73.廃都市ゲシュタルト
カンジュラからゲシュタルトへ赴いた際の記憶を頼りに、おおよその位置に向かってニンジャを派遣する。
風魔法を使える部下を組み込み、2足歩行から4足歩行へ変更したうえで足だけでなく腕も2対増やしたことで、視界をジャックすればジェットコースター並の速度であっという間に森を抜け出ていることが分かる。
「お父さん!今度この子の上に乗ってみていい?」
「今度な」
嬉しそうにお願いするリウムを筆頭に、アニスやカトレアも順番待ちをするかのようにリッチの背後で整列していると、程なくしてニンジャの視界に街が入ってくる。いや、かつて街であったもの。
最後に訪ねた時は、転生者が語るには3000年前のことになってしまうが、立派な門構えはもはや門として機能しておらず、自由に出入りできるぽっかりとした空間が開いていた。そして遠くからでも確認できたが、廃都と呼ぶにふさわしいほど都市は荒れ果てていた。防具や武器屋がずらりと並んでいた賑やかな商店街は全て空き家になっており、建物としての名残は残っていても住む者がいないことで生気がまるで感じられない。
入り口周辺に生命の気配はなく、ニンジャのもとにトムジェリ含む、多数の部下を送り込んでまずは都市全体を巡回する。
「大丈夫?」
ゲシュタルトのライブ映像を見ているとアウラが心配そうにリッチの顔を覗き込む。鍛冶神の国[ゲシュタルト]、かつての繁栄を知り、そして3000年もの時が流れた事実を整理しきれず、この光景をかつてのフェリペ王子が見たらどう反応したかと思うとやり切れないものがあった。人間同士の争いの所業とあればなおさらだ。
しかしその残酷な時の流れがあってこそ、アウラと出会うことができた。
「大丈夫だよ。心配かけてごめん」
「いいのよ…辛かったらわざわざ見に行かなくてもいいんじゃない?」
「俺の自己満足でもあるけど、確認しなきゃいけないこともあるからね」
気持ちを引き締め、再びライブ映像に集中する。一通り確認したところ一切の生命活動のあとが見受けられず、城門も全部で3カ所あったものが戦災か老朽化で崩れ落ちていたため、実質出入口は最初に通った空間のみ。しかし都市の見事な廃れっぷりに反して1カ所、不思議な現象が起きていた。
かつてゴリアテに旋回させ、俯瞰映像から確認した広場を中心に森が広がっていた。周囲の建物も巻き込み、幻想的なまでに魅せる生命の神秘は都市の1/4を占めており、廃都市の一部が巨大な庭園のようにも見える。
初めて見る人間の建造物に、また植木鉢のような森の在り方に、アウラたちも終始興奮していた。今にも飛び立ちそうな彼女たちをおさえ、本題である[深淵の教団]の捜索を開始するが、街にそれらしき気配がなかったことから残るは王城のみとなっていた。
捜索隊を残らず王城に向かわせる。
いまだ城主の帰還を待つかのように城門は開いたままとなっていたが、陥落しなかったことだけあって最後に確認した頃と大した差はなかった。なお、あちこちに蔓草が伸びていることから、長年放置されていることは理解できた。
王城に侵入すると調度品に埃や蜘蛛の巣を被っている景色が延々と続き、金銭的に価値のありそうなものは恐らくカンジュラへ避難した際に持ち出されたのだろう。そして城内での[教団]の捜索にはそれほど時間がかからなかった。
奥へ行くと埃の積もり方に多少差があり、まるで集団でゾロゾロと歩いたかのような跡が残っていたため、念の為城内の他エリアを探索させる別働隊を編成しつつ数体の部下に跡を追わせる。
王座の間よりもさらに上階へと進んでいき、やがて大きなドアの前に辿り着いた。当時、フェリペ王子に説明された記憶が正しければ礼拝の間があったと思われる場所であり、教団と礼拝の間という組み合わせに嫌な予感がしつつ入室を試みる。
しかし押しても引かせてもビクともせず、仕方なくブッチを召喚しドアを破壊させる。
開通した瞬間、何年分のものか分からないほどの埃が風に乗って外へと吐き出される。人間であればひとたまりもなかったであろうが、部下は構わず中へと入っていく。
中は薄暗く、1階部分を丸々礼拝の間として使用している構造をしており、教会に行けばどこにでもありそうな長椅子がずらりと並んでいるだけの部屋の為、とても広く感じられた。
そしてその長椅子に所狭しと布の塊が生えているように見えるが、アンデッドアイからは[死体]であることが確認できる。近づいてみてもピクリとも動かずに椅子に腰かけ、祈る様に手を合わせたまま首を垂れる姿勢でミイラ化しており、あまりにも異様な風景にリウムたちがホラー映画を見るかのようにアウラやリッチの背後に隠れながら映像を見ていた。
奥を見ると祭壇があり、立派な装飾が施されていたであろう古びた椅子には司祭のような恰好をしたミイラが座していた。虚空を見つめ、何の目的でこのような討ち捨てられた教会に籠ったのか。状況から察するに、まるで教団全員が餓死したようにしか見えない。
安全も確保されていることを確認し、アウラたちによく言い聞かせた上でひとまずリッチは教会への転移を行う。
「「「気を付けてね!!」」」
「死なないと思うけど、心配はかけさせないでね」
「あいよ~」
家族の心配をよそに一瞬で目の前から姿を消し、次の瞬間には司祭の目の前で浮遊することになる。
「う~ん。アンデッド化は…してないんだよなぁ」
今にも立ち上がりそうな様相をしてはいるが、小突いても一向に動く気配はない。かといって記録や書籍、教典のような類もなく、森に侵入した魔術師風の青年の情報から教団がリッチを崇拝していたまでは分かるが、この惨状が一体何を指すのか理解できなかった。
「…俺を崇拝してたってことは……アンデッド的に俺の物ってことだよね?」
理解することを早々に諦めた[立派な魔術師]は部下として教団を吸収し、アウラたちの元へ戻ろうと近くにいた司祭に復活の呪文もといアンデッド化の命令を呟く。
『起きろ』
しかしいつまで経っても動くことはない。
まさかアンデッド化のスランプに陥ったのかと内心焦りながら初心に戻ったつもりで『起きろ』と一心不乱に唱え続ける。かつて洞窟だった頃の山の中でアンデッドの研究に勤しんでいた時のように。
ビクッ
一体何度唱えただろうか。初めてアンデッド化を成功させた時よりも時間がかかった気がしたが、少なくとも出来なくなったわけではないことにホッとする。そして残りの信者も起こしてさっさと帰ろうと振り返ると、ある違和感に気付く。
現状アンデッド化したのは司祭のミイラだけのはず、にも関わらず長椅子に座っていたはずの信者が次々と身体を動かそうと小刻みに動き始める。
全く理解できず途方に暮れていると、本来聞こえるはずのない音を耳にする。
「リッ…チ=ロードさ、様で、ござい……ます、か」
自身がアンデッドであることも忘れ、ホラー映画さながらゆっくりと背後を振り返る。
そこには窪んだ眼窩を赤く光らせ、明らかにリッチを視認して語り掛ける司祭の姿があった。




