95.魔王降臨
ブクマありがとうございます。
「デボンの配下から魔王専属に左遷されたって?」
久しぶりの魔王城の長い廊下を漂うなか、道すがらいままでの魔王軍の動きを確認した。リッチの訪問後、魔王直々に人間界への進出を停滞させる命令を出したが、デボンは魔王軍の補強期間として捉えたこと、話し相手が欲しいと我儘をいう気難しい魔王の元に送り込んだ魔族が次々と殺され、現在はデモンゴがあてがわれているがいつ殺されるか分からず、眠れない日々を過ごしているのだとか。
「左遷…ではない、ことを祈ります。しかし魔王様が話し相手にアンデッドの男を、リッチ様とお話ししたいと仰いましたので。急なお呼び立てをして申し訳ありませんでした」
「じゃないと命かかってるから?」
「…勘弁してください」
社畜っぷりに同情しているとあっという間に魔王の寝室へ通され、デモンゴは頭を下げてその場を後にした。相変わらず室内は闇に包まれているが、前回と1つだけ違いがあった。
「おー、アンデッドの!久しぶりだな!!」
「……なんだこのガキ」
暗闇からは少年が出てきた。しかし肌は青く、瞳の色が白と黒で逆になっているため、普通の人間ではなく、魔族であることが一目で分かる。
「む!?相変わらず貴様は失礼だな。余は魔王リゲルドなるぞ!」
「え、なに。受肉して子供になったの?」
「貴様が受肉したら会ってやるというから急いで肉体を構築したのだ!本来ならば成人になるまで受肉はしないはずなのだが…」
「そんな約束した覚えはねぇ」
「しかし話し相手になってくれると約束したではないか!?どいつもこいつも余の機嫌ばかり窺いおってからに。貴様と話している時が一番楽しかったからな!ほれ、何か話せ」
唐突の無茶振りにイラつきを覚えたが、その前にまず大人としてやらねばならないことがあると魔王の傍に寄る。
そして思いっ切り頭に拳骨を振り下ろした。
「ぐおおおぉおっぉぉぉ、頭が、頭がぁぁああ!!」
産まれて初めての痛みに悶え苦しみ、睨むように男に視線を向けようとするとすでにリッチの顔は彼の目の前にあった。
「まず1つ言っておく。俺は年長者、お前さんは年下。敬わなくていいが見下すのは相手が誰であってもやめなさい」
「し、しかし」
「じゃないと一生口を聞いてやらんぞ?いいのかな~面白い話いっぱい知ってるのに。年長者だからたくさんお話知ってるのにな~、残念だな~」
まるで子供のような脅し文句であったが、ここまでの不慣れなやり取りと話し相手への渇望、そして頭に走る鈍痛が魔王の判断力を鈍らせた。
「す、すまなかった。態度を改めるからその面白い話というのを余に聞かせてくれ!」
部屋を去ろうとするペテン師の足に縋り付き、懇願する魔王が見えないように舌を出しつつクルリと振り返る。
「OK、交渉成立。さて、何から話そうかな~」
今頃王城では司祭が勇者一行を落ち着かせてくれているはず。しばらくはこちらにいようと画策し、自身の生まれから今に至るまでの経緯を多少盛りながら英雄譚のように話を聞かせた。かつてクロナやクルス、リウムたち3姉妹にも聞かせた話ではあるが、彼女らと同じように目を輝かせながら魔王は聞き入っていた。
そして王城を手に入れ、国の再建の話までの全てを話し終えると立ち上がってリッチの手を両手で包む。
「リッチ殿!いえ、師匠!!余は感激した!この狭い室内しか知らぬ余の心に光をもたらしてくれた礼は大きい!余も是非!師匠のような波乱万丈な生を歩みたく、お伴することを願いたい!」
……いいのか、これ?
まず頭に浮かんだのがその言葉だった。デボンは魔王軍による支配という悪人らしい立ち位置を演じているが、曲がりなりにも女神が描いた魔王vs勇者のシナリオをぶち壊す寸前まで来ている。世界のシナリオを破壊しても問題ないのか、いまだかつてない葛藤が心の中でひしめくも、数秒後には晴れやかな顔をしていた。
女神には「好きにしろ」と言われているのだ。さらにはこの世界に本来いるべきではなかった自身がアンデッドとして蘇り、あまつさえ滅びるはずだった都市まで救ってしまったのだ。今更シナリオの1つや2つをぶち壊したところで恐れるものなどないと、半ばヤケになっていることに気付かずに魔王の頭の上に手を置く。
「そこまで懇願されては仕方がない。ただし俺の言いつけは絶対に守ること、いいね?」
「何でも仰せつかってくれて構わぬぞ!」
「って言ってもシンプルだけどね。無暗に殺しや破壊はしないこと、あとデモンゴをもう少し労わってあげて。以上」
「それだけのことか、よかろう!」
本当に分かっているのか?
半分疑問に思いながらもグレンから勇者との和解に成功したという一報を受け、ひとまず話を切り上げることにした。
「じゃ、俺は一旦戻るけどリゲルドはデモンゴにでも連れてきてもらって」
「おぉ、本当にお伴してもよいのか!?もちろん約束は魔王の誇りに賭けて守るぞ!」
魔王の誇りと関係あるのかと思いつつ、グレンの元へと自らを転送する。
「リッチ様!お戻りになられましたか」
応接室ではお茶菓子をむさぼる勇者一行、さらにはクルスたちやリウムたち、壁を破壊し会話に混ざっていたであろうアウラの姿まであった。
「いや、任せたのは俺だけどここまでの和解は期待してなかったというか…グレンすごいね」
「ありがとうございます。これも全てリッチ様の加護によるものです」
「そんな加護与えた覚えは…」
おかえりー、と家族から口々に言われていると背後に灰色の靄が立ち上る。全員の視線がリッチの背後へと移ると、靄の中からは魔族の少年と目玉の魔物が歩み出てきた。
「ここが師匠の住まいか!なかなか綺麗で…ん?」
周囲を見回しやっと焦点がリッチの前面にいる複数の存在に気付く。先程のイビルアイはともかく、突如同伴された偉そうな少年に目を点にして彼を迎え入れた。その奇妙な様子に一瞬考えるように口に手を当てていたが、解決したかのようにすぐさま胸を張って名乗りを上げる。
「名乗り遅れて申し訳ない!余は魔王リゲルド!師匠に付き従い、居城への侵入を許された者だ!宜しくな!!」
「「「「「「「「へっ!?」」」」」」」」




