82.新居
「お父さん、この人間の部屋すっごーーい!」
「人間の部屋初めて~。前の所も好きだったけどココも好き~」
「埃、ひどい」
カトレアの一言で屋内清掃が始まるも、娘たちと嫁が翼を1度はためかせただけであっという間に綺麗になっていく。しかしいまだに冷めない外出の興奮に、そのまま探検と準備運動がてらと言ってゴーストタウンと化した街の掃除をするために飛んでいく。
「廃都とはいえ、あの子たち建物壊したりしないかね。これ以上ぶっ壊してほしくないんだが…」
「大丈夫でしょ、力加減は身体で覚えさせたし…それにしても魔物の私がまさか人間の、しかも一番立場の偉い人間の巣に住むとはね。これはハーピー一族の語り草間違いなしね!」
クールに振る舞っているつもりのようでも、尻尾の羽根がそれを否定する。長年の付き合いで感情が尻尾の動きに現れていることに気付いたが、本人にはあとあと知った時の羞恥の顔見たさにあえて黙っている。なお、尻尾を見ずとも表情を隠さないために機嫌がまるわかりではあるが、尻尾を犬のように激しく左右に揺らす様に毎回癒されていたりもする。
ゆえに断じて教えるつもりはない。彼女は必ず矯正してしまうだろう。真剣な表情で彼女の尻尾を見るとアウラは不思議そうにリッチを眺めており、慌ててかぶりを振ると納得しかねるが気にしないことにすると言わんばかりに部屋の大穴へと移動を始める。
「じゃあ私は巣作りの材料とご飯探してくるから」
「巣作り?そこに王様用のベッドがあるじゃないの」
「そこにあるだけの物で満足をするようじゃハーピーの名が廃るわ!」
「それって野生生物としてどうなの?」
お決まりの暴風が部屋を満たし終えた頃、早速アンデッドの廃都内における配置決めを実行することにした。まるで古城ダンジョンのような趣になっることに胸をトキメかせていたが、いざ配置してみるとひしめくように溢れかえっている様を確認したところで風情が台無しになったことを悟り、それぞれ門の近くの建物や王城の近く、または王城の中にてまとめて待機させることにした。一部はそのまま街中を巡回させたが、こちらはしっかりとダンジョンらしさを醸し出していることに満足する。
「さ~て、お次はっと」
ゲシュタルトの1/4を占める森の区画、妖精にあてがったがどうなっているかの確認を行うために転移する。森の中は鬱蒼と茂っていたが、どことなく初めて訪れた時よりもほのぼのとした雰囲気が漂っているようにも感じる。
しばらく森林浴を楽しんでいるとふわふわと遊泳でもするかのように光がリッチの元へと漂い、やがて人の形を模るとニーシャが小さな羽根を羽ばたかせながら飛んでくる。
「主よ、改めてこの地を」
「うん、わかったわかった。で、やっていけそう?」
「問題はありません。前の住処と同様に主の気で満たされておりますので、むしろ範囲が限定されている分集中できますので以前以上にお力になれるかと」
「ちょっと待って、俺の気で満たされてるって何?」
「…ご存じなかったのですか?」
リッチの力より土地を媒介にして産まれた彼女は気の流れ、つまりリッチの魔力の流れを鋭敏に感じ取っており、[引っ越し]の際そのまま土地に染み出た力がゲシュタルト全域に定着したらしいとのこと。
「森にいた頃よりもスペースが狭くなりましたので、その分濃密な魔力がゲシュタルト内に充満しております。端まで行き渡っておりますのでとても効率的です」
「それってこの土地そのものも俺自身ってこと?しかもあの土地から抜いてきたって今頃あそこは…俺が想像してる以上にやばいことになってるかも」
「力を失ったため、恐らく主の加護を受ける前の姿に戻ったのだと存じます」
天を穿つほど高い山が一瞬にして消え、恐れられた樹海は森林へと戻って行った。かつて出会った転生者の情報から、人間が確実に騒いでいることが容易に目に浮かぶ。
「…あかん、クルスたちに連絡いれとかないと心配させてしまう……じゃあこの森は好きに使っていいから!あと宜しく」
「侵入した者は決して生かして帰さない立派な森を形成致します!」
「そこまでやらんでもいいけど、意気込みは買う!」
恐らくクルスたちは死ぬほど心配しているはず、急いで城内に転移しリロへと連絡をしようとするも不意に目の前の空間が見覚えのある形で歪み始める。




