09.レザレクション
入り口付近が見えてくると2体を手前で停止させ、こっそりと日の当たらない暗闇から入り口に視線を向ける。そこには太陽光を背に荷台に真新しい死体を積み上げ、次々と洞窟の中へと投げ込げながら愚痴を零す兵士の姿が見えた。
「あー嫌な仕事だぜ」
「火葬するにも燃料がもったいないからな、文句言わずに働けや」
「いつになったらこの作業も終わるんだろうな」
「…少なくとも俺らが生きてる間は無理そうだな」
手慣れたように作業を淡々とこなし、観察しているアンデッドの存在に気付くことなくやがて彼らは荷台を引きながら立ち去って行った。その後も彼らが戻ってくるか様子を見、トムジェリが一切反応を示さないことを確認してから慎重に屍の山に近付いて行く。
彼らの話しぶりや行動から察するにこの洞窟が死体遺棄場であり、定期的に訪れているが洞窟内部まで入ってはこないようであった。
ーーつまり課題の[実験をし放題]というわけだ。
物語に出てくるマッドサイエンティストの如き状況となってしまうが、すでに2度も死を経験した者
からすれば3度目の正直を体験するつもりはない。目に狂気を宿していることにも気付かず、トムジェリに新しく放り込まれた物と下方に積まれていた物をそれぞれ洞窟の奥まで運ばせる。
「さて、どうすっかな」
目の前には先程届けられた兵士と村人Aの屍が2体ずつ、毒に塗れた地面に横たわっていた。しかしいくら触ろうと動く気配はなく、首を捻りながらアンデッドの集団が誕生したミランダ砦の記憶を思い起こす。しかしあの時は気付けば続々と集まってきて本当に殺されるかと思った程度であり、特別に何かをした覚えもされた覚えもない。
屍を前に散々首を捻ってみても答えが出るはずもなく、いくら悩んでもうーうー言いながら周囲を徘徊するトムジェリの声が聞こえてくるのみ。黙るように命じると無言で徘徊し始めたことに若干引くが、そのことがかつての出来事を思い出させる。
初めてアンデッドに命令ができると知ったのはどのような状況であったか、あまりの騒ぎに離れた所で固まる様に命じたのが全ての始まりであった。
「…俺はアンデッドに命令ができる…そしてアンデッドも元をいえば死体なわけで……つまり死体にも命令ができるんじゃないか?」
単純な考えではあったがそれ以上の答えが思い浮かばず、自らも今一つ納得するものではなかったが物は試しと早速兵士の死体の前に座る。しかしどのように行えばいいか分からず、ぎこちないながらも形から入ろうと両手を兵士にかざしたまま固まってしまう。
……時間は有り余るほどある、これがダメならば落ち着いて次の方法を考えればいい。そう考えながら深い息を吐き、おざなりの台詞ではあったがゆっくりと言葉を吐く。
『ザオリク』
……返事はない、屍のようだ。
『復活せよ』
……返事はない、屍のようだ。
その後も復活に等しい言葉を並べていくが、一向にアンデッドとなる兆しが見えない。『生き返れ』と命令するのも締まらず、かといって揺さぶり起こすのはシュールすぎるため却下。それでもなおいつまでも動かぬ物言わぬ死体に焦りを覚えるも考えが思いつかず、深いため息を吐きながらふと頭に浮かんだ言葉を何の考えもなく放つ。
『起きろ』
手をかざしつつ反応を見るが相変わらず動くことのない屍に溜息を吐き、ふと視線をずらした時、
ピクッ
「ん?」
目の端に一瞬、兵士の手が動いたように錯覚した。気のせいかとも思ったが念の為、もう一度手をかざしながら度念じてみる。
『起きろ』
ビクンビクンッ。
手が魚のようにうねり始め、やがて死んだように突然動かなくなる。
「……失敗…か?」
成功の兆しに見えたがまだ何かが足りないのか、兵士の死体に顔をゆっくり近づけた瞬間。
むくりっ
「うぉおお!?」
棺桶から起き上がる吸血鬼の如く上体を起こす兵士の死体に思わず身体ごと身をよじらせ、トムの背後へと身を隠す。しかしそんな行動を咎めることなく、相変わらず我関せずといった調子で虚空を眺めている彼らが空気が読めるようで良き同胞に恵まれたことにこっそりと感謝した。
ーー実験は成功。
すぐさま死んだ村人にも同じように念じたが、アンデッド化には兵士と同時間かかった。今周囲を徘徊している同胞の数は4体、絶望していた時の数の2倍にすでに達している。渾身の悪役顔を晒しつつ、ゆっくりと屍が積まれた入り口の方へと目を向ける。
「さて、次のフェーズに進むとしようか」