意識せず顔を合わせて話すことができた。そうするとまわりの生徒から冷やかされることが減っていった。こちらがおどおどせず、やましいことなどないのだと平静にしていれば、相手も今一度自分の言動をふり返って、気後れが出てきたということだろう。つまりサッシみたいであれってことかな。

 とにかく平木さんはぼくにとって救世主だった。もっとも、彼女はそんなつもりは微塵もなく、それどころか、今でもぼくのことなんか、男子としてどうしようもなく情けないヤツぐらいに思っているはずだ。

 つまり、彼女が柿迫さんのためと思って噂を一蹴して班の空気を作ったことで、周囲にもそれが伝染していった結果、噂は消えなくとも居心地の悪さはかなり和らいだ、ってこと。

 まぁ、クマキチやナータンたちは飽きずにからかうことをやめなかったけれど。

 そうやって美和から離れたぼくの生活は、新しい歯車とともにまわっていた。


 二月に入ると、小学校卒業という人生最初のゴールが実感をともなって見え始める。ぼくには中学に進学することに対して希望よりも不安のほうがより大きかった。

 放課後に居残ることもなくなり、美和とはほんのたまに話すくらい。それもごく短い時間。ふたりのあいだがなんだか遠く感じられる。二学期が無性に懐かしかった。

 ひとつ気になっていたのは、美和の例の〝影〟のことだ。あれは消えるどころかどんどんその重さを増しているように感じられた。

 美和のことだから、ネガティブなことがあってもおくびにも出さないよう気をはっているだろうし、気をはっていることさえ気づかれないよう自然とふるまっているんだろうけど、ほかのだれが気づかなくとも、ぼくにはわかる。彼女の瞬きにあらわれる翳りの存在はたしかにある。

 それでも美和になにも言えない。なにもできない。


 放課後、その日はフクショーを見つけられずひとりで下校していた。

「もり……たくん」

 大貫さんの竹やぶにさしかかったところで後ろから声をかけられた。あまりに控えめだったので、最初自分に向けられたものだと思わなかった。

「森田くん」

 二度目ははっきりした。ふり返るとそこに柿迫さんが立っていた。

「えぇっと、どうしたの?」

 柿迫さんの家がこの近くだとは聞いたことがない。この場に彼女がいることがかなり不自然に思えた。

「うん。それが……あのね――」

 顔を赤らめた柿迫さんはダッフルコートのまえを抱くようにして一度うつむく。その仕草が一大決心を持ってここにあらわれたように映る。

「これから少しお話できるかな?」

「いいよ。じゃぁ、あそこに座る?」

 ぼくは近くの生垣のある大きな屋敷、その勝手口の石段を指さした。柿迫さんがうなずき、ぼくらはならんで腰かけた。なかなか切り出さない彼女に、

「柿迫さんの家って、この近所なの?」

 ぼくからきっかけを出す。

「ううん、違う。学校とは別の場所でお話したかったから、悪いと思ったけど、森田くんのあとをこっそりついてきたの。ごめんなさい」

「そ、それは別にかまわないけど」

 あんな噂が立っているのに、見かけによらずこの子も思い切ったことをするなぁと感心する。

「それでね、わたし、森田くんにずっと謝りたくて」

「えぇっ、なんで?」

「……わたしたちの噂、あれってたぶん、わたしが原因だと思うの」

 この言葉は本当に予想外だった。

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