08.洞窟探索
洞窟への侵入直後に足場を踏み外し、永遠に落下するのではないかという不安とは対照的に墜落地点はすぐさま姿を現した。頭から柔らかく、それでいて固いようなブヨブヨしたものに直撃したのちに無様に歪な坂道を転げ落ちて行き、やがて地面と思しき平面へと全身を委ねた。
背後から同じく2人分の転げ落ちる音を聞きながらゆっくりと身体を起こし、クッションとなった坂道の正体を知るべく振り返る。
ーーそこには死体の山が築かれていた。
洞窟の入り口が急坂になっており、そこから放り込むように死体を落としていったものが積み重なったのだろう。誰がどのような目的でこのような惨状を作り上げたのかは判断できないが、おかげで余計な負傷をせずに済んだようだ。
「中を探索してくれたならこのことを報告してくれよ、トム……」
呆れた表情でトムに視線を投げるが、落下から態勢を立て直した彼は相変わらず言葉を発することなくゆっくりと主の元へと歩み寄ってくる。そしてジェリーが合流したところで再び視線を洞窟の奥へと向けてみる。外観を見た限り、入り口以外は完全に閉ざされた空間であったために光は一切届いていないはずが全てが黒と白線によってしっかりと視認することができた。
思わぬアンデッドの恩恵に感謝をしつつ、早速洞窟の奥へと足を進める。偵察としてトムを送り込んだところ無傷で帰ってきたが、念のためにトムとジェリーに前後を守ってもらう陣形をとる。
その後も順調に何もない洞窟を攻略していき、時間間隔が麻痺するほど歩いたところで行き止まりにぶつかる。そこには三角形の花びらを咲かせた植物が群生していたが、その花弁から煙が怪しく立ち上っていた。その煙は床一面へと漂い、洞窟の最奥を満たしていた。
しばらく花びらを観察していると何度か頭の片隅を何かが掠め、どこかで見た覚えがあったことに必死に記憶の糸を辿りよせる。やがて一筋の光が脳内に差し込む。
「ゴロスタブ草だ…」
まだ魔術学院を追い出される前、戦場出陣組が必須で組み込まれたプログラムにサバイバル学があった。無能のレッテルを張られた直後であったため、ショックのあまりに話半分でしか聞いていなかったが[猛毒を発するため、決して近付いてはいけない]と先生が繰り返し注意していたのを思い出せた。
もしも人間の時であれば今頃あの世に逝っているのだろうが、残念ながらあの世に逝くことも許されずにアンデッドとしてゴロスタブ草の前に堂々と立っている。毒性の強さのあまりにほとんど解明されていない種であったが少なくともアンデッドには効かないことが判明し、同時にこの毒草が侵入者を阻んでくれるであろうことにようやく安全な地が確保された事実に一息つく。
猛毒フィールドがもっとも安全という不思議な状況であるが、先程アンデッド軍を犠牲にしてまで逃げた甲斐があったものの…
「…でもやっぱ悔しいな」
アンデッドでありつつも命あっての物種というが、魔物にクラスチェンジしてなお敵前逃亡を図るなど人間で会った頃の自分と全く変わっていないことに猛省する。しかし落ち込んでばかりはいられず、猛毒に守られ続けるわけにもいかない。洞窟の内部構造は一本道であったとはいえ、ひとまず洞窟手前に積み上がった惨状を確認するために再びトムとジェリーを引き連れて元の道を戻っていく。
入り口に辿り着き、死体の山を見上げる。兵士、村人、判別できない程ボロボロになった者。傷を負っている者もいれば無傷である者もいることから、戦場による死かあるいは病死によって何者かがここに死体を遺棄していることだけは理解できた。
…しかしそれ以上の情報を仕入れることはできず、少なくとも洞窟の奥にいれば安全であることから渋々ゴロスタブ草の群生へと戻りながらこの地でこの先どうするかを検討する。
1つめ、アンデッドの耐久性の解明。
行軍した際に彼らの硬さを確認することができたが腕がもげようが何事もなく戦闘に参加していたうえに、中には片足を失った部下が這いながら行軍している姿も確認できた。
しかし道中で奇襲を仕掛けられた破壊魔法、あの一撃であっという間に不死身の軍勢は壊滅した。アンデッドの弱点が火であることは王道であるとして、戦闘で頭を切り落とされた個体はその後起き上がることはなかった。やはりSFでも言われるように頭が弱点なのだろうか、だとすればどこまでなら持ち堪えることができるのか。その限度はどこまでなのか知る必要がある。
2つめ、アンデッド化の条件。
何故自身に意識があるのかは分からないが、少なくとも自然発生した場合でも数体いるくらいで動きが鈍いため見た目さえビビらなければ初心者でも倒せると学院で聞いたことがあった。つまり、あの砦で異常発生したことにアンデッド化の鍵があるのだろうか……しかし情報を仕入れる方法は現状存在しないため保留とする。
3つめ、戦力の増強。
防御力は上がり体力も底なし、それでも俊敏性が悉く皆無。トムに壁を殴らせた場合拳1つ分の穴を空けることは出来たが、当人がやってみても表面を撫でる程度であった。また、ジェリーは多少壁に手がめり込んだくらいであったため、生前の能力が影響している可能性もある。
いずれにせよ、アンデッド化の条件さえ理解することができればあの時のような軍勢を作ることも夢ではない。だが烏合の衆を作る気はなく、いくら数を揃えたところで強者がいれば確実に全員仲良く天に召されるコースが用意されていることは身に染みて学んだ。
早速3つめの課題を検討すべく立ち上がろうとした時、不意に周囲を徘徊していたトムジェリが何かに反応する。武器を構えつつ洞窟の入口へとゆっくり歩み出し始め、不安を覚えながらも彼らの後を遅れてついていく。