89.無名の廃都市
農地や畜産の完成により国内での自給自足が確立し、森林エリアは不可侵であるが妖精から果物をもらうかわりに自作のアクセサリーを渡す習慣も知らぬ間に出来上がっていた。
巡回するアンデッドの視界には色とりどりのイルミネーションで着飾る妖精が周囲を漂っていたため、ニーシャからの事後承諾により交易を了承した。妖精のお墨付きであるアクセサリー含め、都市で作られる武具や衣類は大変人気が高く、とくに青い羽根が刺繍された女性用の服が飛ぶように売れるそうだ。原料の提供者たちは誇らしくしていたが、抜ける羽根が不定期のために作られる数には波があり、限定品として価値が一層上がっているらしい。
販売ルートの馬車であるが、アンデッド馬と牛は休むことなく移動できるうえに山賊や魔物が現れても部下を瞬時に召喚しているために現状被害ゼロに抑えることに成功している。行くコースさえ決まっていれば自動で目的地まで連れて行く、営業だった頃にはないテクノロジーをこの世界に導入していたことに気付いた時は思わずほくそ笑んでしまった。
怪我や病気は回復魔法で教団が対応しており、月に1度礼拝を古城で開いた際はほぼ強制参加で不死王が檀上の後ろでフワフワ浮いて司祭の説法を聞く羽目になる。参列者に限らず市民はこの国の王、そして救世主としてリッチを崇め、貢物として食物を与えてくれるが全てアウラや娘たちの胃袋へと直行している。
当人たちはたまに街の上を飛び回り、興味本位で店や商いに近付くと幸運が舞い降りたというジンクスが流行ってしまい、彼女たちの存在はこの国では女神のように崇められている。ここのところ、よく出かけて狩りや修行を行っていたりもするが彼女らにとっても難民の受け入れがプラスに働いたようでほっと一息つく。
当初司祭が謳った[安全の保障]に関しても、国民は満足しているそうだ。徴兵がないことから出陣する不安もなく、アンデッドの巡回も慣れてしまえば日常の風景そのもの。なかには返事もないのに挨拶する者や、アクセサリーを勝手につけ始める強者まで出る始末。
そして極め付けが……
「死んだ市民をアンデッド化?」
礼拝が終わり、背後に付き従う老人たちを引き連れて司祭が相談を持ち掛けてきた。
「この者たちは長くはありません。本人たちの希望で死後もこの国を守っていきたいと所望しております」
お願いします、どうか、と背後に佇む老人たちは口々に頭を下げてくるがアンデッド化したところで意思のない魔物に成り果てるだけだと強く忠告する。しかし承知の上での最期の希望であると逆に強く主張され、兵力が増加されることにもなるため決してマイナスの提案ではない。
おまけにすでに全市民がこの件を了承していると聞き、事後承諾の後の提案であったために断るに断れず、死者をアンデッド化することを許可した。
その結果、廃都市には奇妙な風習が誕生した。
遺族や親しかった者がアクセサリーや武具、衣類を自作し、それを死者に身に着けさせるのだ。蘇った元市民のアンデッドは装飾品によって判別され、死後も残された者を守っているのだといい話のように伝えられている。また、夜間警備の一環として暗くなるとアンデッドが街中を徘徊する恐ろしい光景が繰り広げられるが、苦情どころか守護天使のような扱いを受けており、この街に住む人々のメンタルの強さに改めて脱帽させられた…
「以上、ご報告させて頂きました。」
「ありがとう」
不定期にしろ律儀に報告を行うハノワによって、アンデッドの視界の情報が補完される。国作りもやっと一息ついたところで次の議題に移される。
「国内はリッチ様のご加護もあり大盛況です。次のステップとしては外の人間を受け入れて流通網を広げようかと思っているのですが…」
「冒険者ギルドに冒険者来ないからね」
「……はい」
ハノワは念願の冒険者ギルドを建てることはできたが、当然この国からよそ者が入ってくることはなく、結果的に冒険者も一切踏み込んでこない。
「宣伝しないとダメだろうね~。ココで作った製品は他国でも人気あるみたいだから難しくもないと思うけど」
「それでは他国に招待状を出しましょう!」
何の考えもなしに口に出した言葉であったが、水を得た魚のように生き生きとしだした彼に一瞬驚かされる。目を輝かせながら迫ってくる彼の気迫に負け、やる気になっている当人に全てを丸投げすることを条件に了承した。
「ありがとうございます!…ところで招待状ですが、そろそろこの国にも名前があっても宜しいかと思います。それと国旗も」
これは流石に手に余ると早々に辞退し、命名博士のアウラに相談することになった。思えば建国してから初めての相談事だと頭に浮かぶもすぐに意識の奥にしまい、住処で毛繕いしていた彼女に命名の依頼をすることにした。




