80.不死王の跡地
「あの土地を失ったとはどういうことだ!!」
魔境奥深くに鎮座する居城、事実上魔王の補佐を買って出ているデボンの怒りの声が城外まで木霊する。三つもある目は、全て目の前で床にひれ伏すイビルアイに向けられており、人のような姿をしているその背中から生える蝙蝠のような翼が開かれており、相対する者により恐怖を駆り立てられる。
「も、申し訳ありません…」
リッチへの高慢な態度から一変、今にも消えてしまうほど萎縮したデモンゴは目を閉じ、全身が地面に触れるほど頭を下げている。魔王復活までもう少し、かつての魔王の名声や地位向上を目的にする者もいれば、古き習慣に乗っ取り魔王に仕えるのが当たり前と、続々と魔物や魔族が集いつつある。
[魔王にひれ伏さない者に死を]
とくに人間は滅ぼさねばならない。先代魔王を打ち倒したばかりか、同族同士で醜い争いを行う種族は信用に足りない存在である。もっとも、魔族同士も争いは起こすのだが…
「貴様には単純な任務しか与えておらん!魔王様の配下となる人材となるべき者の招集、そして人間共を滅ぼすための最適な拠点を抑えることだ!!」
「…申し訳ありません」
「あの土地は人間を殲滅するためのもっとも戦略的な拠点になるはずだったのだ。さらに森の中を彷徨う有象無象を誘致できればすぐにでも近隣の人間共を滅ぼす予定だったというのに、貴様はっ!!」
その土地を支配する強大な魔物の勧誘することに失敗したばかりか、土地、そして巣食う魔物どもが何の価値もない存在へと堕ちてしまった。崩壊した原因は明らかに土地主がその地を捨てたこと。デモンゴの報告を聞く限り、魔王を恐れての退却ではなかったことも窺い知れる。挙句の果てに行先が掴めず、かなり遅れて報告を上げる羽目になったことがデボンの逆鱗に触れることになった。
「貴様が転移魔法の使い手でなければ今頃八つ裂きにしておるわ!次はないぞ、デモンゴ!」
「おぉぉ、ご寛大な処置を施して…」
「黙れ!さっさと行くがよい」
退出を許可され、直ちにその場から姿を消す。思わぬ誤算に苛立ちを覚えるも、今は勢力を増すことを優先しなければならない歯がゆさに重いため息を吐く。
「魔王様が完全に復活される前に軍備を整えねば」
誰に話すでもなく、邪悪な色に染まる雲が立ち込める空を窓から見上げ、いずれ魔境より繰り出される戦場の数々に歪んだ笑みが綻ぶ。
「も、申し訳ありませんでした…てっきりクロナ様たちにも話されたものかと…」
ギルドの受付でランクアップの申請中にリッチより脳内に直接語り掛けられるも、彼の眷属としてはごく自然に受け入れていたため、違和感なく情報を入手していた。
「その結果、私たちに伝え忘れてたってことですか!?」
「本当に申し訳ありません」
「先生ってたまに僕たちより抜けてるところありますよね。僕らも眷属になりたいですけど、父上が望まれていないので仕方ないですけど…」
「罰として、今日は先生の頭を抱き枕にして寝ますからね!」
「うぅ、貴方たちが先生と呼称しているのがただのあだ名のような気がしてきました」
ひとまず家族に危機がないこと、そうなるとこの先に向かう理由がもうないことに、目的地に向かう必要があるのかと検討していた時にふと失念していた情報を思い出す。
「それでお父様はどちらへ引っ越されたのですか?」
「ゲシュタルトへ移動されたそうですが、今は廃都のようですね」
「部下の方たちも行ったならある意味雰囲気が出そうですね…ゲシュタルト、ですか?」
「はい、あのゲシュタルトです」
「お父様が青い鳥として導いた際に訪れた国ですね!廃都とはいえ、その国を選ぶお父様もやっぱりすごいですわ!」
「里帰り、ということでこのままゲシュタルトに向かおうか?」
「いえ、我が主よりしばらく冒険者家業に精を出すよう指示を頂いております。腰を落ち着かせるためにバタバタするから、と」
それならばなおさら手伝いに行きたかった、とクロナは愚痴るも逆らうつもりもなく、冒険者稼業の一環として分かり切っている結果であるとしても、この調査を目の前の歳の近い冒険者たちと完遂しようと決めたのであった。
「最後に生まれ育った故郷を見るのもありかもね」
「お家壊れちゃってますけど…」
「ま、まぁお2人とも……まぁお2人とも」
慰めの言葉が見つからず、慌てふためいているリロのそばに先頭を歩いていたリオンが歩み寄る。
「あの、そろそろここら辺で野営しようかと思っているのですがいかがでしょうか?」
気が付けば日が沈み始めており、衰えどいまだ森として機能している環境も周囲を影で覆い始めていた。早速野営の準備を始め、カンジュラより購入した食材でシチューを作る。
「このスープも美味しいですが、やはり調理されたものは一味違うんですね」
「クロナさんはいままでどういう風に食べていたんですか?」
「魔物の肉を焼くか、食べられれば生のままですね。私はどちらも好きでした」
「…クロナちゃん見た目によらずワイルドだね」
「クルスさんも同じように食事をされてたのですか?」
「僕はクロナと一緒に育ったので」
「双子で美形とか出来すぎてますよ……ところでリロさんは食事は摂られないので?」
「私は結構」
「ちょっとガイア!肉取りすぎ!!」
思い思いに食事を楽しむ中、周囲に焚火以外の光源が消えうせた頃、それぞれの過去の話に耳を傾けることになる。




