83.魔王城
「…またあんたかよ」
前の住処にて慇懃無礼な態度で接してきた自宅訪問者、通称目玉お化け。もはや名前も忘れ、忙しい時に来られた苛立ちも相まっていますぐにでもアンデッド化させようかと検討するが、殺意を敏感に察した訪問者は平服するように言葉を並べる。
「前回は申し訳ありませんでした。私めの罰はご自由に行ってくださっても構いませんが、今1度私めの話を聞いては頂けないでしょうか」
しかし今回は心なしか、落ち込んだように控えめな態度を取っていた。
一体何があったというのか、あまりの劇的ビフォーアフターに前回受けた非礼を瞬時に忘れてしまっていた。地面に倒れるようにして話しかけているのは土下座のつもりなのかもしれない。しばらく無言で眺めていたが、誠意を持ったならば話を聞いてやらないこともない。
アンデッド化させようと突き出した右手を下げ、腕を組むと見下ろすように魔物に視線を向ける。
「とりあえず…頭?目玉?とにかく身体を起こしてキチンと説明してもらおうか。何度でも言うけど魔王軍に入る気はないし、何よりも勝手に人の縄張りに2度も侵入されるのは気持ちよくないなぁ」
「度々ご迷惑をおかけしておりますが、お話だけでも…どうか」
訪問販売員に同情をしてはいけない、それは鉄則だが営業をやっていた頃を思い出すとどうしても肩を持ってやりたくなってしまう。ここは異世界、最悪話を聞くだけ聞いてブチのめそうと盗賊まがいの思考で説明するよう促すと、光の速度で上体を起こす。
「あ、ありがとうございます。本日ですが魔王軍の傘下に、とは申しません。せめてどういったものか見学だけでもと…その際、私の上に立つ魔王補佐官殿ともお会いになることになりますが」
「リクルートからの会社見学か、ところで魔王とは会えるの?復活したって話とどっかの街を2つ滅ぼしたって聞いてるけど」
「な、何故その情報を存じ上げて…いえ、リッチ様のことですからお見通しの部分もあるのでしょう。魔王様ですが…許可を得られれば少しの間なら謁見することが可能かと思われます…それでは私と共に来て頂けますか?」
「何度も言うけど見て聞くだけで、入るか入らないかってのは別の話だからな」
「承知しております」
アウラたちには後で連絡しておけばいい、クルスたちも急ぎではあるが目の前の事柄を1つ1つ解決してから。そう考えつつデモンゴと共に空間の中に引きずり込まれる感覚に襲われながら意識ごと別次元へ転送される。
[魔境]
アトランティス大陸の最果てに位置し、常時空を覆う暗い雲は魔素の濃さを如実に物語っていた。かつて魔王が魔族を統治し、魔物を支配下に置いていた拠点。今は当時の名残を残すだけの土地に成り下がっているが、悪魔デボンの元で魔王軍と魔王城の復興を目指している。
おどろおどろしい土地を観光地のように案内され、やがて新居よりもはるかに立派な魔王城の中へと通される。周囲をくまなく眺め、先導するデモンゴへと話しかける。
「俺が思っていたよりもおどろおどろしくないんだな」
「先代魔王様が綺麗好きだったとかで」
「何その設定」
制作陣の遊び心を垣間見たところで城の見学に戻ることにする。魔王城、と呼ぶには恐怖感がもの足りず、ゲシュタルトやカンジュラの王城にある部屋という部屋を全て大きくしただけのような構造をしている。デモンゴ曰く、かつては巨人族などの魔物がひしめいていた時代があったのだと説明を受けたが、ファンタジー好きとしては是非お目にしたかったと半ばガッカリしながら黙々と後に続く。
互いに浮遊しているため足音を一切たてることなく移動しており、チラホラと先程から鎧をまとったガーゴイルやリザードマンと何度かすれ違っているがそれ以外の種族は見当たらなかった。
魔王軍と言えばもっと凶悪そうな顔ぶれを想像していたことに半ば疑問に思い、ふと質問してしまう。
「さっきから同じ魔物しか見てないんだけど、魔族とかランクが上の奴らとかいないの?そもそも魔族っていままで見たことないけど」
「次の街を堕とすために出払っております。再建途中なのでこれが精一杯でして…魔族というものはダークエルフのことを指しておりますね。昔の人間共はエルフと交易を行っていた国も多数あったそうなのですが、我ら側に堕ちたエルフたちを総称して魔族と呼んでいるそうです」
「へー、勉強になるな」
「恐縮です」
「おや、これはこれは」
思わぬ魔王城見学に多少心を躍らせつつ、博物館のようにデモンゴの案内に従っていると前方より軽快な歩みで近付いてくる男がいた。額に第3の目があり、貴族のような恰好をしているが蝙蝠の巨大な羽を生やしているせいでまずは人間に見えない。
「先日はデモンゴが大変失礼いたしました。我らが魔王様の御足元へようこそ、不死王リッチ=ロード殿。私はデボン、魔王様の補佐を務めております」
深々と首を垂れ、話し方や物腰は丁寧そのものだが、ギラつくように輝く目だけは彼が魔王に仕えていることを物語っていた。




