94.進路相談
ライラを介抱し、席に再びつけるようになる頃には全員落ち着きを取り戻していた。双子の女神の思惑、魔王の存在、彼らのこの異世界での存在意義が悉く無に還るような事実の数々。何のための転生か、何のための勇者か。再び呆然とする前に男が話しかけてくる。
「ところで君らはいつ死んだんだい?」
「…修学旅行中にバス事故で。僕たちクラスメイトなんです」
「なら儲けもんと思えばいいんじゃないの?どのみちバス事故で死んでたんでしょ?」
……身も蓋もないがそう言われてしまえば確かにそうだ。あの時確かに死んだ。そして使命を与えられ、ゲームのような力を得てこの世界に生まれ変わった。決して手放しに喜べないが、それでも…
「それでも、生きている…か」
「……えっとさ、一回状況整理しようか。私たちの使命は[魔王退治]、だよね?」
「だからこの世界に俺たちは勇者として転生されました」
「魔王を倒すためにあたしら強くなろうと冒険者になったり、人助けしたり」
「…魔物を倒してこの世界に平和をもたらすことも求められていますね」
「山賊とかもいたけどな…そういやリッチ、さんは使命ってもらったのか?」
「好きにしろ、って言われたよ」
「マジかよ」
ラスボスたる魔王は目の前のアンデッドの言葉が正しければ戦を起こすような存在ではなく、勇者として用無しになった自分たちは一体どうすればいいのか、使命は果たさなくてもいいのか。思い悩める子羊たちを前に、頭を掻きながら出来の悪い生徒を嗜めるように男が話しかける。
「まぁあれだ。過去に会った転生者仲間もエルフと結婚した…はずだし、好きに生きたらどうだい?」
「…エルフと結婚したんですか?」
「てかエルフっているの!?」
「あれ、会わなかった?」
そもそもアンデッドがどのようにして転生者と知り合いになったのか、せがむように聞かれたことで仕方なしとクルスたちに語り聞かせた唯一の冒険譚を述べる。
アンデッドの小鳥やねずみを介して冒険者と行動を共にし、結果的にカンジュラを救う形になったが悪ふざけが過ぎたことを今も反省しているということ。まるで懐かしい思い出のように話す彼の語り部にカンナが挙手する。
「何かな?」
「あの……もしかして伝承に出てくる[立派な魔術師]ってリッチさんのことですか!?」
「[蒼の伝説]のことか?…そういや小鳥とねずみって思いっ切りカンジュラのシンボルじゃねぇかよ!!」
「あ~さっきお土産で絵本見せてもらったけど、[ティアラミル]ってあいつらも大分遊んでやがったな。その冒険者の名前だけどティアラがエルフ、転生者の知人がアミルって言うの」
「エルフと結婚して[剣神]スキルを持っていた方ですよね!?」
3000年前に転生し、伝説に出てきた張本人を前に絵本のファンであるカンナやガイアは興奮し、リオンやアイリス、スターチは仕切りに感心していたが、ライラだけは不審そうに男を見ていた。
「…森で出会った時、何故転生者だと打ち明けなかったのですか?」
「アンデッドが突然現れて転生者で~すって申告したところで信じてくれるわけないじゃん」
「それもそうですね。ところでサンルナー教をご存知ですか?」
「俺を祀ってる司祭さんがそこの出身だって言ってたっけかな」
「ま、まさかグレン司祭様ですか!?」
「誰?」
そういえば名前聞いてなかったと思いつつ、かつて赤子であったライラの育ての親であったことを知る。しかし数年後には人のために尽くすと言い残して教団を去って以来、行方がつかめなかったと沈痛な面持ちで語ってきた。
「この世界の父は短い期間だったとはいえ、グレン司祭様に他ならないと思っているんです…本当に司祭様はこちらに…」
縋るような目には涙を溜めており、複雑な思いに駆られながらも真実を告げるのが彼女のためだと信じ、部屋奥に空いている空間を見るように一同に指示する。
「言葉よりも見せた方がいいよね。『司祭』」
空間に青い靄が突如吹き上がると同時に神官服に身を包んだミイラが現れ、人間の一行に頭を深々と下げるとリッチの方へと身体を向ける。
「お呼び頂き誠に有難うございます。本日はどのようなご用件で?」
「お前さんの名前は[グレン]で合っているかな?」
「…その名はとうの昔に捨てました。私は貴方様の眷属たる、ただの司祭にございます」
「ん~それなんだけど、お前さんが昔育てた勇者のお嬢ちゃんがソコにいるんだよね」
アンデッド後もなお逞しく生える太い眉を吊り上げ、ちらりと固まっている人間の方向を見る。確かに教団を去る前に娘の赤子を世話したことはあったが…
ゆっくりと歩み寄り、旅僧侶のローブに身を包んだ少女の頬に手をかざす。
「ライ、ラ…なのか?」
「……はい。グレン司祭、様、なのです、か?」
「…大きくなったね」
にこやかにほほ笑むと飛びつくようにライラが司祭に抱き付く。
「司祭様!あぁぁ何というお姿に!!」
突然のことに驚きながらも、胸元で泣きじゃくる娘の頭を優しく撫でる。
「私が望んでなったことだ。それにおかげで素晴らしい主とお会いすることも叶った」
「な、サンルナーの教義をお忘れですか!?」
「私が昔教えたことは覚えて…いるわけないか。なんせまだほんの赤子で…」
「…[誰も恨んではいけません、生があり死があるだけ。だから生を楽しみなさい]、でしたね」
「……覚えていたのか」
「しかし!今の司祭様はあの魔物に洗脳されてっ!」
掴みかかる様に司祭を揺さぶっていると、不意に宙から灰色の靄が吹き出し始める。面倒事になることを予感するが、残念ながらその予感は的中する。
「リッチ様。突然のご来訪申し訳ございません」
「一番厄介なタイミングで来訪してくれたもんだね~デモンゴよ」
はぁ、と疑問に思いながらデモンゴは周囲を見回す。小洒落た部屋の中にはリッチ以外に人間が6名、さらには眷属と思しきアンデッドが1体。まるで状況を理解できずにいたが、それは突如出現したイビルアイに対して勇者一行も同様の思いであった。
戦闘態勢に入ろうとする一行を無視し、再び視線をリッチへと戻す。
「ご多忙中失礼ですが、魔王様が是非お会いしたいと申しておりまして…」
「…本当厄介なタイミングさな」
[魔王]。確かにその単語が聞こえたが、さも当然のように聞き入れているアンデッドの男に不信感が募る。しかし、魔王軍というよりも面倒事を押し付けられた第三者のように振る舞う姿に何度目になるか分からない戸惑いを覚える。しばらく頭を掻いているとチラリと勇者一行を一瞥する。
「ご指名入っちまったし、ちょっくら行ってくるわ。グレン君はこの事態を収容しておくこと。いいね?」
「え、リッチ様!私めには少々荷が重いご命令で…それにグレンではなくいつも通り司祭と」
「い・い・ね!?」
「…かしこまりました」
有無を言わさぬ口調に深く項垂れ、一行が唖然とするなか、突如現れたイビルアイはリッチと共に灰色の靄の中へと消え去った。




